第302話 暴れん坊貴族?

「結局、盗賊団は出てこなかったわね。リザード……なんだっけ?」


「リザードテイルな」


 途中いくつか小さな村へ立ち寄りつつの旅であったのだが、そこで不穏な噂を耳にした。

 リザードテイルを名乗る盗賊団の動きが活発化していて、村が襲われるんじゃないかと住民は不安にかられているというのだ。

 とは言え実害があった訳ではなく、それは単なる噂にすぎない。故に領主様は聞く耳ももたず、調査にも出向いてくれないということのようだ。


「どうする、九条?」


「いや、どうもしませんけど……。そういうバイスさんは?」


「俺が他人の領地で勝手な行動ができないのは知ってるだろ?」


「じゃぁ、聞かないでくださいよ……」


 絶対わかっていて聞いたに違いない。シャーリーはそんな2人に呆れたような顔で肩を竦めた。


「あんたら、ホント薄情ね……」


「じゃぁ、シャーリーは助けてやるのか? どこにいるかもわからない盗賊団。調査から始めるとなると相当面倒だぞ?」


「私はリーダーの九条に従う事にしてるから」


「それはやらねぇのと一緒じゃねぇか」


 ケラケラと笑うシャーリーに微妙な表情を浮かべるシャロンとミア。襲われれば返り討ちにするのは当然だが、依頼もされていないことを進んでやるほど暇じゃない。

 領主だってそうだろう。話が通っているのなら、そのうち調査くらいはするんじゃなかろうか。


「領民からの調査依頼が来た場合、領主ってどうしてるんですか?」


「手が空いてたら騎士団や捜索隊を組織して調査に出すのが基本だな。それが無理なら領主名義でギルドに冒険者を募る。もちろん放置する場合もある。領民の声を全て聞くのは難しい。取捨選択は領主次第だろうな」


「バイスさんだったら?」


「俺ならギルドに任せるかな。多少金はかかるが、領主からの依頼なら冒険者は喜んで飛びついてくれるはずだ」


「カネがかかるのにギルドに依頼を出すんですか?」


「街のギルドに冒険者を呼び込む為だよ。おいしい依頼がなければ冒険者は街を離れちまう。そうなったら街の経済も回らないだろ? 冒険者は領主に恩を売れるし儲かる。街の商人は冒険者の落とすカネで潤う。それが税金として返ってくるんだ。いいことだろ?」


「バイス……。あんたのことちょっと見直したわ……」


 先程とは打って変わって感心したような表情を向けるシャーリー。


「あのなぁ……。俺の事なんだと思ってんだよ……」


「お金持ちの暇人貴族冒険者?」


「そりゃ専業の冒険者と比べたらカネはあるが、上には上がいるんだよ。暇に見えるのは、優秀な部下のおかげだ」


 こう言ってはなんだが、俺もバイスを見直した。その表情からミアやシャロンも同じことを思っているに違いない。

 やる時はやるが普段はガサツな冒険者というイメージが強すぎて、前面には中々出てこない貴族としてのバイス。

 他愛ない会話から生まれた流れではあったが、人の上に立つ為政者としてはしっかり思惟しているのだと感服した次第だ。

 それなのに何故、冒険者なんてやっているのか。こちらとしては幾度となく助けられているので感謝はしているのだが、もう少しまつりごとに専念してもいいのではないのかとも思ってしまうのだ。

