第312話 グラーゼンの目的

「まず、これから話すことに嘘偽りないことを、この剣に誓おう」


 王家の紋章が入ったロングソードを掲げるグラーゼン。

 誠意を見せるという意味で使われている騎士の作法のようなものなのだろう。だが、そんな誓いなぞどうでもいい。こちらにはカガリがいるのだ。

 嘘を付けば信用しない。それだけである。口にはしないがバイスが騙されている可能性だってあるのだ。


「ガルフォード卿には一騎打ちの合間に話をした。半信半疑ではあったが、信じてくれたようで感謝しかない」


「それを俺が信じるとは限りませんが?」


「もちろんだ。ガルフォード卿だって全てを信じた訳ではないだろう。今は私の人柄を買ってくれているのだということも理解している。その上で九条殿の前で改めて話すことにしたのは、我等を手伝ってほしいからだ」


「俺に盗賊の下に付けと?」


「そもそも我等は盗賊ではない。その辺りもしっかりと説明させてもらうつもりだ」


「俺を仲間に引き込む為に、バイスさんを刺したんですか? 正直やりすぎでは?」


「九条、それには理由があるんだ。グラーゼンさんの話が本当なら必要なことだった。敵を騙すにはまず味方からって言うだろ?」


 言いたいことは理解出来るが、それは街にいる冒険者や騎士団が敵だと言っているのと同義だ。


「では、盗賊団リザードテイルは敵ではないと?」


「ああ。それを信じるかは九条次第だ」


「我等はリザードテイルと呼ばれているのか……。言い得て妙だな……ハッハッハッ」


 豪快に笑うグラーゼン。恐らくは自信があるのだろう。どっしりと構えるその姿は、身体の大きさも相まって威圧感すら覚えるほど。

 しかし、それを不快に思わないのは全く敵意を感じないからだ。


「剣に誓いを立てたんだ。嘘ではないはず。話を聞いてやってくれ九条」


「……わかりました」


 バイスが俺を呼んだ理由が読めてきた。俺を仲間に引き込むというのが最大の理由であり、わざと刺されたのはミアとカガリについて来てもらう為だろう。

 グラーゼンを信じるだけの裏付けが欲しいと考えたのなら、カガリが必要な理由も納得がいく。

 剣に誓いを立てたから嘘じゃないなどと言っておきながら、カガリにしっかりと確認させるしたたかさはさすがである。

 自分の師だからと安易に信じるほど愚かではないところは評価に値する。


「半年ほど前まで、私はペライス様に仕える騎士団の副団長を務めていた。ペライス様はレストール卿の三男であらせられ、ブラムエストの町長と騎士団長を兼任されていたのだ。そこに現れたのがグレッグ……。当時侯爵だったグレッグはペライス様に兵を上げ、アンカース領であるノーピークスへと攻め入れと脅迫したのだ。ペライス様は深く悩まれ、私はその相談を受けた。そして断ることを進言し、グレッグも1度は諦めたかに見えたのだ」


 ペライス……。その名前には覚えがあった。


「それからだ。ペライス様が行方知れずになったのは……。レストール卿には騎士失格だと罵倒され。騎士団総出での捜索も手掛かりはなし。あの時は絶望に打ちひしがれていたよ……。まさか亡くなっているとは思わなかったからな……」


 もちろん、それも知っていた。


「ペライス様が発見されたのは王都スタッグ。それも王宮の曝涼式典でのことだ。レストール卿が御自身の目で確かめたのだ。恐らく嘘ではないだろう」


 そう、ペライスはゴロツキ達と共に俺達の馬車を襲った騎士の男だ。王女を人質に取り、カガリに殺された者である。


「気でも狂ってしまわれたのかと思ったよ。死の王が息子をよみがえらせ、グレッグに牙を剥いたと言うのだ。にわかには信じがたいだろう? だが、それは本当にあったこと。多くの貴族がそれを見ていたのだ。それは僅かな時間であったそうな。驚きのあまり、声を掛けてやれなかったとレストール卿は自分を責め、今でも酷く後悔している。そして息子を殺した原因を作ったであろうグレッグを怨むようになったのだ」


 それを語るグラーゼンは、真剣な面持ちであった。原因はグレッグなのだろうが、その命を奪ったのは俺達だということを知っているのだろうか……。


「レストール卿は、貴族院の裁判が終わればすぐにでも決闘を申し込むと怒りを露にしていたが、蓋を開けてみればグレッグは領地を全て没収され、貴族位さえも失っていた。そんなレストール卿の心情を知ってか知らずか、グレッグは助けを求めに来たのだ」


