第314話 九条の帰還
「九条さんが返って来たぞぉ!!」
ブラムエストの城壁から見張りをしていた冒険者であろう者が大声を上げた。
時刻は、朝日が昇り街が少しずつ活動を始める頃。ガラガラと大きな音を立てて開く鉄格子の門。
徹夜で見張りに付いていたであろう冒険者達が飛び起き、待ちわびた俺達を迎え入れる。
俺から語られるであろう結果を心待ちにしていたのだろう。しかし、帰って来たのは俺とミアだけ。
肝心のバイスは、影も形も見当たらない。そこから推測される答えは1つだ。
盗賊達を逃がしてしまったのだと肩を落とす冒険者達。
そこへ駆けてきたのは、コクセイに乗ったシャーリーと白狐に乗ったシャロン。不安そうな表情なのも無理もない。
「おかえり九条。それにミアちゃん」
「ただいまぁ!」
そんな雰囲気を物ともせず、ミアは場違いなほどに元気いっぱい。
俺達は酷く汚れていた。真っ白であったカガリの毛並みは見る影もなく、ワダツミの透き通った海のような蒼い毛も、最早沼と表現した方が自然なくらい。
それは、どれだけ激しい戦いを繰り広げたのかと思うほどの汚れであった。
「で? どうなったの九条?」
「大丈夫だ。盗賊団は滞りなく討伐した。バイスさんはその後処理で残ってもらっているだけだ」
ホッと安堵するシャーリーとシャロン。その後ろでは冒険者達が歓声を上げた。
「「おおおぉぉぉぉぉぉ!!」」
内心うるさいなぁと思いながらも、手を上げてそれに応える。
「とりあえずこの汚れだ。皆は宿に戻って先に風呂でも入っててくれ。俺はギルドに報告したらもどるよ」
皆が宿へと戻って行く中、俺は1人ギルドへと向かった。
だが、淋しくはない。ウザいと思うほどに、ぞろぞろと冒険者達が列を成してついて来ているのだから。
「九条のダンナ! 盗賊達とのバトルの話、聞かせてくださいよッ! みんなも聞きたいだろ!?」
「おおッ!」
「……疲れてるんだ……。後にしてくれ……」
「聞いたかみんな!? 『疲れてるんだ、後にしてくれ』……だってよッ! シビレルゥゥ!!」
ウザいなんてもんじゃない。もしかして煽っているのかと思うほどに、モノマネは全く似ていない。
だが、我慢である。ここでカッとなってしまえば、俺が空気を読めてない流れになるのは明白だ……。
すぐにでも街を出て行けるのなら冷たくあしらえるのだが、まだまだ仕事は終わっていない。
しばらく街に厄介になることを考えると、ここで彼らの機嫌を損ねてしまうのは愚策である。
はぁ……。愛想笑いを振り撒くのも楽じゃない……。
さすがの彼等も、ギルドの応接室まではついてこなかった。
とは言え、ここまで聞こえてくる騒がしい声には、ギルド支部長であるアグネスも苦笑いを浮かべる他ない。
「うるさくてすいません。でも、ようやくの討伐で皆さんが喜ぶ気持ちもわかります」
アグネスから謝罪の言葉が出たものの、その表情は真逆の笑顔。俺への迷惑より、盗賊達から街が解放された嬉しさの方が勝っているようである。
「そんなもんですかね……」
「そうですよ。元の賑やかな街に戻るのですから、これ以上の喜びはありません」
「どこまでですか?」
「え? ……どこまで……とは?」
「あぁ、いえ。すいません。こっちの話です。気になさらないでください」
盗賊達を倒しただけで、本当に全てが元通りになると思っているなら大間違いだが、言ったところでどうにもならない。
不祥事の責任をグラーゼンに擦り付け、あれは盗賊だとギルドに依頼を出してしまえば調べもせずに盗賊扱い。ギルドも楽な商売である。
その時だ、応接室の扉から聞こえてきたのは少々乱暴なノック。それに返事を返す間も無く、開け放たれた扉。
そこに立っていたのはドルトンだ。
「ドルトンさん!? ちょっと待って下さい。話はまだ終わって……」
「わかっている。九条。グレッグさんがお呼びだ」
「ですから、まだ手続きの途中で……」
俺は、ドルトンに抗議するアグネスの前に手を伸ばし、それを制止した。
「随分と急ですね。何時頃伺えば?」
「今すぐだ。馬車の用意はしている」
「……わかりました」
「ちょっと! 九条さん!?」
「すいません。そういうことなんで、後でまたお伺いしますね」
プラチナプレート冒険者がそう言うなら、それを受け入れるしかない。アグネスは不満気な表情を浮かべながらも、ドルトンと俺を見送った。
相変わらずドルトンは喋らないし、何処かそれが偉そうに見える。
お前が偉いのではなくグレッグが偉いのだ。そこをはき違えているのではないかと思うほどに不愛想。
いや、グレッグが偉いと言うのは些か語弊がある。正確には権力を振り回すだけのクズだ。
馬車の中は不穏な空気。どうせならアニタを使いに寄越してくれればいいものを……。
また、あの屋敷に立ち入らなければならないのは億劫ではあるものの、気を張っていればどうという事はない。
前回のように案内されたのは執務室。部屋の中にはグレッグと護衛の冒険者であるギースとアニタの2人。
