第301話 奴隷街
「次は……お肉屋さん!」
「……となると、こっちからの方が近いな」
バイスのおかげで初めての街でも順調に進む買い出し。基本的には指定された商店で食品類を補充していくだけなのだが、次の店へと足を進める途中、1つ角を曲がったところで街の景色は一気に毛色を変えた。
数々の商店が立ち並ぶ市場のような活気のある様相は鳴りを潜め、日が差し込んでいる午前中にもかかわらず、何処か怪しい雰囲気が漂う街並み。
例えるならホテル街。広く綺麗に整備された大通りが嘘のような
バイスはそれでもなお平然と、奥へ奥へと進んで行く。
「バイスさん?」
「どうした?」
「いえ……。道はこっちで合ってるんですか? なんか気味が悪いんですけど……」
「間違いないぞ? 10分も歩けば奴隷街は抜ける」
「奴隷街?」
「ああ。もう少ししたら見えてくるはずだ」
しばらく歩いていると、見えてきたのは数多くの奴隷商が店を構える通りに出た。
右を見ても左を見ても同じ景色。建物と融合したかのような鉄格子。中には数人の奴隷が入れられ、その様子は遊郭に酷似していた。
ジオピークスが歓楽街として栄えているのは奴隷街があればこそ。安い働き手が豊富で、サービス業に従事する者が多いからだ。
「そういや九条は奴隷否定派だったっけか?」
「まぁ、どちらかと言えば……」
この国の奴隷制度はバイスとネストに教わっている。奴隷と言えど最低限の人権はある。買った者はしっかりと面倒を見なければならない。
バイスやネストの家でも使用人として奴隷を雇用しているが、その扱いは悪くない。
1日2食の健康的な食事に、適度な休息。与えられた労働には文句を言えないが、少なからず賃金も発生するのだ。
ただそれに反発すれば、罰を与えることは許されている。とは言え、大事な労働力である。壊れるまで痛めつけるようなことはないが、必ずしもそうとは限らず、仕えている主人次第というところが大きいのも確かだ。
「九条も1人くらい使用人として買ったらどうだ? カネはあるんだろ? 身の回りの世話を任せるだけでも大分楽になるぞ?」
世間話でもするかのような軽い会話のキャッチボール。少なくともバイスはそう思っているはずだが、自分には重い話題だ。
「いえ、それくらいは自分で出来ますので。ミアもいますし」
「ミアちゃんには出来ないこともあるだろ? それを手伝わせる意味でも……」
「いえ、ミアが出来ないことは俺がやるので、奴隷の力を借りるほどでは……」
「そうか? でも、疲れて仕事から帰ってきた時に、おかえりなさいませって言ってもらえるのも中々いいもんだぞ?」
ネストの家にお世話になった時のことを思い出す。首輪をつけているメイドと、していないメイドがいたのを覚えている。
首輪といっても金属製の武骨な物ではなく、黒い革ベルトのようなもので、一見するとお洒落にも見えた。
その裏には雇い主の名前が掘られていて、それが身分証明に相当する。故に奴隷が1人で歩いていても卑下されるような事はない。
街中で貴族様の所有物に手を出す者はいないのだ。
「そんなもんですかね……」
それは俺の理想とは違う。人に自分の世話をさせてボーっと生きるだけのつまらない生活ではなく、求めているのは自給自足で飯を食いながらも、必要な時だけカネを使うような、そんな生活なのだ。
一握りと言われるプラチナプレート冒険者。確かに一般人と比べれば、成功している方だとは思う。
とは言え、貴族のようにデカイ屋敷を持とうとも思わないし、バイスのように高価な馬車を買おうとも思わない。
やってもらうことと言えば家政婦レベルの仕事くらいしか思いつかず、話し相手にしては高すぎる買い物だ。
「ほら、あの娘なんてどうだ? 元気もあってやる気もある。器量は中々良さそうだ」
バイスの目線の先にいたのは獣人族であろう少女。奴隷商から見れば売り物である。しっかりとした服を着せられ、綺麗に着飾っているその姿は一見奴隷とは思わせない華やかさ。
通りがかる人を見定めては、必至に自分を売り込んでいる。
「おにーさんおにーさん! 私を買いませんか!? 14歳です! なんでもするんでお給金ははずんで下さい!」
首に掛けられた木製のプラカードには金貨150枚の文字。明るく振舞うその姿から、奴隷というイメージとはかけ離れている存在にも見える。
