第349話 アニタのホーム
深い森の中。1本の木の上から狙いを定めているのは、ウッドエルフのシルバープレート冒険者。これでもかと引き絞った弓は今にも折れそうなほど。
狙っているのはジャイアントボアと呼ばれる猪。その大きさは猪というよりサイである。
そこから放たれた無数の矢が大地に次々と突き刺さる。すると、それに驚いたジャイアントボアは、踵を返し逆方向へと走り出した。
「バルド! 予定通りそっちに行ったよ!」
「任せとけ! "グラウンドベイト"!」
土煙を上げながら怒涛の勢いで迫り来る大きな獣は、下顎から反り立つ2本の牙をバルドの大盾に打ちつける。
「ぐぅッ……。抑えたぞ! アニタぁ!」
「【
アニタのかざした杖が輝きを放つと、ジャイアントボアの足元が氷の膜に覆われ、それを見たバルドはフルプレートの重さを感じさせない身のこなしで後方へと飛んだ。
「"グランドインパクト"!」
同時に空から降って来たのは、巨大なハンマーを持ったドワーフの男。それがジャイアントボアの頭を、原型がなくなるほどに圧し潰した。
「よっしゃ! 一丁上がりだ! 残りは!?」
「5匹! 今ので気付かれたよ! まとめてこっちに向かって来る!!」
「さすがに5匹同時は無理だ! 1匹はロドリゲス。もう1匹はエレノアが仕留めろ! 3匹は俺が押さえる」
「あいよ! 任せとけ!」
ロドリゲスと呼ばれたドワーフは、背中に背負っていた円形の盾を左手で器用に外し、身構えた。
我を忘れ、仲間の恨みとばかりに突撃してくる5匹のジャイアントボア。まさに猪突猛進といった迫力であったが、その前に立ったのはアニタである。
「アニタ! 何してる!?」
「大丈夫。【
その雷撃が先頭を走るジャイアントボアに命中すると、次々と連鎖を繰り返す。
ジャイアントボア達の間に幾つもの雷光が奔り、肉の焼ける香ばしい匂いが漂うと、そこには5つの丸焼きが横たわっていた。
「さすがアニタだ! ドンピシャじゃねぇか!」
警戒を解いたバルドが大きな手でフードの上からアニタの頭をわしゃわしゃと撫で、アニタはそれを振り払う。
「子供扱いするのはやめてよ……」
「おっと。すまんすまん」
木から飛び降りたウッドエルフのエレノアは、賛辞と疲れを労う意味を込めてアニタの肩を軽く叩く。
「
その名の通り、近くの標的の間を連鎖する雷撃の魔法だ。固まっている複数の標的をまとめて一掃することが出来る便利な魔法ではあるのだが、連鎖するのは標的だけではなく、強すぎれば味方にも損害を与えてしまう危険性があるコントロールの難しい魔法として知られている。
故に、好んで使用する
「無事依頼も完了だ。今日はそのカネで飲みにでも行くか!? アニタもどうだ?」
「んっ……。ごめん。遠慮しとく」
アニタの表情は冴えない。喜んでいる様子もなければ、嫌がっているわけでもない。
最低限の礼儀は弁えつつも、慣れ合う気はなさそうな雰囲気。それがアニタの当たり前であった。
「そうか……。ま……まぁ、なんにせよ仕事は終わりだ。街に帰ろうじゃないか」
グリムロック。そこはドワーフの王が統治するサザンゲイア王国の港町。採掘の街としても知られている。
街に帰ると、バルドがギルドから纏めて報酬を受け取り、宿屋の1室を借りて報酬分配を始めた。
「依頼報酬とジャイアントボアの素材。まとめて金貨40枚だ。1人10枚……と言いたいところだが、アニタは本当にいらないのか?」
「ええ。私はこれがあればいい」
アニタがポケットからチラリと見せたのは小さな小瓶。マナポーションだ。
それは今回の依頼を受けた際にギルドから支給された物であり、未使用であれば返却しなければならない物。
「そのかわり……」
「ああ。わかってるよ。ギルドには使ったってことで報告してる。アニタがそれでいいなら俺達は何も言わん」
