第311話 盗賊団のアジト
グラーゼンに連れ去られたバイスを追い続けること1時間。
暗闇の中を盗賊達の持つ松明を目印に追ってはいるが、少しずつそのペースは落ちていた。
最初はそこそこの速度で走っていた盗賊達であったが、今や馬車と同レベル。それに追いつけないカガリとワダツミではない。
「遅いね……」
「ああ。遅いな……」
日頃からカガリに乗っているミアから見れば、最早お散歩と言ってもいいほどの速度だ。
「今のうちにドカーンってやっちゃえば?」
「ううむ……」
正直に言ってまだ悩んでいた。バイスさえ取り戻せれば、ミアの神聖術で傷は治してやれるはず。
しかし、どうにも腑に落ちなかった。バイスとグラーゼンの一騎打ちが、どちらも本気を出しているようには見えなかったのだ。
それに気付いたのは暗くなってから。勢いが落ちたのは疲労が溜まったせいなのだろうとも思っていたが、恐らくはそうじゃない。
近くにいた者にしかわからないだろう違和感。鳴り響く金属音はリズミカルであり単調。武術で言うところの
来るなと言ったバイスの真意を測り兼ね、こちらから手を出すべきか、このまま追い続けるべきか判断がつかないでいた。
すると、追っていた盗賊達に変化が現れた。松明の集団から離れていく1本の明かり。それは徐々に速度を緩め、こちらに近づいて来る。
「気付かれたか!?」
「どうするの? おにーちゃん」
「カガリとミアは後ろに。暗がりに1人なら遅れは取らない」
こちらは明かりを点けてはいない。従魔達の夜目で十分。闇討ちは得意とするところだ。
本体を逃す訳にはいかない。見失っても従魔達にバイスの匂いを辿ってもらえばいいだけではあるが、心配なのは傷の状態。
ひとまずは、近づいて来る何者かの処理である。そのまま擦れ違いざまに……と思っていたのだが、見えてきたのは白旗片手に松明を背負った男であった。
防具は着けているものの、武器の類は一切持っていない丸腰状態。
「プラチナプレート冒険者の九条様とお見受けします! どうか話を聞いてください!」
ミアと共に首を傾げる。
「バイスさんはどうした!」
「無事です! ガルフォード卿は我が陣営の
ふとカガリに視線を移す。
「嘘ではありません」
ならば急ぐ必要もないだろう。バイスが無事なら一安心だ。ついて来てくれという男に連れられ、アジトがあるらしい方向へと歩き出す。
「ガルフォード卿が私を寄こしたのです。追い付かれてしまえば、九条様がしびれを切らし強硬手段に出る可能性もあると……」
「もっと早く走ればいいだろ。何故ワザとゆっくり走った?」
「いえ、わざとではないんです。コイツ等は日が落ちてしまうと本来の力を発揮できなくて……」
ぺちぺちと叩いているのは大トカゲの背中。
なるほど。変温動物だからか……。
「馬の方がいいんじゃないのか?」
「確かに馬の速度には勝てませんが、アーマーリザードの硬い皮膚と馬以上の馬力は城攻めには打って付けなんです。といっても乗りこなすには訓練が必要ですが……。まぁ、魔獣を乗りこなす方には不要でしょうけどね。この辺りの地域では一般的なんですが、ご存知ではありませんでしたか?」
「ああ。何分外出は嫌いなんでね」
「し、失礼しました……」
俺の言い方にトゲがあったように聞こえてしまったのだろう。慌てて頭を下げる案内役の男。
「それよりも、何故バイスさんを攫ったんだ」
「すいません。詳しいことは副団長からお話があると思いますので……ここでは……」
クッソ遅いリザード君と並走すること3時間。辿り着いたのは小さな集落。
辺りは暗く、松明の光だけではその規模は測れない。恐らくはコット村より小さいくらいか……。
その入口で見張りをしているのは、盗賊団と思われる男達だ。
夜遅くまでご苦労な事ではあるが、背筋を正し実直に警備に当たるその姿は、ブラムエストの騎士達にも見せてやりたいくらいである。