アニタのクマが酷いことになっていて、早朝に叩き起こされたのだろうことを想像すると吹き出してしまいそうではあるが、それをぐっと抑え真顔を貫く。
「よく来た九条。お前を歓迎しよう」
立派な椅子にふんぞり返るよう座るグレッグ。その人を見下す態度が気に食わない。
「何の用ですか? 短い期間しか与えられてないもので、色々と準備で忙しいのですが?」
「まぁそう言うな。準備期間が短いと言うのなら延長も視野に入れてやろう」
またすぐに喚き散らすのかと思っていたが、中々どうして会話が成立している。珍しいこともあるものだ。
「単刀直入に聞こう。盗賊団を壊滅に追いやったと言う話は本当か?」
「ああ。それがどうした?」
「それを証明しろ」
「丁度ギルドで出そうと思っていたものがあるぞ」
背負っていた荷物の中からサッカーボールほどの袋を取り出す。その口を空け、中身を掴むと床に放り投げた。
「ヒッ……」
可愛らしい悲鳴を上げたのはアニタ。その他の面々は、それを見ても無反応。
そこに転がっていたのは人の生首だ。
一見グラーゼンのようにも見えるが、焼け爛れた皮膚から本人だと断定するには難しい。
「ふむ……。疑うようで悪いが証拠としては弱い……」
「贅沢な奴だな……。ならばこれならどうだ? 俺の戦利品だから見せるだけだ」
もう1つの袋から取り出したのは、1本のロングソード。綺麗に手入れをされた豪華な作りのそれは、王家の紋章が入った業物だ。
「おおっ! ……ほっ……むほほっ……うひょひょひょひょ……」
ただでさえ細い目がへの字に曲がり、気持ちの悪い笑い声を上げるグレッグ。
それを目の当たりにしても、出来るだけ表情を崩さないよう耐える俺。
今日は我慢しなければならないことばかりで朝から無駄に疲労が溜まる。さっさと終わらせて、宿で朝風呂といきたいというのに……。
「よくやった! よくやったぞ九条! お前には何か褒美をとらせよう。カネ以外なら何でもいいぞ?」
笑わせに来ているのだとしたら、相当なやり手だ。カネ以外と言い切るあたり、実に正直で清々しいじゃないか。
とは言え、機嫌はよさそうだ。その理由はわかってはいる。
「今のところは別にないな」
「そうか? ならば思いついたら言うがいい。残りの盗賊達はどうした?」
「アジトにいた奴等は殺した。それが全員かは知らん」
「いいだろう。だが、一応確認がしたい。ドルトンを連れてそのアジトとやらに案内しろ」
それはギルドの依頼内容とは別だ。余計な手間を増やすだけなら、憤っても文句は言えまい。
「それは俺の仕事じゃない。どうしてもやらせたいならギルドに依頼を出せ」
「チッ。ならば交換条件といこう。先程時間がないと言ったな? 除霊期間を2週間延長してやる」
「話にならん……。と言いたいところだが、それに加えて付き添いをドルトン以外の奴にしてくれれば引き受けよう」
「何故ドルトンではダメなのか理由を言え」
「だってこいつ全然喋らねぇから、息が詰まるんだよ。ぶっちゃけ一緒にいたくねぇ」
時間が止まったのかと思うほど静まり返った室内。さすがのドルトンもそれには反応を見せ、俺をギロリと睨みつける。
そんなもの怖くもなんともない。俺は事実を言っているまでだ。
「ならばギースを……」
「俺はアニタちゃんがいいな」
部屋の隅に立っていたアニタに近寄り、無理矢理に肩を組む。それにアニタが不快感を見せるのは当たり前だ。
ここでダメ押しとばかりに、空いていた片手でアニタの胸を鷲掴みにして揉みしだく。
「――ッ!?」
バチンという衝撃が脳を揺さぶり、頬から伝う痺れるような感覚が痛みへと変わる。
「何すんのよ! 変態!!」
「気の強い女は嫌いじゃないぞ? そうだ。さっきの褒美。連れて行くのはアニタちゃんってことで手を打とう。どうだ?」
考え込むグレッグであったが、その腹は既に決まっているだろう。カネを出したくないならば、ギルドに依頼を出す選択肢はないはず……。
「いいだろう。出発は明日。どれくらいで帰ってこれる?」
「どれだけ確認作業をするかにもよる。奴等の残骸を見て帰るだけなら2日……いや、3日もあれば十分だ」
「何故1日では出来ぬ?」
「アニタちゃんが魔獣を乗りこなせるなら1日でも十分だ。俺の従魔は馬より早い」
「……よかろう。3日で確認作業を終え帰ってこい」
「グレッグさん! 私は嫌です!!」
そりゃそうだ。当然の意見ではあるが、それは通らない。
「……お前は私に意見するのか?」
「……いえ……そう言うつもりは……。申し訳ありません……」
生首とロングソードを回収し、屋敷を出た。それにしても自分の部下に確認させるまで疑うとは、中々用心深い男である。
面倒事が増えてしまったが、まだ想定の範囲内。浄霊までの期間が延びたのは不幸中の幸いだ。
ひとまずは風呂に入って疲れを癒そう。
……そんなことより、アニタちゃんの胸。やわらかかったなぁ……。
無意識に浮かぶ、いやらしい笑み。手に残った僅かな余韻を堪能しつつも、俺は宿へと歩き出した。
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