第315話 2泊3日の心霊現象ツアー
「おかえり九条」
「おかえりなさいませ九条様」
「おにーちゃん、おかえりぃ」
「ただいま」
宿で皆に迎えられると積もる話は後にして、まずは風呂へと直行した。
「おにーちゃん。背中流してあげる!」
豪快に腕を捲り登場したミアは、返事も聞かずに駆けて来る。もちろん断る理由はない。人に背中を流してもらうのは至福とも呼べる時間なのではないだろうか?
出先だと言うのに実家のような安心感さえ覚える。とは言え、恥ずかしいので出来れば他の人がいない時にだけお願いしたい気分ではあった。
シャーリーにからかわれる未来が目に浮かぶ……。
風呂から上がると、失った水分を取り戻すかのように水を飲み干し、これからのことについて協議を始めた。
「ミアちゃんから話は聞いたわ。私達はどうすればいい?」
「……まぁ、別に構わないが、もうちょっとどうにかならないか?」
「何が?」
皆が話を聞く体勢ではないからだ。それは本当に言わないとわからないのだろうかと疑問に思ってしまうほど。
別に椅子に座って堅苦しい会議をしろとは言わないが、まるで寄生虫かの如く従魔達にべったりなのはいかがなものか……。
ミアはもちろんカガリと一緒だし、シャロンはコクセイを上品に撫でている。
シャーリーに至ってはワダツミの角に細かく切った肉を刺し、それを器用に食べる様子を見て恍惚な表情を浮かべていた。
鼻先におやつを置いて食べさせる芸を彷彿とさせるが、恐らく角の使い方としては間違っている。そもそも、人の従魔に変な芸を教えるな。
「大丈夫よ。ちゃんと聞いてるから」
ならば何も言うまい……。どちらにしろ、シャーリー達の出番はまだ先だ。
「グレッグの依頼を片付ける前にダンジョン調査をするつもりだったんだが、予定が狂った。グレッグの護衛の1人を盗賊達のアジトまで案内してやらないといけなくなったんだ」
「大丈夫なの? 盗賊団はバイスと一緒にいるんでしょ?」
「ああ。バイスさんにはグラーゼンさんと一緒にダンジョンに潜ってもらってる」
「なんで? 時間短縮?」
「まぁそんなもんだ。予定はズレたが、アジトの確認が終わったらダンジョン調査の予定だ。バイスさん達が先に掃除してくれてるだろうから、そう時間はかからないだろう」
「そう上手くいく?」
「大丈夫だ。十分すぎるほどの戦力を置いてきた。むしろ今までで、上手くいかないことがあったか?」
「上手くいかなかったから、アジトに案内する羽目になったんでしょ?」
「ぶはっ……」
それに吹き出してしまったのはミアである。
シャーリーの言うことがもっともであるだけに、俺が表情が引きつらせたのは言うまでもない。
ミアとは違いシャロンはそんなことでは笑わないと思っていたが、コクセイを撫でるその手は止まり、俯き加減でぷるぷると小刻みに震えているところを見ると、シャロンの評価を下方修正しなければならないだろう。
とは言え、笑わないようにと耐えているところは、一考の余地がある。
カガリと戯れていたミアを抱き上げ椅子の上に座らせると、その隣に腰掛ける。
「そんなことより、ミアに聞きたいことがあるんだ」
「なーに?」
小首を傾げる姿に癒されながらも、俺は1枚の紙を取り出した。それはギルドに依頼を申請する為の物だ。
「ギルドに仕事を依頼する手順を教えてくれ。匿名で依頼したい仕事が出来たんだ」
「いいよ! 教えてあげる!」
「何を依頼するつもり? 出来る事なら私がやってあげるわよ?」
「ゴミ掃除だ」
「……は?」
――――――――――
次の日。俺達の宿へと現れたのは、グレッグの護衛であるアニタ。相変わらず目元のクマが酷い。
「おはよう」
「……」
俺の挨拶にも返事はなし。明らかに警戒しているのが見て取れる。
昨日の今日だ。そりゃいきなり胸を揉まれりゃ誰だってそうなる。
「来てもらって悪いんだが、これから昼食を食おうとしてたんだ。飯はまだだろ? 馬車内で食うのもなんだから一緒にどうだ?」
「……」
まったくもって無反応。その手を引いたのはミアだ。
「いっぱい作っちゃったから一緒に食べよ? おねーちゃん」
そのあどけない笑顔に絆されぬ者なぞいるわけがない。
「いらっしゃい」
渋々といった表情で案内された椅子に腰かけるアニタ。目の前には、大きなテーブルに並べられた美味しそうな料理達。
「よし、じゃぁいただこう」
「「いただきます!」」
アニタはただそれを眺めていた。どう考えても場違い。常連の集まる店に迷い込んだ客のような気分であろう。
その横から差し出されたのは、湯気の立つスープの入った器。
「おいしいよ?」
受け取るべきか迷っているようなので、俺はそこに自分のスプーンを突っ込んだ。
