第305話 要塞都市ブラムエスト

 翌日、馬車はブラムエストへと走り出す。昨日の子連れの夫婦も一緒にだ。説得には難儀した。見捨てるのは簡単だが、なんの準備もしていない家族を放ってはおけなかった。

 終始乗り気ではなさそうであったが、それで死なれでもすれば寝覚めが悪い事この上ない。

 1番近くの村までは約3日の道のり。冒険者でもない平民の家族。狩りや野宿の経験すらない人間が、子供連れでサバイバル生活を送れるわけがないだろう。

 彼等が持っていたのは多少の着替えと僅かな水。小さな硬いパンが2個と干し肉が2枚だけである。それは家族3人分の食料とは言い難い。

 100歩譲って空腹はどうにかなったとしても、睡眠はどうしても必要だ。北国よりはマシとはいえ、テントも寝袋もなければ凍えてしまうし、そんな時に魔物となんて遭遇しようものなら、朝日を拝む事すら難しい。

 それでも村を目指すというなら多少なりとも援助しようと思っていたが、どうにか思い直したようで、一緒に街へと帰ることになったのだ。


「確約は出来ませんが、恐らく俺達が盗賊討伐に駆り出されます。そうすれば自然と騒ぎも収まると思うので……」


 正直納得したようには見えなかったが、渋々首を縦に振ったといった状況であった。



 ブラムエストは、スタッグ王国最西端の都。レストール伯爵が治めるローンデル領に属しており、その見た目は強固な要塞都市といった雰囲気を醸し出している。

 事実、それは見た目だけではなく、過去幾度となく魔物の大軍から街を守ってきた実績があるのだ。

 オークと呼ばれる魔物の拠点を攻め滅ぼす為に作られた前哨基地だった物が、長い年月を経て街へと発展したのである。

 その伝統を引き継いでいるのがドーントレス騎士団だ。スタッグ王国でも精鋭と噂されるほどの者達のようだが……。


「どうやら、騎士団一新の話は本当のようだな……」


 ぼそりと呟いたのはバイス。落胆にも似た表情を向けていた先には、街へと入る際の検問をしていた2人の騎士。

 受けたチェックはありふれたものであったが、手慣れぬ手付きは時間を要した。

 俺達は冒険者としてここへ来ている。もちろんその情報はギルドを通じて街に伝わっているはずなのだが、とにかく手探りといった印象が強く、まるでコンビニの新人アルバイトがレジ打ちをしているのかと思ったほどである。