「それでブラムエストの町長に?」


「そうだ。それと同時に私はレストール卿から密命を受けた。それはブラムエストで騎士を続け、グレッグを亡き者へとすること……。久しぶりに心が躍ったよ。我が主の仇をこの手で打てるのだ! これほどの喜びはない!」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるグラーゼン。

 騎士という立場を忘れ、復讐に心を奪われた鋭い目つきは狂気を宿していたほどだ。


「私はそれを快く了承した。そしてその罪の全てを私が背負おうと誓った。それはペライス様を守れなかった自分への戒めでもあるのだ!」


 だが、それは成せてはいない。だからこそ、今ここにいるのだろう。

 ビリビリと伝わってくる激しい憎悪は、グレッグの屋敷で感じるものと酷似していた。


「だが、グレッグの周りには常に3人の冒険者が付きまとっていた。奴とて剣の心得はあるはず。たとえ不意打ちだとしても、確実に息の根を止めるにはそいつらが邪魔だったのだ……。そして騎士団再編で私達は街を追い出された」


「これまでの経緯は理解しましたが、騎士団が再編された理由は?」


「グレッグが町長就任後、小さな祝賀会が催され、地方貴族や地域の名立たる権力者達が招待された。それには領主レストール家としてペライス様の妹君2人が出席することになったのだ。そのお迎えにと我等騎士団が向かったのだが、合流地点でいくら待っても姿を見せることはなかった。もちろん死に物狂いで探した。このままではペライス様の二の舞いになってしまうと必死になった。しかし見つからなかったのだ……。2人を乗せた馬車はロッケザークを出たことは確認されているが、その後は消息不明。我々はその責任を取らされ騎士団は解散。再編されたというわけだ」


「それもグレッグの思惑ですか?」


「そうだ……。わかっていることはレストール卿が私を信じて下さっていることと、2人の妹君はグレッグの屋敷に監禁されている可能性が高いということだ」


「その情報は何処から?」


「レストール卿が派遣している捜索隊だ。屋敷内でそれらしい人影を見たと連絡が入ったらしい」


 だとしたら、かなりまずい……。今のところグラーゼンからは、屋敷の使用人に対する話は出て来ていない。

 騎士団再編後に虐殺が行われたのであれば、その中に2人の妹が混ざっている可能性も否めない……。


 長い話に膝の上のミアはウトウトとお休みモード。それを起こさないよう、そっとカガリとワダツミの間に仕舞う。

 同時にカガリへと視線を向けると、無言でゆっくり頷いた。


「こちらから少し質問させていただいても?」


「構わん。なんでも答えよう」


「騎士団を追われ、盗賊へと転身したわけではないということでよろしいですか?」


「自分から盗賊を名乗った覚えはないし、そういった行為をした覚えもない。私に味方をしてくれているのは旧騎士団の仲間達だ」


 なるほど。道理で盗賊達の方が強そうな訳だ。元が騎士であればその強靭な肉体にも納得である。


「レストール卿にお願いして、騎士団として街に戻ることは出来ないのですか?」


「残念ながらそれは無理だ。妹君がグレッグに囚われている可能性を考えると、今は下手に動けないのがレストール卿の立場だと考えてくれ」


「街を攻めているのはグレッグを亡き者にする為ということですか?」


「最終的な目標はそうだ。狙いは現騎士団とグレッグ。それと妹君の救出だ」


「現騎士団も?」


「さよう。地位を奪われたから怨んでいるという訳ではない。彼等の方こそ元々は盗賊を名乗るゴロツキ達。それを雇い入れたグレッグに非があると私は考えている」


 騎士団の空いた穴を本職の盗賊達で埋めたのか。ネストを攫った時も、ノーピークスにちょっかいをかけていたのもそうだった。

 落ちぶれたとは言え、為政者が関係を持っていい相手ではないだろうに……。


「どうやら、正義はこちらにあるみたいですね」


「おお。話の分かる御仁で助かる!」


 カガリからの反応はなかった。俺が正義を語るのもおこがましいが、今の話を信じるのであれば、どう考えても悪いのはグレッグである。

 そして予想通りと言うべきか、殺された使用人達の話は出てこなかった……。

 これは話さねばならないだろう。知らぬ者に人の死を告げると言うのは慣れないものだ……。

 俺はゆっくりと深呼吸して気を落ち着けると、言葉を選びながら口を開いた。

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