 当然の疑問だろう。貧乏貴族だと言ってはいるが、初めて会った頃とは大分様変わりしている。

 金の鬣きんのたてがみ討伐の報酬として爵位は上がり、新たな領地も賜ったはず。

 冒険者を続けずともやっていけるのではないだろうか。


「バイスさんは、なんで冒険者をしているんですか?」


 貴族からは見えない物の見方を得る為にと言われても、今なら信じることが出来る。

 見識を広めることが出来れば、それを領地経営に生かすことも可能であろう。

 下々の生活を冒険者として見守る領主。何処かの時代劇みたいでカッコいいじゃないか。

 しかし、返ってきた答えはそんな大層なものではなかった。


「小遣いだよ小遣い。遊ぶカネくらい自分で稼ぐのは常識だろ?」


「ま……まぁ、間違ってはいないですね……」


 さぞ、立派な答えが返ってくるだろうと思っていた皆の期待は、あっさりと裏切られたのである。

 僅かな軽蔑の色が混じった視線を一点に集めるバイス。


「な……なんだよ! 別にいいだろ!?」


 もちろん本気で軽蔑している訳ではない。だが、あまりの落差に上げた株が少し下がってしまったのも事実であった。

 ただふざけているようにも見えるのは、いつものバイスにしか見えない。それはあまりにも自然すぎたのだ。

 その笑顔に隠されたどこか物憂げに沈んだ表情。そんなほんの僅かな差異に気付いたのは、カガリだけであった。


 ――――――――――


 コット村出発から数えて30日。ローンデル領最西端の街、ブラムエストが見えてきた。

 と言っても、その大きさはまだ小指の爪ほど。樹々の隙間からほんの少し顔を出した程度である。

 現在はアルタゴ山の中腹付近。渓谷に沿ってなだらかな下り坂を西へと進んでいる最中。

 急げば今日中の到着も可能であるが、急ぐ旅でもない為にそれは明日へと持ち越しだ。

 やっと見えたゴールに安堵したのも束の間、コクセイが湿らせた鼻に異常を感じ立ち上がると皆の注意を引き付けた。


「どうした? コクセイ」


「九条殿、血の匂いだ」


「馬車を止めて下さい」


 御者に指示を飛ばし、一目散に外へ飛び出たのは従魔達。

 コクセイは馬車の上に飛び乗ると、西風の匂いを探り始めた。


「あっちだ」


 それは街のある方角。しかし、遠すぎて俺の目には何も見えない。


「街の南側で争っている者達がいる」


「魔物か?」


「いや、争っているのは人間同士だ。恐らくは100人ほど……」


 言われた場所に目を凝らしても見えるのは、背の高い樹々と土埃のみ。


「九条!? 何があった?」


「街の付近で争い事が起きているようです」


 その時だ。一瞬の閃光が見えたかと思うと、城壁が崩れるほどの大きな爆発が上がった。

 遅れて聞こえてきた爆発音は、かなりの威力であろうことが窺える。

 それを皮切りにフラッシュの点滅のように地平線が輝くと、周囲の樹々からは火の手が上がり、立ち込める黒煙は全ての視界を遮った。

 魔法って遠くから見ると花火みたいで綺麗だな……。などと若干不謹慎とも取れる考えが頭を過る。


「相手は誰かしら……」


 瞬く間に馬車の上へと駆け上がるシャーリー。遠くを見据える瞳は凛々しく、日常と仕事のスイッチの切り替えは見事だ。


「流石に何も見えねぇな……。ネストがいりゃぁ千里眼オールシーイングアイをかけてもらえたんだが……」


「どうするの九条?」


「食料はどれくらい残ってる?」


「3日分くらいかな? 最悪狩りに出てもいいし、食料の心配はしなくてもサバイバルは得意よ?」


 面倒事は御免である。あんな状態の街に入ろうものなら、飛んで火にいる夏の虫だ。

 冒険者の最高峰であるプラチナが街に来訪したとなれば、手伝わされることは目に見えている。

 俺が尋ねることはブラムエストのギルドには知られているはず。待ってましたと言われても不思議ではない。

 いくらカネを積まれようが、面倒臭いものは面倒臭いのである。


「よし、じゃぁアレが収まるまでは街には近づかないようにしよう!」


「「言うと思った」」


 御者以外の全員の考えが一致した瞬間であった。


 暗くなれば斥候として、自分の魂を入れたアンデッドを走らせても良かったのだが、そこまでするほどの事でもないだろうと、この時はまだ軽く考えていたのである。

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