第342話 無能神
「おやすみ九条!!」
「うるせぇ! さっき言っただろうが! おやすみ!!」
隣の部屋でデカい声を張り上げたのはシャーリー。そのお返しとばかりに怒鳴りつける。
「シャーリーさんは今日も元気だったね……」
隣で横になっているミアも呆れ気味で、乾いた笑顔を向けていた。
部屋はいくらでもあるのに、敢えて隣の部屋に居座っているシャーリー。
確かにデカイ声を出せば隣まで聞こえるが、おやすみの挨拶はさっき別れ際に外でしたばかりだ。
盛大に怒鳴ってしまったが、もちろん本気で怒っている訳ではない。
「何がしたいんだアイツは……」
「きっと淋しいんだよ」
「そんなわけないだろ……。ベルモントでは1人でやってたんだし」
とは言えここはコット村。知り合いも少なく、大目に見ようとは思ってはいるのだが、甘やかすのがいけないのだろうか?
周りには何もないド田舎だ。魔法学院の合宿用であるこの建物に住んでいるのは、俺とミアとシャーリーだけ。
多少の騒音程度なら近所迷惑にならないとは思うが、だからと言って何でもしていい訳じゃない。
迷惑というほどでもないあたり、線引きの難しいラインである。
「まぁ、明日は少し強めに言ってやろう……」
ベッドに横になったまま手を伸ばしてランタンを掴むと、シェードをずらして息を吹きかける。
部屋が真っ暗になると、耳元をくすぐる優しい吐息。
「おやすみ、おにーちゃん」
「おやすみ」
――次の瞬間、目を開けると俺は別の場所に立っていた。
殺風景で見通しは最悪。辺りは霞がかかっていて、雲の中にいるような感覚は忘れようにも忘れられない。
「お久しぶりです。九条さん」
懐かしい声と共に姿を現したのは、天使であるガブリエルだ。
今更何の用だと怒鳴りたい気持ちをぐっと抑えた。恐らくここは夢の中。前と同じなら時間は限られている。
体感でおおよそ5分ほど。そして次に目を開けるとベッドの上だ。
聞きたいことは山ほどある。それを出来るだけ多く消化するため、余計な時間は使えない。
「ミアとはどれくらい離れてはならない? 詳しく教えろ!」
「おおっと……。いきなりの質問とはかなりの焦りが見えますね」
「当たり前だ。どれだけ苦労していると思ってるんだ!? 御託はいいから質問に答えてくれ」
「わかりました。私も丁度そのことを教えに来たのですから」
「それで? どれだけ離れれば、俺は不運に見舞われるんだ!?」
「聞いて驚かないでくださいね? 九条さんは遂に自由を勝ち取ったのです」
ふわふわと空中に浮きながらも得意気に胸を張るガブリエル。
「……どういうことだ?」
「そのままの意味です。もう九条さんはミアの傍にいる必要はないのです。今日、私は九条さんにお別れを言いに来たのですから」
「何故だ!?」
「何故って……。それは私にもわかりません。恐らくは5年はかかるであろうと思われていた世界の強制力が2か月ほど前から極端に減少し、今や気にしなくてもいいくらいまで落ち込みました。そこで私はお役御免になったということです」
「……」
「あれ? 嬉しくないんですか? 喜ぶと思っていたのに……。ミアの中で眠っていた私には詳しくはわかりませんが、もうミアを危険な場所に連れていく必要もないんですよ? その気になれば冒険者を辞める事だって……」
まさかの答えに固まってしまった。ミアの事を忘れたことなどない。制約の所為で離れすぎると命の危険が増すのだ。
もちろん制約がなくなったことは喜ばしい事である。俺にとっても、ミアにとっても。
だからと言って、今更離れることなぞ出来やしないのだ。答えは最初から決まっているのである。
「冒険者は辞めない。ミアと離れることは考えてない」
ガブリエルはそれを聞いて溜息をついた。諦めにも似た表情は決して笑ってはいない。
「……そうですか。それもいいでしょう。全ては九条さんの自由なのですから。……他になにか聞きたいことはありますか? 時間は残り少ないですが、わかる事ならお答えしますよ?」
「ガブリエルはヴィルザール神は知っているか?」
「もちろんです。我らが神様ですよ? 九条さんだってヴィルザール様のお力で転生しているのですから知っているでしょう?」
「いや、名前までは聞いていない」
「そうでしたか……。それは失礼しました。ヴィルザール様はこの世界唯一の神様です」
「2000年前に勇者を授けた?」
