第313話 騎士の矜持と涙の誓い
「今からグラーゼンさんには、少々キツイ話をしてしまうかもしれない」
「なんでも言ってくれ。力を貸してもらえるなら、どんなことでも受け入れよう」
何と伝えれば上手く伝わるだろうか……。恐らくは要望だと受け取られている。とは言え、受け入れると言ったのだ。
考えられる可能性から潰していこう。万が一ということもある。
「グラーゼンさんが騎士団に所属していた当時、町長の屋敷で複数人がお亡くなりになった事件や事故はありませんでしたか?」
「んん? いや……、ペライス様には長いこと仕えていたが、そんな話は聞いたことないな。そもそもどういった状況ならそうなるのだ?」
「そうですね……。例えば火事が原因であったり、殺人鬼が暴れまわったり……」
「ハッハッハ。殺人鬼とはまた物騒だが、そんなことはなかったと断言しよう。私はペライス様の補佐として屋敷にはよく出入りしていたから間違いない。しかし、何故そのような事を?」
「……質問を返してしまうようで申し訳ないですが、大事な事なので教えてください。屋敷では使用人の方々は、何名ほど働かれていましたか?」
「確か……30人ほどだったかなぁ……。それが何の関係が……」
「……」
「……ハハハ……まさかな……」
乾いたような笑い声。グラーゼンの顔色が少しづつ変わっていくのが見て取れた。
ゆっくりと下がる視線。俺の足元で泳がせるそれは、酷く曖昧で隠しきれない動揺。
恐らくは気が付いたのだ。
「……彼等は何の関係もない……。いくらグレッグだからとそのようなこと……」
「……残念ながら、事実です。理由は不明ですが、恐らくは口封じではないでしょうか……」
グラーゼンは目を見開き、拳を震わせた。
「私の所為だッ……。どうせ罪を被るなら町長なぞにせず、レストール卿の前で血祭りに上げてやればよかったッ!」
悔やんでも悔やみきれないだろう。しかし、レストール卿の顔を立てつつグレッグを暗殺するには、それなりの地位を与える必要があるのは理解出来る。
無念であろうその沸き上がる怒りが爆発し、グラーゼンは震えていた拳を地面へと打ちつけたのだ。
鈍い音が辺りに響き、若干ではあるもののそれは地面が揺れるほどの衝撃であった。
「えっ!? 何!? 地震!!?」
それに驚き、飛び起きたのはミアである。キョロキョロと慌てふためく姿は、少々場違いではあるものの、微笑ましい。
それは、グラーゼンの乱れた心をほんの少しだけ鎮めたのだ。
「ああ、すまなかった。私の所為だ……。取り乱したようで申し訳ない……」
大きく頭を下げるグラーゼン。先程までの怒りが嘘のような面持ちではあるが、その瞳は沸き上がる憎悪を隠せてはいなかった。
「俺はその霊を鎮める為にグレッグに雇われたんです。盗賊退治はあくまでギルドからの頼まれごと。もともとそれほどやる気はありませんでした」
「そうであったか……。てっきり私達の討伐隊としてグレッグに雇われていたものだと……」
バイスは貴族。グレッグとの繋がりがあってもおかしくはないだろう。それにグラーゼンの弟子でもある。
天敵とは言えないが、やり辛い相手であることには変わりはないし、そこへプラチナプレートの冒険者が出てくれば、本気で潰しに来たと考えてしまうのも道理だ。
「で、俺はどうすれば? グレッグを殺せばいいんですか?」
「まさか! そこまでやってもらおうとは微塵も考えておらん。あくまで罪を被るのは私の役目だ」
「……ならば、何をお手伝いすれば?」
「どんな手を使ってくれても構わない。奴を街から引きずり出してほしいのだ。我等は顔が割れている。街に忍び込むことすら難しい」
それに顔を歪めてしまった。決して悪気があったわけではないのだ。
それを察し、肩を落とすグラーゼン。
「やはり、難しいか?」
「……そうですね……」
そりゃそうだろう。外に連れ出す手間を考えれば、直接殺してしまった方が早いに決まっている。
恐らくグラーゼンは別の意味で捉えているのだろうが、俺からしてみれば面倒な工程が増えているだけだ。
「断ってもらっても構わない。無理強いはせぬ」
確かにこのまま街へと帰っても、俺達が疑われる事はないだろう。
その為に一騎打ちを持ち掛け、怪しまれることなく俺が後を追える状況を作り出したのであれば、中々の策士である。
「グラーゼンさんをお手伝いするのは、問題ありません……」
「おお! やってくれるか!」
「ですが、こちらも言っておかねばならないことがあります。それを聞いたうえで、俺を仲間に入れるのかを判断してほしい」
「何でも言ってくれ。出来る限り応えよう」
バイスは俺が何を言うのかを感付いていた。自分も当事者であったのだからなおさらだ。
それでも俺を止めなかったのは、グラーゼンを信じているからだろう。
「……俺が、ペライスさんを殺しました」
怒りに身を任せ、刃を向けられることも視野に入れていた。それが許せないのなら仕方がない。この話をなかったことにするだけだ。
しかし、グラーゼンは怒りを身に宿すことはなく、むしろ優しく微笑み頭を下げた。
「ありがとう」
それに驚いてしまったのはこちらの方だ。怒りを露にするのか、それを必死に押さえ目的の為に目を瞑るのかと考えていたからだ。
拳を振り上げられるならいざ知らず、礼を言われる筋合いなぞないのである。
「あなたの主を殺したんですよ? 怒らないんですか?」
「実を言うと知っていたんだ。グレッグが裁判で口にしたことを元に調査を行った」
「ですが、礼を言われることでは……」
「いいや。何もおかしなことはない。九条殿が止めてくれたおかげで、ペライス様の名誉は守られたのだ」
王族殺しは重罪だ。どんな理由があるにせよ、それは一族全てに影響を及ぼす。一歩間違えば、レストール卿とグレッグの立場が逆転していたかもしれない。
たとえペライスがリリーを盾に逃げおおせても、未来がないことは明白であった。
ならば潔く命を絶つことこそ騎士としての矜持。それを介錯したのである。
「少なからずペライス様にも非はあろうが、全ての元凶はグレッグだ」
「しかし……」
「先程も言っただろう? 私は目先の事しか見えぬ人間ではないと。物事の本質を見誤るほど
白い歯が見えるほどの笑みを向けられる。精一杯のつもりだろうが、何処か寂しげにも見える笑顔。
「それに九条殿には勝てる気がせんからな。一太刀入れる前にこちらの首が飛んでしまいそうだ。がっはっは……」
それを隠すように冗談を言ってのけ、大声で笑うグラーゼン。
一緒になって笑うことなぞ出来るわけがなかった。その瞳には涙を溜めていたのだから……。
騎士ではない俺には剣に誓うことは出来やしないが、その涙に誓って、俺はグラーゼンの無念を晴らしてやろうと心に決めたのである。
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