バルドの言葉に皆は黙って頷いた。
テーブルに置かれた金貨を数えながら配っていくバルド。それを革袋に詰め込みながらもエレノアは不思議そうな表情をアニタに向けた。
「アニタはなんでそんなにマナポーションを欲しがるの?」
それに答えたのは、ドワーフのロドリゲスだ。
「そんなの決まってるだろ? 次は何時在庫が切れるかわからねぇんだ。今の内から予備を持っておきたいんだろうよ。魔法適性を持たねぇ奴にゃわからねぇ悩みだ。おめぇさんだって仮に矢の在庫が切れるとわかったら、買いだめに走るだろ?」
「確かにそうね……」
それに大きく頷くエレノア。
「でもマナポーション目的ならスタッグの方で依頼を受けた方がいいんじゃない? 今回支給されてるやつってスタッグから入って来てるみたいだし……」
「そういや、ついこの間まで、アニタはスタッグにいたよな? マナポーション狙いならなんでこっちに戻って来たんだ?」
それに少々ムッとしたアニタは、口を尖らせ反論する。
「私がいたときはまだなかった。流通し始めたのって最近でしょ?」
「そうなのか? てっきり在庫が切れてるのはサザンゲイアの方だけだと……」
ロドリゲスの言葉を遮りテーブルに乗り出したエレノアは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ声をひそめた。
「ねぇねぇ。知ってる? 今回のマナポーションが流通したのってスタッグのプラチナ冒険者が関係してるらしいよ?」
「プラチナぁ? あれか?
「違う違う! そっちじゃなくて、同族殺しの……」
「ああ、あれか。バルドが失敗したサハギン討伐を成功させた奴だろ?」
「おい! ロドリゲス!」
カネを配る手を止め、強く睨みつけるバルドであったが、ロドリゲスはそれを意に介さずケタケタと笑う。
「なんだよバルド。本当のことじゃねぇか」
「ちょっとぉ、やめなよ。バルドが可哀想じゃん……」
バルドを不憫に思ったエレノアは、慰めるつもりでバルドの肩を叩こうと手を伸ばした。
しかし、それはアニタによって阻まれたのだ。
「エレノア。今の話、詳しく教えて」
「何よ……怖い顔しちゃって……」
エレノアの腕を掴んだアニタの表情は、恐ろしいほどに真剣だった。
握られた腕は、痛みを伴うほどの力が込められている。
「わかった。けど噂だからね? 違ってても文句は言わないでよ?」
「それでいい」
アニタがその手を離すと、エレノアは掴まれていた手首をさすりながら仕方なく話し始めた。
「私の担当が言ってたのよ。スタッグのプラチナが隠し持ってたんじゃないかって」
「そんなことあるか?
「ロドリゲス。だから噂だって言ってるでしょ? ……と、言いたいところだけど、ギルド職員がそう言ってるんだから、全くのでたらめってことはないんじゃない? 火のない所に煙は立たないって言うし」
視線をテーブルへと落とし、アニタは何かを思案していた。
その瞳は濁っていて、本当に話を聞いているのかと疑いたくなるほど無反応だ。
「ギルドの幹部がプラチナのところに面会に行った途端、流通し始めたらしいから無関係ではないんじゃない? ……あッ、言っとくけど誰にも言わないでね? 私だって誰にも言わないって約束で聞いたんだから」
「……そう。ありがとうエレノア」
顔を上げ礼を言うアニタは淡泊で、まるで何も気にしていないかのように振舞っていた。
「じゃぁ、カネも配り終えたし飲みにでも行くかぁ!? アニタは……」
「ごめん……」
「そうだよな。……いや、いいんだ。また機会があればよろしくな!」
申し訳なさそうに断るアニタに宿の鍵を渡したバルドは、ロドリゲスとエレノアを引き連れ宿を出て行った。
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