第306話 墓穴

 案内されたのはいつもの作戦会議室。やはり内装は何処も同じチェーン店のようである。

 そこに現れたのはゴールドプレートを首に掛けた女性。歳はソフィアより少し上。ネストくらいだろうか?

 その若さでこの規模のギルドの支部長ならば、恐らくはやり手なのだろう。


「初めまして九条様。バイス様。この街のギルド支部長を務めております。アグネスと申します」


「初めまして」


 礼儀正しく頭を下げ、差し出された手で握手を交わす。


「では早速ですが、お仕事の内容を確認させていただきます」


 持っていた3枚の依頼用紙がテーブルに置かれる。


「こちらは死霊術師ネクロマンサー限定のご依頼です。依頼主様は明かせませんが、九条様の到着を知り次第、依頼主又はその使者が近いうちにお見えになると思われます。内容はその方からお聞きになって下さいませ」


「わかりました」


「そしてこちらはダンジョンの調査依頼でございます。ギルド依頼故に期限は設けておりません。予想されている深度は50層。いつでも構いませんので出発前に御連絡下さい。その日から2か月が経過しても帰還の報告なき場合は消息不明と見なし、捜索隊を派遣させていただきます。失敗でも成功でもご報告は確実にお願いします」


「はい」


「そして非常に申し上げにくいのですが……」


 スッと寄せられる3枚目の依頼用紙。


「現在この街は盗賊の被害にあっておりまして……」


「ええ。把握しています。俺達にも手伝えと言いたいのですよね?」


 その依頼用紙を手に取り、目を通すバイス。


『盗賊団リザードテイルからの防衛。騎士団との合同任務。日給金貨2枚。戦闘行為が発生した場合は、功績に応じて別途支給。最大20枚まで』


 なるほど冒険者が集まるわけだ。これなら何もしなくとも毎日金貨2枚が貰える。

 それに内容は討伐ではなく防衛だ。これではいつまで経っても解決しないのは当然である。


「防衛? こちらからは打って出ないのか?」


 当然の疑問をぶつけるバイス。


「いえ……。討伐は幾度となく試みたのですが、ことごとく失敗という結果でして……。なので現在はゴールド以上の皆様にのみ討伐をお願いしております。九条様とバイス様も出来れば防衛ではなく、討伐をお願いしたく……」


「わかりました。では、あるだけの情報をいただきたい」


 それに呆けるような表情を見せ、固まるアグネス。

 何かおかしなことを言っただろうかと、俺とバイスは顔を見合わせ首を捻る。


「どうかしましたか?」


「あっ、いえ……。聞いていた方とはイメージが違ったので……」


「と、いいますと?」


「王都支部のロバートの話では、恐らくは手伝ってはくださらないと言っていたので……。どれだけ高額な報酬でも、自分のやりたくない仕事はしないめずらしい方なのだと伺っておりました。なので半分は諦めていたのですが……」


