第340話 無縁墓地

「わかった。俺の勘違いであったことは認めよう。それを踏まえて聞きたいんだが、俺は22番のダンジョンハートを壊されても死ぬのか?」


「……いえ、大丈夫です」


「ここのダンジョンハートが壊されるのはダメなのに、22番は大丈夫なのか?」


「……はい。大丈夫なんです……」


「ふぅん……」


 どことなく怪しい気がする。普段通りと言えば普段通りだが、どこか落ち着かないような焦りを感じているようにも見える。

 俺がダンジョンのマスターになったからこそ、ダンジョンハートへと魔力を供給できるようになったのだと思っていた。

 だが、22番にも魔力供給が出来たということは、マスターにならずとも魔力の供給が出来るのではないかと憂慮したのだ。


「なぁ108番。俺以外がこのダンジョンハートに触れるとどうなる?」


「別にどうもなりませんよ? ダンジョンハートは触った者の情報を読み取ります。その為、極微量の魔力は吸いますが、マスターが触れた時のようにガッツリ魔力を吸い上げたりはしません。魔族ならまだしも、人間の魔力は微弱ですから」


 他の者が触れても大丈夫なのは一安心ではあるが、俺が22番のダンジョンハートに魔力供給が出来たということは、22番のマスターでもあるということ。

 マスターにもかかわらず、22番は壊しても大丈夫だと言うのはおかしくないだろうか?

 それが108番と22番のダンジョンハートの違いだと言われれば納得は出来るが……。


「ここと22番のダンジョンハートの違いはあるのか?」


「機能的にはどのダンジョンハートも大差はありませんね。強いて言うなら大きさでしょうか」


 明らかに矛盾している。それならば、22番を壊しても死ぬと言われた方がまだ納得がいく。

 108番が嘘をついているとしたら……。

 だが、22番を壊して俺が死んでしまえば、結果的に魔力供給のなくなった108番もいずれは死んでしまうだろう。

 ならば考え方は逆である。108番を壊しても俺が死ななければ、22番を壊しても死なない筋は通る。

 嘘をつく理由……。俺をダンジョンに繋ぎ止めておく為? だが、それなら最初に言っていた呪いとやらをかければいいはずだ。


「あのぉ……。何を悩んでいるのかわかりませんが、心配でしたら22番の中身をこちらに移しましょうか?」


「そんなこと出来るのか?」


「もちろんです。ダンジョンは地下深くで繋がっています。それは龍脈と呼ばれる魔力の通り道なんです。トライヘッド……金の鬣きんのたてがみの封印を解いたのも、86番ダンジョンに魔力を供給したから成し得た事ですよ?」


