第348話 マークスの帰還とネスト来訪のワケ

 それを聞いたマークスは慌てて両手を付き出し、左右に激しく振った。

 その怯えようは、逃げ場を求める小動物のようで滑稽だ。


「そんな! 滅相も御座いません!」


 自分から吹っかけておいてこれしきの事で気圧されるなら、何の為にこんな所まで出向いたのか。

 いや、仕事だから仕方がないのか……。


「では、何が言いたい? お前は交渉をしに来たのか? それとも俺を怒らせるために来たのか? 俺がギルドに所属している理由を忘れたとは言わせんぞ……」


「違います! 九条様の担当をどうこうするつもりは御座いません! ……シャロンのことで御座います」


「……ああ。そっちね……。失礼した」


 どうやら勘違いしていたのは俺の方。さすがのギルドもそこまでバカではないらしい。

 とは言え、その程度で俺を納得させるのも無理がある。確かにシャロンの異動は俺が希望したが、言い出したのはノーマンだ。

 それを確認しに行ってこいと言うのは簡単だが、正直時間を掛けたくはない。


「ならばこちらも最大限譲歩しよう。調査してほしいことを書き出せ。それに基づいて俺が調査してやる。もちろん無償で構わない。それなら問題ないだろう?」


 それに難色を示すマークス。何かを考え込むように視線を落とす。

 ギルドが欲しいのはダンジョンハートの中身だ。あれば持ち帰りたいし、なければないで自分達の目で確かめたい。それが心情なのだろう。

 ギルドから見れば、俺は言う事を聞かない問題児。信用されているとは思えない。


「ありがたい申し出ではありますが、錬金術の適性を有する者が必要でして、丁度私は錬金術の適性を有しており……」


「それは別にお前じゃなくてもいいんだろ? こっちで別の者を雇ってもいいはずだ」


「……」


 うんざりである。どうにかして調査したいのは理解するが、のらりくらりとまるで子供の言い訳を聞いている気分だ。


「そろそろいい加減にしろよ? 俺を信用できないのは100歩譲って理解してやる。情報を小出しにするのも、まぁ許そう。だが、調査とはなんだ? 中身を具体的に言え。……これが最後のチャンスだ。俺の納得の出来ない答えであれば話し合いは終わり。お前と話すことは2度とないだろう。本部の連中にもそう伝えておけ」


 項垂れながらも落ち着かない様子のマークス。放送事故とも言える長い時間、誰も何も言わなかった。

 ただただマークスからの答えを待つ。本人だってわかっているのだろう。次の一言が未来を変える一言なのだ。

 もしかすると、マークスにとってはここが人生のターニングポイントなのかもしれない。

 慎重に頭の中で精査している事だろう。全てを明かし、俺の信用を得るのか。それとも手ぶらで帰るのか……。

 次の瞬間。マークスはガバっと顔を上げると、鋭い視線を俺に向けた。どうやら覚悟が決まったらしい。


「わかりました。調査の本来の目的をお教えしましょう。ですが、この事は他言無用でお願いします。九条様だからこそ明かすのです。それが漏れてしまえば私の首が飛んでしまう」


