第304話 バイスとグラーゼン
「ただいまー」
「おかえりー。……あれ? お客さん?」
「ああ」
自分達の野営地に帰ると、迎えてくれたのはミアとカガリ。
大きなおたまで大鍋を一生懸命かき混ぜているミアの気が俺達の方へ向くと、カガリはここぞとばかりに切り分けてあった生肉をつまみ食い。もちろん、ミアにバレないよう一欠片だけだ。
鍋に入れようと思っていた肉に違和感を覚え、首を傾げるミアに吹き出しそうになるのをぐっと我慢し、馬車に掛けてあるプレートを指差した。
「あれが俺のプレートです。先程は驚かせてしまい申し訳ない」
「でかい……」
確かにプレートもその視界に入ってはいるのだが、どちらかと言うと巨大な馬車に驚きを隠せない様子。
だからこそ、そこから裕福であると同時に、それだけの権力を有していることが連想できるはずだ。
貴族か大富豪の商人。もしくは一握りの冒険者。それは警戒を解くには十分な要素だろう。
「あれがプラチナプレートなんですか?」
「ええ、そうです。見たことは……ない……ですよね」
「はい……。初めて見ました……。無知で申し訳ない……」
「いえいえ、いいんです。気にしないでください。ひとまずは信じてもらえて一安心ですよ。……そうだ。驚かせてしまったお詫びと言ってはなんですが、一緒に食事はいかがですか?」
大鍋から上がる大量の湯気。そして漂う美味しそうな香り。喉を鳴らす夫婦は、今にも涎が垂れそうだ。
大事そうに抱えていた小さなリュックには、旅を続けられるほどの食料が入っている様には見えない。
どれだけ急いでいたのかは知らないが、持ち出せたものは最低限といった印象であった。
「いいのですか?」
「もちろんです。食事をしながらで結構ですので、街の様子を聞かせてください」
西日が陰ると、暗くなるのはあっという間だ。夜の森の中は獣や魔物の縄張りではあるが、それを警戒もせず和気あいあいと食事を楽しめるのは従魔達のおかげである。
「はい。おにーちゃん」
「ありがとうミア」
木製の器になみなみとよそわれたシチューを受け取り、焚き火を囲んでの夕食である。
今日の献立はバゲットと猪肉のシチュー。それとミアと俺が釣り上げた川魚の姿焼きだ。
と言っても、実際にはカガリや白狐の方が釣果は上。川の中からひょいひょいと掬い上げるそのスタイルは、見事なものであった。
その下処理をしたのは、なんとバイスだ。綺麗に内臓が取られていて、枝を削って作った串が口から綺麗に刺されている。
その手際の良さは唸ってしまうほど。本当に貴族なのだろうかと疑ってしまうレベルだ。
冒険者の野営中の食事とは思えない豪華さ。欲を言えば酒が欲しいところではあるが、万が一のことを考え我慢する。
「いきなりで申し訳ないですが、街から逃げ出して来た経緯から教えていただいても?」
「はい」
夫である男性が、現在の街の状況を淡々と語り始めた。どうやら街から逃げ出してきたのは、ここしばらく街が盗賊達に襲われるようになったからというのが原因のようだ。
街の防衛費が膨れ上がり、納めている税も通常の3倍。それに限界を感じ、街を出ようと決意したとのこと。
「でも、街には騎士団や警備兵がいるのでは?」
「はい。いることにはいるのですが、正直言って守り切れているかと言うと……。さすがに街中まで侵入されることはないのですが、いつまで持つかは……」
「バイスさん。あんな大きな街が盗賊に落とされるような事なんてあるんですか?」
「あり得ないな。ブラムエストの騎士団は屈強で有名なんだ。その強さはニールセン公率いるアップグルント騎士団に勝るとも劣らない。面識はないが、領主であるレストール伯爵の子息が団長と町長を兼任しているとかなんとか……。だが、補佐役の副団長グラーゼンは有能だ。盗賊如きに後れを取るとは考えにくい……」
「さすが貴族だけあって詳しいのね」
「まぁな。副団長のグラーゼンは俺の剣の師匠なんだ。幼少の頃はこっぴどくやられたもんだ。街に着いたら挨拶に行こうと思ってたから、九条達にも紹介してやるよ」
昔を思い出し、悪戯っぽく笑うバイス。隠していたわけではないのだろうが、バイスが俺達について来た理由の1つでもあるのだろう。
久しぶりに会える恩師ともなれば、嬉しくないはずがない。
「申し上げにくいのですが、それは半年ほど前の話です。現在、騎士団は一新され、グラーゼン様は騎士団には在籍しておりません」
「なんだと!?」
「バイス様の仰る通り、半年ほど前まではそうでした。しかし、領主様の御子息であるペライス様が行方不明になり新しい町長が就任なさると、その下で騎士団の再編が行われ、騎士団に身を置いていた者達は街を出て行ってしまわれたのです」
「それは領主に許可を得ているのか?」
「すいません。平民の私にそこまでは……」
「街を出て何処に行ったかは聞いてないか?」
「噂でしかないのですが、ロッケザークにいるのではないかと……」
「可能性はあるな……」
ロッケザークは領主であるレストール卿の住む街だ。方角で言えばブラムエストから南西。
騎士団は領主の直轄。ブラムエストでの任務を終えたのならそちらに帰っている可能性は高い。
ただ、再編となると話は少し変わってくる。要は処遇の問題だ。異動という話ならまだ望みはあるが、解任となると……。
「忖度なしでグラーゼンは有能だ。それをクビにするとは考えにくいが……。いや、考えても仕方がない。この話はここで終わりにしよう。今回の九条の仕事とは関係ないしな。それよりも街の様子だ」
「いいんですか?」
「ああ。九条の仕事が終わったら、少し自分で調べてみるよ」
口ではそう言ってはいるものの、その表情はどこか落ち着かない様子。ならば、バイスの為にもさっさと依頼を終わらせようと覚悟を決めた。
こんな事しかできないが、少しでもバイスに恩を返せればと思ったのだ。
「蒸し返すようで申し訳ないですが、街の防衛には冒険者も駆り出されたりしてるんですか?」
「はい。騎士団と連携して街を守ってくれていますが、素人目に見ても戦況は怪しいもので……」
状況は最悪。このまま街へと入れば、確実といっていいほどその手伝いが待っている。
それが改善されるまで待つと言っても、そう簡単に決着はつきそうにない。むしろ遅れれば遅れるほど、街の状況は悪化の一途を辿るだろう。
放っておけばギルドが緊急の依頼を出すだろうが、それは近くにいる俺にもお呼びがかかる可能性は高い。
バイスのこともある。知らない者達と組むくらいなら、さっさと行って始末してしまった方が気分も楽だ。
「どうするの? 九条」
「明日になったら街に向かおう」
「いいのか? 九条。俺の事は気にしなくても……」
「気にしてないと言えば嘘になりますが、ここで手をこまねいていても状況は改善しません」
「私もおにーちゃんの意見に賛成。良く考えてみて? こんなにやる気のあるおにーちゃんは滅多に見れませんよ? すぐに気が変わっちゃうかも……」
「確かに……。一理あるな……」
「おい」
人のやる気をそぐようなことを言うんじゃない。ミアに粘りつくような視線を向けると、小さく舌を出した可愛らしい笑顔が返って来た。
そのおかげで堅苦しい空気が一気に緩むと、その後は和やかな雰囲気で食事を楽しんだのである。
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