「……やっぱり。辞退させていただきたく……」


「なんでですか!? 先程は受けて下さると仰っていたじゃないですか!?」


 隣から笑いを堪える声が聞こえてくる。

 墓穴を掘った。ひとまず断っておけば通ったかもしれないと今更ながらに後悔し、引きつる表情。

 余計な仕事を受けずにすんだかもしれないのに、たまにやる気を見せるとこれである。


「九条。諦めろ」


「はぁ……。わかりました。お受けしますよ……」


「ありがとうございます!」


 アグネスが盗賊団に関する資料を持ってくるというので、そのまま応接室で待たせてもらった。


「仕事の順番はどうしましょう?」


「そうだなぁ……。ダンジョンは最後の方がいいだろうな。帰ってきたら街が無くなってるかもしれないしな」


「そんな不謹慎な……」


「盗賊さんが隠れてる場所次第じゃない? 遠かったら時間かかるよ?」


「確かにミアの言う通りだが、アジトさえわかれば俺達が直接手を下すことはないからな……。そう考えれば一番楽とも言える」


「どういうこと?」


「盗賊のアジトに夜襲をかけるんだよ。といってもそれは俺達じゃなく、呼び出したアンデッド達にやってもらう。簡単だろ?」


「ええぇ……」


 若干引きつったような表情を見せるミア。確かに効率的だが、その考え方は冒険者のそれではない。

 もちろん騎士ではないのだから、正々堂々正面から戦う必要はないのだが、やろうとしていることはゴロツキや盗賊と何も変わらないのだ。

 ミアの言わんとしていることはわかる。だが、これがもっとも安全で効率のいいやり方なのだ。

 そう考えると、死霊術師ネクロマンサーが嫌厭されるのも仕方がないのだろう。


「でも、それだとアンデッドが盗賊さん達を倒すことになっちゃうから、報酬はもらえなくなっちゃうよ?」


「まぁ、元々受けるつもりもなかった依頼だ。別にいらんだろ?」


「いや、1人残らず口を封じてしまえば、アンデッドがやったとは誰も思わないはず……」


「いやいや、バイスさん。怖い事言わないでくださいよ。さすがにそこまではしませんから」


「それ以外に聞こえなかったんだが?」


「確かにアンデッドは送り込みます。ただ、それはスケルトン程度であって、皆殺しにしてしまうような強力なアンデッドではないですから」


「それじゃ、返り討ちにされて終わりじゃないか」


「まぁそうでしょうね。なので毎日送り込みます」


「「ええぇ……」」


 今度はバイスも引きつった表情を浮かべる。その意味を理解したからだろう。


「感覚的には3時間おきくらいでしょうか? 相手が音をあげるまで続けます。毎日アジトにアンデッドが襲撃してくるんです。おちおち寝てもいられないでしょう。盗賊達は連日寝不足。疲れ果てて街を襲う頻度は極端に減るとは思いませんか? 盗賊達に限界が見えたところで捕らえることができれば、依頼は終了です」


 我ながらにセコイ手段だとは思う。しかし、効果は見込めるはず。


「相手の強さがわからないので、最初は数匹にしましょう。そこから徐々に増やしていきます」


「……九条の相手をする盗賊達が不憫に思えてきたぞ?」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 そこでバイスは何かに気付き、呆れた表情がみるみるうちに青ざめる。


「ちょっと待て九条! じゃぁダンジョン調査はどうするんだ?」


「同じですよ? 盗賊の時とは違って強力なアンデッドを先行突入させて、綺麗にしてからミアにマッピングしてもらいます」


 それを聞いて、きょとんとするミアは小さく首を傾げた。


「そうなの? いっぱい走るって聞いてたんだけど……」


「走る? 何の事だ?」


「グレイスさんが言ってたよ? おにーちゃんのパーティはダンジョンを駆け降りるんだって。もう二度と御免だって言ってた」


 確かに間違ってはいないが、あれは特別だ。それをミアが知っているとなると、ギルド内に広まっている話なのだろうか……。

 口止めはしていない。別に広まったところで問題はないのだが、グレイスが他に余計なことを喋ってはいないか、問い詰めなくては……。


「ああ、アレか……。あれは俺の秘密を知らなかったグレイスさんだったからそうしただけなんだ。元から知り合いしかいないなら呼び出したアンデッド達に掃除をお願いした方が楽だろう?」


「おい! それじゃ俺の魔剣の出番がねぇじゃねぇか!」


「いや、そんなこと言われても……。最初から俺はそのつもりでしたし、そもそも魔剣はバイスさんのではないですからね?」


 先程笑ったおかえし――というわけではなく最初からそう考えていた。

 考え方はエルザと同じ。とは言えダンジョンを水没させてしまうと、それを抜くのが大変だ。

 ならば俺は水の代わりにアンデッドを流し込む。全てを相手にしながら潜るよりは効率的。

 俺の秘密を知る者達でしか出来ない荒業である。故に知らない人とはパーティーを組みたくないのだ。ダンジョンの掃除という状況下では、究極的に言ってしまえばソロの方が楽まである。

 そこにマッピングや打ち漏らしの確認等を含めると、ギルド職員に加えレンジャーが必要なだけなのだ。


「とはいっても打ち漏らしは出るでしょう。残りカスと言うんでしたっけ? それはシャーリーに見つけてもらって潰していくしかないとは思ってますよ?」


 それを聞いて安心したのか、バイスにほんの少しだけ笑顔が戻る。


「そうだよな? そんときは俺に任せてくれ!」


 ころころと感情を変えるバイスは忙しそうだ。勝手について来ただけなのにと思う反面、感謝もしている。

 馬車も使わせてもらっているし、道案内は非常に助かっているのだ。魔剣を使って暴れたいという気持ちも良くわかる。

 誰でも新しいものを手にすれば、使ってみたいと思うのが人の心であろう。とは言え、楽しむ為の殺生は容認できない。

 もちろん、それを曲げなければならない場合があることも承知の上だ。それを他人に押し付けようとは思わないが、出来れば止めてほしいとは願っている。

 俺だけが我慢すればいいだけなのだが、いつまでも前の世界のことを引き摺ってはいけないと考えつつも、染みついたものはなかなか抜けないものだと難儀していた。

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