「そういう仕組みなのか……」


 だが、ありがたい機能だ。22番ダンジョンは正直言って遠すぎる。

 22番を破壊されても死ぬことがないなら魔力を回収して、絶えず見張ってくれているサラマンドラ騎士団も引き上げさせることも可能だ。


「では、いきますね!」


「ちょっと待った! ダンジョン内に誰かがいたら、崩落で被害が及んだりしないか?」


「1度崩れているダンジョンなので恐らくは大丈夫だとは思いますが……。気になるなら調べましょうか?」


「是非頼む」


 恐らくは誰もいないだろうが、サラマンドラ騎士団の誰かが見回りにと足を踏み入れている可能性もなくはない。


「わかりました。では見て来るので少々お待ちください」


 そう言うと、108番はダンジョンハートに触れ、そして消えた。

 もしかして直接見に行ったのだろうか? 全てのダンジョンを管理しているなら出来なくはなさそうだが、どれくらいの時間が掛かるのか……。

 そう思うと不安だ。口ぶりからすれば、何日も掛かったりはしないとは思うが……。

 試しに頭の中で呼びかけてみるも返事はない。そこは距離的な問題だと考えれば合点がいく。

 それから5分程だ。戻って来た108番は元気がなく、神妙な面持ちであった。


「誰かいたのか?」


「いえ、それは大丈夫でしたが、少し問題が……」


「問題?」


「はい。現在の22番の魔力量が多すぎて、こちらのダンジョンハートには入りきらなそうで……」


 言われてみると確かにそうだ。22番にあったダンジョンハートは巨大であった。

 108番がドラム缶1杯分だとすれば、22番はその5倍はあったはず。

 こちらのダンジョンハートの空きはおおよそ2割程度だが、パッと見た感じは厳しそうだ。


「じゃぁ、何かで消費すればいいんじゃないか?」


「2割ほど使えば入りきるとは思いますが、問題は何に使えばいいかということで……」


 それは確かに問題だ。四天魔獣皇の封印を解いたりすればゴッソリ減るのだろうが、封印の扉の開け閉めであれば雀の涙程度しか使わない。


「捨てたりできないのか?」


「それを捨てるなんてとんでもない! 勿体ないじゃないですか!」


 鼻息も荒く頬を膨らませる108番。まさかのエコ精神である。もちろんそれを否定する訳じゃない。108番の気持ちはわかる。

 22番のダンジョンハートが基準であれば、そう考えるのも理解できるのだ。

 俺がマスターになる前までは、108番は生きるか死ぬかの瀬戸際であった。少しでも無駄にはしたくないという心境が尾を引いているのだろう。


「……一時的に中身を別の容器に移しておきましょう。冒険者達の遺品の中に空き容器があったと思うので探してください」


 突如始まった宝さがし。2人でそれを探し出し、集まったのは大小さまざまな空き容器。

 恐らくマナポーションが入っていた小さな小瓶に、ウィスキーなどを入れておく金属製のスキットル。何の為にダンジョンに持って来たのか巨大な牛乳缶などその種類は豊富であった。

 これらに移し替えれば2割程度は減らせるだろうが……。


「どうやって中身を移すんだ?」


 ダンジョンハートには蛇口が付いているわけでもなく、蓋を開けれるような構造でもない。


「ダンジョンハートを利き手ではない方で触れてください。そして利き手で空き容器を持てば容器の方へと移譲できます」


 言われた通り黙々と作業を続け、全ての容器が満杯になると、ダンジョンハートにはかなりの余裕が生まれた。

 そして、それはすぐに満杯付近まで増加する。


「これで22番のダンジョンハートは空になりました」


「そうか。ならばもう余計なことは考えずに、このダンジョンだけを考えていればいいな」


「おや? なんだか今日は素直ですね……。外では槍でも降っているんじゃないですか?」


「あのなぁ、俺だって命は惜しい。それにゴブリン達もいるし、ダンジョンを見捨てる訳にはいかないだろ?」


「そうですよマスター! ようやくマスターとしての自覚が芽生えたのですね!?」


 パァっと明るい笑顔を見せる108番。なんというか、こういう人間臭いところが魔族であったとは思わせない可愛さがある。

 それと共に生まれたのは罪悪感だ。108番の理想の俺を演じて、その本心を聞くことが出来ればと思ったのだが、当ては外れた。

 もちろん全てが嘘という訳じゃない。ダンジョンの防衛は引き続き継続していくつもりだ。

 恐らくダンジョンハートを壊しても、俺が死ぬことはないだろう。とはいえ、それを確かめる術はない。

 逆に死なないとわかっていたら、俺はこのダンジョンを見捨てるだろうかと考えた時、そうはならないだろうという結論に至った。

 108番に助けられたという恩もあるが、ここは俺にとってはダンジョンと言うより巨大な墓なのである。

 無縁仏とも言えるだろう。供養もされず親族や縁者もいない死者達が眠る場所。

 事実上、俺の所有地なのだから、言い換えれば俺は墓守でもあるのだ。

 やっていることは元の世界と変わらない。永代供養えいたいくようをしていると思えばいいだけ。

 それは遺族や縁者、子孫に代わって遺体や墓を霊園やお寺が管理することを指す言葉だ。

 身寄りのない者や跡継ぎのいない者への唯一の供養方法。

 もちろんその中には、精神体となってしまった108番も含まれているのである。

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