「ああ。約束は守る」


 部屋にいる全員が頷くと、マークスは慎重に話し始めた。……と言っても、俺には既出の内容である。


「先程申し上げました通り、揺らぎの地下迷宮にはダンジョンコアと呼ばれる物体が存在しています。我々ギルドが探しているのはその中身なのです」


「それは、何なのですか?」


 興味を引かれたのか、シルビアが身を乗り出す。

 俺とネストとレストール卿はまだいいとして、シルビアがそれを漏らさないかが不安で仕方がない。その濡れ衣を着せられる展開は御免である。


「その中には稀に液体が入っています。薄紫色で淡く輝くものです。我々はそれを回収したく……」


「ギルドがそれを探しているのはわかった。俺のダンジョンにそれがあったら盗もうと思っていたわけだな?」


「滅相もない。しっかりと買い取らせていただくつもりです」


 どうだか……。それがマナポーションの原材料と知らなければ、どうせ二束三文で買いたたくつもりだろう。製法を知らぬ者にとっては毒でしかない。

 逆にどれくらいの値が付くのか聞いてみたいが、これ以上は怪しまれるだけだ。やめておこう。


「それだったらブラムエストのダンジョンコアにほんの少しだけ残っていたぞ。研究の為、回収しておいたがコップ1杯ほどしかなかった」


 その言葉に目の色を変えたマークスは、シルビアに負けじと身を乗り出した。


「本当ですか!?」


「ああ。この中に入ってる」


 俺がポケットから取り出したのは金属製のスキットル。それをわざと爆発物を扱うような手つきで、慎重にテーブルへと置いた。


「失礼ですが、中身を確認させていただいても構いませんか?」


「ああ。溢すなよ? それで最後だからな」


 マークスは震える手でスキットルの封を開け、持っていたガラスの小瓶にほんの少しだけ中身を垂らした。

 何故そんなものを持参しているのかは知らないが、中々準備のいい事である。

 小瓶の中で僅かに輝く液体に顔を近づけ、食い入るように見つめる。


「間違いない……」


「必要なら分けてやっても構わんぞ? ただし、俺の研究分を少し残しておいてくれればだが……」


 もちろん全てを譲渡してもいいのだが、このほうが真実味が増すだろう。


「よろしいのですか九条様!?」


「ああ。ダンジョン調査に応じることは出来ないが、それが俺の誠意だと思ってくれ。それでもまだ俺が信用できないなら、それは渡せない。どうする?」


「これだけあれば十分です! 九条様の御協力に感謝致しますッ!」


 マークスは、ヘッドバンギングかと思うほど激しく頭を下げまくると、1人颯爽と帰って行った。

 皆はそれに唖然としていたが、俺の中では作戦通りであり、結果オーライであった。



 その夜。ミアとシルビアが寝静まった後、俺とネストとレストール卿で別の部屋へと集まった。

 もちろんシルビアに聞かれないようにする為だ。


「で。あの液体だけど、ギルドにあげちゃってよかったの?」


「ええ。あの程度なら大丈夫でしょう。余った在庫みたいな物なので……」


「それにしても、ギルドはあれを研究してどうするつもりなんだ?」


「恐らく研究なんて嘘っぱちです。あれがマナポーションの原材料なんですよ」


「なるほど。ギルドが血眼になってダンジョン調査をしたがるわけだ。実は、ここに来る前に九条殿のダンジョンに再調査をと迫って来てな。追い返しはしたが、我々はその報告にと赴いたのだ。どうにかして引き離し、先に九条殿に知らせようと思ったのだが、執拗につき纏って来てな……」


「気持ちだけでも十分です。わざわざ出向いていただいて、ありがとうございますレストール卿」


「いやなに。ちょっとした寄り道みたいなものだ。気にせんでくれたまえ」


「こちらとしても丁度良かった。そのダンジョンなんですが、騎士団の方々の見張りを引き上げて下さって結構ですので」


「そうなのか?」


「はい。色々と事情はありますが、グラーゼンさんにもよろしくお伝えください」


「うむ。相分かった。九条殿がそう言うならそうしよう」


「それで? 九条はこの後、どうするつもり?」


「どうもしませんよ? いつも通りです。ギルドに仕事が溜まってきたら、爆発する前に軽い感じの仕事だけちょこちょこっと受けて様子を見ようかと」


「ふふっ。九条らしいわね。……そうだ。仕事……じゃないんだけど、その内遠征の話が出ると思うから予定を開けておいてちょうだい」


「遠征……ですか? それは何時頃?」


「まだ確定ってわけじゃないんだけど、あるとしたら半年くらい先かしら? 決定したら確実に九条のところにも話は行くと思うから、一応耳に入れておこうかと思って」


「えぇぇ……。もしかして第4王女絡みですか?」


「いいえ。違うわ。まぁ、その時になったらまた連絡するから、楽しみにしてて」


「はあ……」


 口元に手を当て、クスクスと面妖な笑みを見せるネストが怖い。

 一体何処に連れていかれるのか……。仕事でもなく王女絡みでもない……。ひょっとすると魔法学院の修学旅行の引率とか?

 ……そもそも修学旅行の文化があるのかすら不明であるが、パッと思いつくのはそれくらいだ。

 まぁ、今から悩んでいても仕方がない。それが中止になってくれることを今から祈ろうではないか。


 それから数日後、レストール卿とシルビアは、ソーニャを連れてローンデル領へと帰って行った。

 ネストだけが1日遅れで帰ったのは、シャーリーが呼び止めたからである。

 色々と話していたようだが、結果的に俺の部屋の隣に住むことを許可された。後で家賃を聞いてみよう。


「ねぇねぇ、九条。コレ、何だと思う?」


 ネストを送り出すと、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら近づいて来るシャーリー。

 スッと、これ見よがしに出されたのは右手の甲。


「そ……それはッ……!?」


「これで私も名実ともに仲間よね?」


 屈託のない笑顔を見せるシャーリー。俺の視線はその指に釘付けである。

 それは第4王女の派閥の証。陽の光を反射し、キラキラと踊るような煌めきを放っていた。


「マジかよ……」


 ネストが村へと顔を出した理由はこの為でもあったのだろう。シャーリーのゴールド昇格を聞きつけ、勧誘に来たのだ。

 いや、もしかすると派閥加入が家賃替わりなのかもしれない。


「なんでそんな残念そうな顔なのよ!? それとも、私が第2王女派閥に入っちゃってもいいの?」


 それはそれで困るのが実情である。俺の秘密を知る為にと勧誘に来る可能性がゼロではないのが恐ろしい。

 そう考えると喜ばしい事なのだが、ネストの手のひらで踊らされているようで、どうにも腑に落ちないのが正直なところではあった。


「いいや。俺が言えた義理じゃないが、シャーリーの派閥入りを心から歓迎するよ……」


「にひひ……。そうこなくっちゃ! ……でも欲を言えばもう少し嬉しそうに言って欲しかったかな?」


 今の俺にはこれが精一杯である。あとは問題が起きないことを祈るばかりだ……。

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