第341話 ギルドの動向
ダンジョンを後に村へと帰る道すがら、これからの事を考える。
いずれはベルモントギルドの支部長であるノーマンが乗り込んでくるだろう。
それに関しては概ね決まっている。村にノーマンが姿を見せれば、従魔達が俺を呼びに来るはずだ。
俺の策は見事にハマり、よもやノーマンからシャロンの異動を打診してくるとは思わなかったほどである。
ノーマンの事は最終的にシャロンに任せることにして、それよりも早急に対策を講じなければならないことがあるのだ。
それは俺に対するギルドの動向である。
ギルドは俺が22番ダンジョンを所有してしまった事を知っているはず。
冒険者がダンジョンを欲しがるわけがない。プラチナは頭のネジが外れているなどと揶揄されてはいるが、ことダンジョンに関してギルドはそう思ってはくれないだろう。
1カ所ならまだしも2カ所も所有しているということになれば、疑わしいと考えるはずだ。
俺がダンジョンの秘密を知っているかもしれないと懐疑的になるには十分な要素である。
ギルドのマナポーションは枯渇気味。俺の所有しているダンジョンが生きていれば、マナポーションの原材料が手に入るのだ。
無理矢理に奪うようなことはしないだろうが、探りを入れてくる可能性は否定できない。
「こんな物にそんな価値があるとはねぇ……」
ポケットに忍ばせていたスキットルを取り出し、空へと掲げる。
陽の光を反射し、キラキラと輝くスキットルは傷だらけで、多少のヘコミはあるものの、年季が入っていて味のある佇まいだ。
これでウィスキーなんて飲めたら最高だろう。
しかし、その中身はウィスキーなどではなく、魔力を圧縮して作られた賢者の石と呼ばれるマナポーションの原液である。
108番曰く、一般人には与えないでくださいとのこと。濃すぎるせいで人間には毒にしかならないらしい。
小さなスキットルには恐らく200ミリリットルも入ってはいない。
これをダンジョンから持ち出したのには理由がある。
ギルドにダンジョン調査をされる訳にはいかない。許可もなく立ち入ろうものなら死をもって償わせるつもりだ。
それに関しては、もう躊躇う事すらないだろう。
だが、俺の話を聞くのであれば、これを渡して諦めてもらおうと言う訳である。
どうしても調査をしたいのであれば、22番に向かわせる。ダンジョンハートが空であることを見せ、落胆しているところにこの原液を渡すのだ。
盗難被害を最小限にする為に財布を2つ持っておくのと同じような考え方だ。何もなければ隠しているかもしれないと妙な疑われ方をするかもしれない。
調査にくるギルド職員だって人間だ。上司に何の成果も得られなかったと報告するよりはマシなはず。
加工方法は不明だが、これだけでも数十本のマナポーションになると108番が言っていた。
研究の為と言えば、ダンジョンを所有している理由にもなるし、そこに僅かに残っていた液体を採取したが、結局は何かはわからなかったのでギルドに譲渡したとでもしておけば、恩も売れるのではないだろうか?
とは言え、これはあくまでもそうなってしまった場合の対処法であり、何もないことが一番ではある。
こんな事なら22番ダンジョンをくれなんて言うんじゃなかった……。なんて今更言っても仕方ない。
あの時はそれが最適解だと思ったのだ。
「それにしても、よくこんな物を飲もうと思ったな……」
なんでもそうだが、どう考えても食べ物とは思えない物を口にする奴は、一体何を考えているのだろうか?