それもそのはず、いい御主人様に買われることが出来れば、奴隷解放も夢ではないからである。
少ないとはいえお給金が貰えれば、いずれは自分を買い戻すことも出来るからだ。故に声を掛ける相手を選んでいるのだろう。
それは10年後か、20年後か……。少なくとも絶望するにはまだ早い段階だ。小さな希望でも自分の力で自由を掴み取ろうとする気概は見受けられた。
バイス曰く、そういう奴隷は良く働いてくれるらしい。
「逆にああいうのは買うなよ? 安そうに見えるが、やる気が無ければ買ったところで意味がない。捨てる訳にもいかないからまた奴隷商に売ることになる。売るときは半値以下だぞ?」
バイスの目に映っていたのは、奥の方で寂しそうに座っている2人組の少女だ。歳は先程の獣人の娘とおなじくらい。
服はみすぼらしく、麻袋に穴を空けて被っただけのような服に、顔が見えるようにする為かおそろいのヘアピンをしている。
男女問わず、数多くの奴隷が並べられている中、自分を売り込むこともせず、後ろの方でただひたすらに俯いていた。
「なぜです?」
「元気がないのはやる気の無い証拠だ。出生がわからんからなんとも言えんが、顔立ちが似てるし双子か姉妹だろうな。2人セットで買えばワンチャンあるかもしれないが、はずれだったら手痛い出費だ。服も売られた時のままなのは、買われる気がないからだ。奴隷になって間もない子はあんな感じなんだよ。なりたくて奴隷になるヤツは少数。犯罪奴隷って感じではないが、恐らくは借金か人攫いの類じゃねーかな?」
奴隷として並べられるのだ。それには少なからず理由がある。
借金のカタに売られた者。犯罪を犯し堕ちた者。働き口が見つけられず、仕方なく奴隷となる者。そして人攫いにあい無理矢理売られた者や、戦災孤児などである。
何処で仕入れた奴隷なのかは企業秘密。真っ当な奴隷商を営む者も多々存在しているが、裏で盗賊などと手を組んでいる者もいるのは事実だ。
「そうなんですね。だからといって、買う気はしませんけど……」
明るく振舞う奴隷達からは悲壮感を覚えないとは言え、全ての奴隷がそうじゃない。
こんなガバガバな世界で、奴隷に対する法があると言われても、抜け道なんかいくらでも存在するはずである。
通りを歩いているだけで沸き上がる嫌悪感を押さえるのに必死だった。それを解放したところでぶつけられる場所は何処にもない。
奴隷がこの世界に必要なのは理解しているが、理性を保てるかと言われればそれは別の話である。
少なくとも自分の目の前で虐待が起きていなかったことには安堵した。それに気付いているのは感覚の鋭いカガリだけ。
震えるカガリに跨るミアにそれが伝わり、ミアは俺の手を優しく握りしめた。
ミアにも思う所があるのだろう。ギルドに拾われなければ、自分だってそこに身を置いていたかもしれないのだ。
無理に作った笑顔を向けるミアに優しく微笑み返すと、カガリの震えはピタリと止まった。
――――――――――
九条達が通り過ぎると、奴隷街は静まり返った。大きな魔獣を連れた冒険者。胸に光るのは見たことのない色のプレート。その雰囲気だけで全てを察したのだ。
ご主人様はプラチナプレート冒険者。奴隷としても鼻は高いが、それに比例して依頼の難易度が上がるだろう事は想像に難くない。
もちろん相手をする魔物の強さも常軌を逸した者どもだ。そんな戦闘に駆り出されては、命がいくつあっても足りないのは明白。役立たずと見放されれば、連れている魔獣の餌にされるかもしれない。
それだけの権力があれば奴隷の死を隠す事さえ容易なはずなのだ。
奴隷街を抜ける間、九条に声を掛ける者は誰1人としていなかった。
(逆効果だったかな……)
悪気があった訳ではないのだが、バイスは少し後悔していた。本人は否定しているが、いずれは九条も貴族となる日がくるかもしれないのだ。
その時は全力で九条をサポートしようと考えていた。恐らくネストもそう思っているはず。だからこそ、いざそうなった時の為に奴隷の扱い方は学んでおくべきだろうと思い、断られるのがわかっていてもバイスは九条に奴隷を薦めたのである。
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