「そうです。さすが九条さん。この世界の事を勉強なさったのですね? でも転生前に渡したアカシックレコードにも書いてありましたよ?」
「アカシックレコード?」
「転生世界を選ぶときに大きな本を渡したじゃないですか」
「ああ。あれか……」
あんなもの読んでいたら、どれだけ時間が掛かるかわからない。
読まなかった俺も悪いが、逆にしっかり覚えるまで読んでいたら、それを待ってくれたのかは問い詰めたいくらいだ。
「2000年前。神様は魔王に打ち勝つために人間達に力を授けました。それが勇者です。他にも数々の奇跡を残しているんですよ? 代表的な物ですと世界樹の種なんかもそうですし、世界に広がる錬金術の元は神様の授けた知識を元に作られたといっても過言ではなく……。おっと、そろそろ時間です」
「待て! 最後に1つ……」
「では九条様、どうか余生は幸せな人生でありますように……」
ぼやけていく視界の中、ゆっくりと舞い上がっていくガブリエルを捕まえようと手を伸ばす。
「おはよぉぉぉぉ!」
壁を貫通して聞こえてきたのはシャーリーの声。
俺が掴んでいたのはガブリエルではなく、隣で寝ていたミアの腕。
寝覚めは最悪であったが、落胆と同時に胸を撫で下ろした。
「うるせぇっつってんだろ! 起きたわ!」
シャーリーに聞こえるように文句を言ってから身体を起こす。
「おにーちゃん。おはよぉ」
「ああ、おはよう。……ミア、何か身体に異変はないか?」
「おにーちゃんの?」
「いや、ミアのだ」
ベッドに起き上がったミアは、手をにぎにぎとしてみたり、パジャマを捲ってお腹を確認したりと愛らしい動きで身体の異常を探るも思い当たる節はなく、不思議そうに首を傾げる。
「うーん。いつもどーりだと思うけど……どうして?」
「いや、異常がなければいいんだ」
暫くすると、今度は扉を強くノックされる。
「九条! ミアちゃん! 先に食堂に行ってるわね」
そしてパタパタと廊下を走る足音が遠ざかって行く。
「いつ一緒に飯を食う約束なんてしたんだよ……」
「あはは……。でもみんなで食べた方がおいしいよ?」
俺はプラチナの冒険者。早起きしてギルドで依頼を受ける必要はないのだ。
折角惰眠を貪れるというのに、毎朝起こされる俺の身にもなってみろ。
俺の身体は完全にこちらの世界に染まっているのだ。確かに元の世界では実家が寺であったため早起きは日常茶飯事であったが、寝れるならいつまでも寝ていたいと思うのは当然の事なのではないだろうか?
「おにーちゃんはどうする? 2度寝する?」
「いや、さすがに起きるよ」
「そう? じゃぁ先にいってるね」
「ああ」
ミアとカガリが部屋を出ると、とりあえず着替えてベッドに腰を下ろす。
すぐに食堂へと向かわなかったのは、少し頭の中を整理したかったからだ。
ミアとの距離を考えなくともよくなったことはありがたいが、結局は今までと何も変わらない。
俺はミアの傍を離れないし、命を懸けて守り抜くと誓ったのだ。
それよりも気になったのはヴィルザール神のことである。
俺は幾つかいる神様のうちの1人として考えていたのだが、ガブリエルはこの世界唯一の神だと言った。
この世界の神が自分自身ならば、俺に対する世界の強制力くらいどうにかならなかったのだろうか?
神なのだからなんでもできて当然……とまでは言わないが、5年かかるものが急遽なくなった原因さえ不明と言うのは、さすがに無責任がすぎる。
そんなことさえ把握できなくても神だと言うのだから、聞いて呆れてしまう。
そう感じてしまうのにも理由があった。エルザの話していた闇魔法結社ネクロガルドの成り立ちである。
勇者と共に戦い、魔王を倒したネロの妹を、何故生き返らせてやらなかったのか。仮に出来ないなら何故そんな約束をしたのか……。
神が1人しかいないのならば、恐らくは同一。それこそが最後に聞きたかった事ではあったが、今更悔いても仕方がない。
人の宗教観に口を出そうとは思わないし、どんな神を崇めようが個人の自由だが、約束を破る神を信じるこの世界の者達には同情する。
そもそも俺だって手違いで殺されたようなものだ。神のクセにどれだけの無能っぷりを晒すのかと鼻で笑ってしまった。
「おっと。そろそろ食堂に行かないとな」
そして今日こそシャーリーにはガツンと言ってやるのだ。
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