向かった先は、少々場違いな大きな天幕。冒険者が使う簡易的な物じゃない。厚手の布製で、戦場の拠点に建てるような大きな物だ。
案内役の男に促され、その中に入ると待っていたのはグラーゼンであった。
「九条殿だな? ようこそ我が陣営へ。まずは今回の非礼を詫びよう。すまなかった」
胸に手を当て、礼儀正しく頭を下げる。そこにいたのは盗賊ではなく、騎士としてのグラーゼンだ。
腰に付けているのはロングソードの鞘だけ。その中身は俺の足元に置かれていて、その切っ先はグラーゼンへと向けられていた。
無礼があれば、それを手に取り切りつけても構わないという信頼を得る為の騎士の流儀。
「バイスさんは?」
「ガルフォード卿なら別の場所で手当てを受けている。それが終わればこちらに顔を出すだろう」
「わかりました。ここで待たせてもらいます」
テントの中は簡易的な暖炉が設置されていて暖かい。テーブルはなく、あるのはグラーゼンが座っていた椅子だけだ。
それも立派な物ではなく、太めの枝を組み合わせ、紐で括った物に布を張っただけのブッシュクラフト。まるで遊牧民である。
床には薄手ではあるがラグが敷かれ、グラーゼンは先にそこへ腰を下ろした。
俺は、足元の紋章入りのロングソードを拾い上げ、それを返すと対面に座る。
しばらく続く無言の時間。グラーゼンはバイスが来るまで何も話さないつもりなのだろうか。バイスを俺の仲介役にする可能性は高い。
パチパチと爆ぜる暖炉の薪が時を刻む。気まずい雰囲気の中、その空気感を一気に吹き飛ばしたのはミアであった。
空気を読んだのか、それとも読めなかったのか。胡坐をかく俺の上にチョコンと座ったのだ。
それが微笑ましく見え、グラーゼンの口元が僅かながらに緩む。
「どうやら、噂通りの御仁のようだ」
それに覚えはあるが、断じて認めてはいない。
「俺はロリコンではない」
グラーゼンは呆気に取られたような顔をすると、すぐに高らかな笑い声を上げた。
「ワッハッハ。確かにそのような噂も聞いているが、それは物事の本質を見抜けない者達の戯言だろう?」
手のひらを返すようで悪いが、中々の好印象だ。
口元も緩んでしまいそうなものだが、これは俺を篭絡するための作戦なのかもしれない。甘言に騙されないようにと、気を引き締める。
「では、どんな噂を?」
「引退を懸けてまで担当職員の変更を拒んだのだと聞いている。それに小さな村を拠点にしているともな。恐らくは助けられた村に対する忠義なのだろう? この御時勢に天晴な御仁だ」
持ち上げるのが上手いのか、それとも本気でそう思っているのか……。事実ではあるが、そんな立派な理由ではない。
街で忙しなく暮らすより、村でのんびりしたいだけだ。勝手な憶測で物事を語るな。
とは言え、そう考える者が極端に少ないだろう事は理解している。この世界で異端なのは、俺の方なのだろう。
「買い被るな。俺はそんな出来た人間じゃない」
言い終わるや否や、天幕の入口がバサッと開き、飛び込んできたのはバイスであった。
その表情は晴れやかで、どことなく嬉しそうだ。
「来てくれると思ってたぜ九条。ありがとな!」
バイスが抱きついたのは俺ではなくカガリ。それを振り解こうとしなかったのは、カガリなりの優しさだろう。
「あぁ……。あったけぇ……」
なんとも緊張感のない顔である。その上半身は裸。恐らくは治療を終えすぐに飛んできたのだろう。
下着はそのままで、べっとりと付いた血痕が乾きカピカピだ。
寒そうではあるが、貫かれた下腹部に異常は見られず、ひとまずはホッと胸を撫で下ろした。
「ようやく揃ったな。これで話ができる」
そしてグラーゼンは、これまでの経緯を淡々と語り始めたのだ。
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