「さっさとしろ!」


 怒号を上げたのは、待ちくたびれた入場列から聞こえてきたものではなく、何もしていない2人組の騎士のうちの1人からだ。

 検問作業を1人に任せ、手伝う様子も見せずに優雅に座っているだけである。

 彼等の上下関係に興味はないが、人前で叱責するのは見ていて気持ちのいいものじゃない。


「手伝ってあげればいいのに……」


「――ッ!? 誰だ! 今言った奴は!?」


 小さなミアの呟きさえも聞き逃さない地獄耳は驚嘆に値するが、ミアの言う通りである。


「俺だが?」


「そんな訳ないだ……でしょう。明らかに子供の声でしたし……」


 勢いよく反論して来るのかと思いきや、胸のプレートを見て急に物腰を柔らかくする騎士の男。

 そこで俺の肩を叩いたのはバイスだ。


「九条、いちいち相手にするな。手続きは終わった。いくぞ?」


 馬車に乗り込んでいく仲間達。屋根の上に乗っていた従魔達に気付くことなく検問を通過すると、後ろから聞こえてきたのはまたしても怒号。


「お前達! 昨日検問を強行突破した奴等だな!? 街に入りたいなら通行税を払え!」


「そんな……戻ってきたのだから勘弁してくれませんか?」


「戻ったからとかそういう問題じゃない。決まりは決まり。1人銀貨40枚。子供は銀貨20枚だ」


 俺達には関係ない……なんて無責任なことは言えない。戻るよう促してしまった手前、それを支払うのはこちらの役目だ。


「ああ、すいません。その方々の分はこちらでお支払いします」


 家族分として金貨1枚。そして2人の騎士にそれぞれ1枚ずつ金貨を握らせた。

 ついでに笑顔で労をねぎらい握手でもすれば、その意図はすぐに伝わるのだ。


「いつもお勤めご苦労様です」


「お……おお……」


 チップにしては少々多すぎる額ではあるが、面倒だと思った時はカネを握らせるのが1番だ。その相手がプラチナプレートの冒険者ともなれば、逆らうことなぞ出来ないだろう。


「よし、通っていいぞ。次はちゃんと払えよ?」


 必至に頭を下げる家族連れと共に城門をくぐり、ようやくブラムエストの街に足を踏み入れた。


「騎士だと言うので礼儀正しい方々なのかと思いましたが、正直そうは見えませんでしたね」


「あれの何処か屈強なの? 私でも勝てそうだったんだけど……」


 遠のいて行く騎士達を馬車の中から覗き見しつつも、素直な感想を口にするシャロンとシャーリー。その表情は得意気というより不信感の方が勝っていた。

 シャーリーはレンジャーだ。得意なのは遠距離からの攻撃。守備を得意とする物理戦闘職には圧倒的に不利な立場ではあるのだが、それを踏まえても勝利を確信するほどの覇気のなさ。

 ぶかぶかの鎧は、新人社会人が初めてスーツに袖を通したのかと思うほどの違和感で、その辺のゴロツキに騎士団の鎧を着せただけの頼りなさすら感じてしまう。


「俺もそう思うよ。前と比べたら雲泥の差だ。最後に訪れた時はこうじゃなかったんだけどなぁ……」


 何処か遠くを見つめるバイスには、思う所があるようだ。

 あそこにいたのはただの警備兵ではなかった。どれだけの騎士団が駐在しているのか、どこの所属かは不明だが、あまりにもお粗末である。

 弱い者には強く、強い者にはこびへつらう様子は、仮にも主に仕える騎士とは思えない立ち振る舞いであった。


「それよりも、通行税高すぎませんか?」


「まぁ住民から取る街もあるにはあるからな……。俺のトコは商人からしかとらないが……」


「盗賊達の所為で防衛費が嵩んでると言っても、正直ちょっと高いわね」


「まぁ、それは俺達が口出しすることじゃないだろ?」


 バイスの言う通りだ。俺達は仕事で訪れているだけ。それをさっさと終わらせて帰ればいいだけの話。

 あわよくば、盗賊退治なんて面倒な依頼をされないようにと願うばかりである。


「しかし……なんというか、閑散としてますね……」


 他の街では屋台に住民にと騒がしいものなのだが、人は疎ら。大通りでこれである。全ての店が閉まっているわけではないが、景気はあまり良いとは言えず、歩いているのは冒険者ばかり。

 まぁ、戦時だと考えればそれも理解は出来るのだが、それでもさすがに少なすぎる。


「盗賊如きに街が落とされるようなことはないと思うが、争いの絶えない街はみんなこんなもんだ……」


 いつもは飄々としているバイスが、真面目に話すと余計深刻に聞こえて来るから不思議だ。しかもその身分が故に、説得力だけは無駄にある。

 街の雰囲気が暗ければ車内も暗い。何か明るい話題はないかと四苦八苦していると、見えてきたのは一軒の平屋。それは子連れ夫婦の家だ。

 石造りの平屋は立派とは言い難いが、困窮していると言った感じでもない。


「本当にありがとうございました。私達に出来る事は少ないですが、お茶くらいは出せますので、是非またお立ち寄りください」


 ペコペコと頭を下げる夫婦に笑顔で見送られると、ここからは俺達も一旦別行動をとることに。

 シャーリーとシャロン、カガリ以外の従魔達は馬車と共に団体客の泊れる宿を探しに。それ以外はギルドに到着の報告である。


 ギルドは街の南側に位置していた。内装はどこのギルドも一緒で、俺達が顔を見せると騒ぎだす冒険者達の反応も同じである。

 王都のギルドより冒険者が多いのは、恐らく盗賊退治の依頼が出ている為だろう。カネの匂いには敏感なようだ。


「マジかよ。ギルドもついにプラチナを呼びやがったか……」


「ようやく、いつもの依頼に戻るのか……。最後にプラチナの戦いぶりが見れるなら、この騒動も悪くはなかったな」


「おい、てめぇ。不謹慎だぞ! 平和が1番だろうが!!」


 沸き立つ冒険者達に目も暮れず、向かった先は暇そうにしていたギルド職員のいるカウンター。


「お待ちしておりました九条様。ご依頼の件は承っておりますが、現在街は少々複雑な状況でございまして……」


「リザードテイル絡みの話だろう?」


「既にご存知でしたか……。失礼しました。では、作戦会議室へご案内致しますので、そこでしばらくお待ちくださいませ」


 その後ろをついて行きながらも、溜息をつく。


「ははっ。まぁさっさと討伐しちまおうぜ?」


 すでに切り替えたのか、諦めの早いバイスは笑いながらも俺の背中をバシバシと叩く。

 わかってはいたが気分は重い。しかしバイスの言う事も一理ある。嫌なことはさっさと終わらせてしまうに限るのだ。

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