「大丈夫だ。毒なんて入っていない。今食わないと昼飯抜きになるぞ?」
毒見とばかりに掬ったスープを口へといれる。
「うん。うまい」
それを見てもアニタの表情は変わらない。
相変わらずの仏頂面ではあったが、それをミアから受け取ると、ようやく口に運び始めた。
笑顔……とまではいかないまでも、アニタの口元がほんの少しだけ緩んだ気がしたのだ。
「よし、じゃぁ行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
昼食を終えると、皆に見送られ部屋を出る。俺について来るのはカガリだけ。
本当は1人の方が余計な警戒心を与えなくていいのだが、ミアに言われて仕方なくだ。
それというのも、俺と一緒に行動するのが女性であると知ったからである。
ぶっちゃけて言えば、カガリは俺が浮気しないかを見張る為の監視役なのだ。
そんなに信用がないだろうかと思う反面、それくらいで信用が得られるならと快諾した。
俺が近づくと、スッと離れるアニタ。手を伸ばしても届かない距離を維持するように、間隔を空けている。
ちょっとからかってやろうと、近づいたり離れたりをわざとらしく繰り返す。
「さっきから何なのよ!」
やっと口を開いた。警戒される原因を作ったのは自分であるが、少しずつそれを解いて行かねばならないのは、骨の折れる作業である。
宿を出ると、アニタは乗って来た馬車に乗り込もうと足をかけた。
「ちょっと待て。俺はそんなボロい馬車には乗らんぞ」
「えっ?」
アニタが振り向いた先には、俺達が乗って来た巨大な馬車。
「でも……」
「でもじゃない。その馬車で行かなきゃいけないとは言われてないだろ? 俺のケツは繊細なんだ。早くしろ」
それに我先にと乗り込んだのはカガリだ。
少々迷いつつも、アニタは乗って来た馬車の御者に何かを言い残し、こちらの馬車へと乗り込んだ。
「出してくれ」
馬達が嘶くと、ゆっくりと走り出す。
「やば……」
アニタがその内装に感嘆の声を漏らしてしまうのも無理もない。
座面はふかふかのソファのようで、暖炉付き。振動もほとんどなく、まるで動く宿である。
貴族でもここまでの馬車を持っている奴はいないだろう。そもそも大きすぎて非効率である。
大きさと内装を充実させればそれだけ重量は増し、その分馬の数が必要になる。
この馬車は居住性が第一であり、それ以外は何も考えられていないのだ。金持ちの道楽。そんな言葉が似合う1台である。
「これ、あんたの馬車なの?」
「そうだ。こっちの方が快適だろ?」
本当はバイスの馬車だが、今は嘘を付いた方が都合がいい。
「まぁ座れよ。危ないぞ? 警戒しているようだが何もしやしないさ」
それに疑いの目を向けるも、俺から遠く離れた所へ腰掛けるアニタ。
街の検問を抜け、馬車は南へと走る。整備されていない道では、大きな轍を作ってしまうほどの重量の馬車に揺られながらも始まった2人旅。
気まずい雰囲気の中、最初に口を開いたのはアニタだ。
「ねぇ。この前の話。考えてくれた?」
「この前? 何の話だ?」
「除霊に掛かる費用を私が負担するから……」
「あぁ、あれね。あれはなかったことにしよう。グレッグの所為で余計な仕事も増えた。俺は言われた通りお前をアジトまで案内するし、それが終わればギルドのダンジョン調査をしなきゃならない。次にようやく屋敷の浄霊だ。それまでは我慢するんだな」
「待ってよ! ダンジョンの調査に期限はないでしょ? 最後でもいいんじゃないの? 先に除霊を……」
「それを決めるのはお前じゃないだろ。まだまだ先は長い。それまでに俺を説得できればいいな」
「ちょっと!」
これから忙しくなるのだ。今のうちに睡眠をとっておこうと、俺はふかふかの座面にゴロリと横になり目を瞑った。
「寝ないでよ! 真面目に話を聞いて!」
――――――――――
微かに聞こえるリズミカルな蹄の音。車内は暖炉で暖かく、その前を陣取っているカガリも目を瞑り寝ている様子。
「ねぇ! 起きてってば!」
アニタがいくら話しかけても、九条が起きる気配はない。近寄ることに抵抗はあったが強めに揺すっても効果はなく、起きるのをただ待っているしかない状況。
気を張っているつもりのアニタであったが、適度な満腹感と過度な寝不足では、睡魔の誘惑には抗えなかった。
(九条が起きる前に起きればいい……これは仮眠だ。大丈夫……。すぐ起きられる……)
対面で寝ている九条を真似て少しだけ横になると、アニタはそのまま深い眠りについた。
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