薄紫色で僅かに光る蛍光色の液体は、どう見ても飲み物ではない。魔物の蔓延るダンジョン深くにあった物だ。大丈夫だとわかっていても、それを口に含む勇気は相当なもの。俺からしてみれば、そいつこそが勇者である。
「やっほー九条。今帰り?」
そんなくだらないことを考えていると、草木をかき分け現れたのはシャーリーだ。
元々明るかった性格もあり、村に越してきてから間もないのにあっという間に村に馴染んでいた。
「ああ。シャーリーも今日の狩りは終わりか?」
重そうな麻袋には狩ってきた獣が詰まっているのだろう。シャーリーのおかげで備蓄が捗ると食堂を切り盛りするレベッカは喜んでいた。
「うん。これから帰るとこ。一緒に帰ろ?」
「ああ。構わないが、そろそろ住む家は決まったのか?」
「まだ探し中……かな?」
「ホントかよ……。ネストにバレない内になんとかしろよ?」
「わかってるってば」
現在シャーリーはネストが立てた魔法学院の合宿施設に仮住まい中だ。もちろんネストに許可は取っていない。
家が見つかるまでの繋ぎでいいからと強引に迫られ、鍵を渡してしまったのが運の尽き。
ギルドの仕事に精を出すのは構わないが、本当に家を探す気はあるのか疑わしい限りだ。
「そんなことより九条は昼間っからお酒? さすがプラチナはいい身分ね」
皮肉なのか、それとも話題を逸らそうとしたのか……。シャーリーの視線の先にあるのは俺が手にしていたスキットルだ。
「違う違う。中身はもっとヤバいもんだ」
「ヤバイ物って何よ? ドラゴンの血とか?」
「そりゃヤバそうだが、そんなもの何に使うんだ?」
「飲むと凄い力が湧いて来るとかって言われてるけど飲んだことはないからわかんない。名前からわかるでしょうけど錬金素材としては高級な物よ?」
「へぇ……。だが、はずれだ。この中身はダンジョンハートの中に入っていた液体だ」
「ああ。あの紫色っぽいやつね。魔力を圧縮した水……なんだっけ?」
「まぁそんなもんだが、人間が飲むと死ぬらしいからな。ヤバイだろ?」
「確かにヤバイけど、そんなものどうするのよ? ノーマンを毒殺するの?」
冗談にしては笑えない。歯向かうなら相手になるが、それじゃぁ折角ハマった作戦も台無しだ。
「人聞きの悪いことを言うな。ギルドがダンジョンを調査したいと言い出したら、これを渡して諦めてもらおうと思ってな」
「なんでそれで諦めるの?」
「加工方法はしらんが、これがマナポーションの原材料らしいんだよ」
「ホントに!?」
「ああ」
さすがのシャーリーもここまで言えば気付いただろう。神妙な面持ちで声を潜める。
「そっか。ギルドがそれ目当てだとしたら、ネクロガルドとのダンジョンの奪い合いも理解できる……」
「俺もそう思うよ」
マナポーションの需要に供給が追い付いていないのは、生きているダンジョンが108番しか存在しないからだ。
108番がその中身を移動する手段を持っているなら、他の場所から足りない分を回収すればいいだけ。
それをしなかったのは既に実行した後であり、108番のダンジョンハート以外は既に空になっているのではないだろうか?
108番が108番にいた理由は、ダンジョン規模が小さいから。維持費が安いと考えれば説明はつく。
ギルドもネクロガルドも、この先どれだけ探してもそれを見つける事は出来ないだろう。
それでも何処かにあると信じて探し続けると思うと、不憫であり少々滑稽だとは思うが、俺の知ったことではない。
「そうだ。ダンジョンハートは触っても問題ないみたいだぞ?」
「そうなんだ。……でも正直そんな機会滅多にない気がする」
「確かにな……。だが、この先ダンジョン調査を受けることもあるかもしれないだろ?」
「そうね。マナポーションが枯渇気味なら、ギルドも本腰入れて調査に力を入れるとは思う。そろそろキャンペーンの告知が出るかもね」
「なんだ? キャンペーンって」
「ギルドが受けてほしい依頼に対して報酬を上乗せするの。依頼書に赤札が付いてる奴なんだけど見たことない?」
「あー。ハーヴェストギルドで1度だけ見たことがあるな」
「ひょっとしたら九条にダンジョン捜索の依頼が来るかもね」
「ダンジョン捜索? ギルドからか?」
「そう。調査じゃなくて捜索する方。未発見のダンジョンを探すの。
「あぁ、なるほど。そういう用途ならありそうだな……」
そうなったら楽にカネが稼げそうだ。
世界地図を108番に渡せば、ダンジョンの位置を全て記載することも可能だろう。
……もちろんやるつもりは毛頭ないがな。
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