第303話 誤解

 それから2日後の夜。俺達は焚き火を前に、熱々の鍋を囲んでいた。

 結局あの争いは、数時間ほどで収まった。とは言え、街の中はまだ慌ただしいだろうから、数日は様子を見ようということになったのだ。


 急遽足止めを喰らい暇な時間が出来てしまったがネガティブに捉えず、キャンプでも楽しんでると思えば気が楽である。

 昼はミアと木の実を採ったり釣りをしたりと、まさにアウトドアレジャーといった感覚で悪くない。

 シャーリーは山へ獣を狩りに、シャロンは川で洗濯に……。大きな桃がどんぶらこと流れてはこなかったが、街道を足早に駆ける蹄の音が風と共に流れてきた。

 人の聴覚では、川のせせらぎしか聞こえないのだが、獣は違う。

 それに逸早く気付いたのはワダツミだ。顔を上げ耳をピクピクと震わせると、全神経を集中させる。


「九条殿。かなりの速度で馬車が近づいて来ている。馬が1頭の小さな物だ。どうする?」


「わかった。すぐにいく。先に言って止めておいてくれ。ミアはカガリと白狐の傍を離れるなよ?」


「うん」


 釣り竿をミアに渡すと、俺は先に駆けだしたワダツミとコクセイの後を追った。


 ――――――――――


 街道を東へと走り抜ける1台の馬車。それは旅客用ではなく荷物用。

 必死になって馬に鞭を入れる中年の男性は着の身着のままといった感じで、その表情からは焦りの色が見て取れる。

 時折振り返る素振りを見せているのは、後ろの家族を心配してのことか、何者かに追われているのか……。

 荷台の女性は、片方には幼い我が子を。もう片方には荷物を抱え、跳ねる荷台から落ちないようにと身を屈めながらも必死に踏ん張っていた。

 そして馬車が山の上り坂に差し掛かろうとしたその時だ。森の茂みから現れたのは、2匹の魔獣。


「ひぃぃぃぃぃ!?」


「きゃぁぁぁぁ!」


 魔獣達が街道を塞ぎ、その鋭い眼光に晒された馬はその足を止めた。必至に手綱を上下させるも、馬は一向に言う事を聞かない。

 とは言え、動けないのはコクセイとワダツミも同じであった。これ以上近づくと馬が暴れて大変なことになる。九条待ちといった状態だ。


「ワダツミ。先に行けと言われて走り出してしまったが、九条殿を乗せて来るべきだったのではないか?」


「あっ……。……いや、九条殿のことだ。何か考えがあるのやもしれん。今は待つしかあるまい……」


 残念ながら何も考えてはいなかった。今更ながらにどちらかに乗せてもらえばよかったと後悔し、九条は街道へと走っていたのだ。


 荷台へと移った男性は震える女性の手を取り、馬車を降りた。恐らく逃げるつもりなのだろうが、そこへ飛び出してきたのは黒いローブの怪しい男。


「こんにちは! ちょっと待って下さい!」


 肩で息をする九条の制止を全く聞かずに、森へと入って行こうとする。その逃げ道を塞いだのは、ワダツミだ。


「ひぃ!」


「大丈夫です。怪しい者じゃありません」


 それを決めるのは九条ではないのだが、話を聞くには誤解は解いておかねばならない。


「……あんた……何者だ……」


「初めまして。九条と申します。冒険者をやっているのですが、良ければお話を聞かせていただけませんか?」


「嘘を付くな! 私達をどうするつもりだ!」


 疑うのも当然であった。九条の胸にはプレートがなかったのだから。それは盗賊除けとして馬車に括り付けたままである。


「えーっと。今はプレートをしてませんけど、あっちにあるので一緒に……」


「信じられるわけないだろ!」


 ごもっともである。


(どうすれば信じて貰えるだろう……?)


「九条殿。面倒だ。無理矢理引っ張って行こう」


 コクセイの言葉に頷くワダツミ。


(無茶を言うな。信用を得る為にはそうはいかない……。東に向かっているということはブラムエストから来たことは明白。街が現在どういった状況なのかを聞けるまたとないチャンスだ)


 でたらめを聞かされても意味がなく、真実を聞くには信用してもらう以外に道はない。だからと言って、これからプレートを取りに行くのも面倒臭いと頭を捻る九条。

 ならば、その判断を相手に投げてしまおうと九条は手を揉み始めた。


「ど……どうすれば信じてもらえますかね?」


「私達を逃がしてくれれば……」


 至極当然の答えが返ってくる。


「もちろんです。でも、少しでいいのでお話を聞かせていただけませんか? 終わればすぐに解放すると約束します。ゆっくりでいいのでよく考えてください。俺達にはあなた達を襲うメリットはありません。失礼ですがお金持ちには見えませんし、襲うつもりならいちいち会話なんてしません。盗賊相手ならもう死んでいるとは思いませんか?」


 家族連れの目の前にいるのは魔獣と呼ばれる魔物だ。立ちはだかるそれは野犬のように唸り声をあげるわけでもなく、今すぐ飛び掛かってくるような気配はない。

 夫婦だろうお互いが顔を見合わせると、ほんの少しではあるが警戒を緩めたように感じた。

 ならばもう一押しと思った矢先。異変を察知し、森の中から姿を現したのはシャーリーである。

 胸に輝くシルバープレート。その姿に似合わないゴッツイ弓が特注品なのは誰の目から見ても明らか。

 それを使いこなすほどの技量だとすれば、歴戦の猛者といった印象を持っても仕方のない事である。


「ぼ……冒険者様! お助け下さい!!」


 シャーリーに泣きつく家族連れ。悲壮感漂うその姿は、まるで九条を信用していない。


「え? 何? どゆこと?」


 ワダツミとコクセイ、それと九条が小さな馬車を取り囲んでいる状況は、どう見ても九条側が悪者に見える。


「盗賊ごっこ?」


「そんな訳ないだろ……。話を聞こうとしただけだ」


 話を聞こうとしただけではこうはならんやろ……と、シャーリーは心の中でツッコミを入れた。


「大丈夫。あの人は怪しいけど冒険者の最高峰プラチナプレートよ。私が保証するわ」


「えっ!? ……でもプレートが……」


「プレートはどうしたのよ?」


「馬車にかけっぱなしだ」


「あー……」


 九条の言ったことを理解したシャーリーは、面倒臭そうな表情で肩を落とした。


「俺の足じゃ追い付けそうになかったから、先に従魔達を向かわせたんだ」


「なるほどね……」


 ワダツミとコクセイを先に見てしまったのなら、襲われたと勘違いしても仕方がない。

 その誤解を解いてやろうと、シャーリーはワダツミに近寄り、わしゃわしゃと少々強めに撫で始めた。


「どう? 怖くないでしょ? ちょっと大きいから誤解されがちだけど、彼がいる限り人には危害を加えないわ。ね?」


 まるで猫のようにごろごろと喉を鳴らすワダツミ。それに手を伸ばしたのは、女性が抱いていた子供である。


「だぁ……」


 言葉も喋れない乳幼児。恐怖を知らぬ子供にはワダツミに敵意がないことがわかっているのかもしれない。

 ゆっくりと近づくワダツミに後退る母親であったが、その手がワダツミの鼻に触れると、子供はきゃっきゃと嬉しそうな笑顔を見せたのである。

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