第300話 食料保存の法則

「ネストも誘ったんだが、学院の方がな……」


「余計な事するのやめて下さいよ。旅行に行くんじゃないんですから……」


 ノーピークスを通過後、まずはローンデル領への関所を目指し、バイスの用意した特注の馬車で西へと向かう。

 馬車の中は快適そのもの。振動も少なく密閉された車内は隙間風すら許さない。備え付けの椅子はソファのようで、背もたれも同じくふかふかだ。

 何より驚くのはその大きさである。5人分の荷物を置いても余裕のある広さを誇り、中型トラック並の居住スペースは最早トレーラーハウスだ。

 4軸8輪の車体はノルディックの乗っていた馬車よりも大きく。それを引く6頭の馬達は力強く大地を蹴っていた。

 その大きさ故に、狭いカーブが上手く曲がれるのかが心配でならない。


「これは九条と旅をする時専用の馬車なんだよ」


「……は?」


 いきなりの爆弾発言に素っ頓狂な声を上げる。


「特注で造らせたんだ。クソデカ従魔達を乗せても余裕の広さ。薪ストーブ完備で凍える心配もなし! ただし換気には気を付けろよ?」


「ほえー……」


 確かに快適だが、どう考えてもやりすぎである。ミアなんかポカーンと口を開けていて、度肝を抜かれているといった感じだ。

 厚意は素直にありがたいが、カネの無駄遣いのようにも見えるのは自分だけだろうか?

 ノルディックの鎧に憤慨していたバイスは一体何処へ行ってしまったのか……。

 これは許されるのかと少々不躾な目でバイスを睨んでしまった。


「言いたいこともわかるが、大丈夫だ。これは全部灰の蠕虫はいのぜんちゅうを倒した時の分配金で賄ってる。領民の税金からは銅貨1枚たりとも使ってないから安心しろ」


 恐らく言われるとは思っていたのだろう。すでに見透かされていたようだ。

 俺がどうこう言う権利がないのは百も承知だが、自分が浅はかであった。バイスがそんな奴ではないとは知りつつ、疑ってしまった事に不甲斐なさを覚える。


「すいません。自分のお金でもないのに……」


「いいんだ。そういうのには慣れてる。貴族だからな。シャーリーやシャロンだってそう思ったろ?」


「うん」


 即答である。悪びれもなく真顔で頷くシャーリーは、俺の為に敢えて忖度したという感じではなかった。


「平民から見れば貴族なんて税金を吸い上げる悪党程度にしか思ってないのさ。そのイメージを払拭しようと努力しても報われない。ちょっと前の九条と一緒だよ。悪い噂ばかりが目立ち、独り歩きするんだ」


「でも、バイスのとこは結構評判いいわよね?」


「そう言ってくれるとありがたいね。まぁ前任がクズすぎたってだけの話だが、そういう輩がいるのも事実。だから貴族は悪評ばかり広まるんだが、俺達が今向かっているローンデル領もどちらかと言うと評判が悪い貴族が多い。ニールセン公のような筋の通った奴等じゃなく、どちらかと言えばブラバ卿のような曲者揃い。気をつけろよ?」


「はい。肝に銘じておきます」



 ローンデル領の関所を何事もなく超えると、見えてきたのはジオピークスと呼ばれる街。大きさはハーヴェストと同程度。ローンデル領の中では最も栄えている街の1つで、歓楽街が多く立ち並ぶ都市でもある。


「ジオピークスってノーピークスと名前が似てますね」


「そりゃそうだ。元々ノーピークスはローンデル領だったんだ。今はアンカース領だが、元々は隣町だからな」


「ああ、なるほど……」


「日も暮れてきたことだし、今日はここに宿をとるつもりだが部屋割りはどうする?」


「従魔達と一緒なら大丈夫です。多少値が張っても構いません」


「そうか。じゃぁ九条は大部屋だな。シャーリーとシャロンは?」


「分けてもいいけど、九条達が大部屋を借りるならそこで一緒でもいいわよ? グリムロックでも相部屋だったから抵抗もないし」


「えっ!? グリムロックにいる間ずっと同じ部屋だったんですか!?」


 驚きの声を上げたのはシャロンだ。九条とグリムロックに滞在したのは知っていたが、まさか同じ部屋だったとは思いも寄らなかった。

 冒険者とはいえ普通は男女別である。一緒なのは野宿の時くらいで、基本は見張り側と寝る側で分かれるのだ。


「ええ。そうよ? 別におかしなことはないでしょ? 節約にもなるし。……それにね、一緒に寝ると気持ちがいいの。あったかいし、朝になったら優しく起こしてくれるのよ? こんな機会滅多にないしシャロンも経験してみたら?」


「ええええぇぇ!?」


 驚きの声と共に真っ赤に染まるシャロンの顔は、晩秋の紅葉のようである。パタパタと必死になって両手で自分を顔を扇いでいるのは、それを冷ます為なのか、はたまたただの照れ隠しか。

 その言い方では勘違いもするだろう。チラチラと俺の顔を見ているのがいい証拠だ。

 誤解を解く前に、まずは冷静になってもらわなければ。


「白狐。頼む」


 溜息をつく白狐は仕方がないとでも言いたげに、モフモフの尻尾でバッサバッサとシャロンを扇ぐ。

 その勢いは扇風機なんてもんじゃない。乱れる髪にはだけそうな衣服。

 チラリと覗く下着を目に焼き付けながらも、あまりの風量に一瞬にして下がる体温は、シャロンが冷静さを取り戻すのには十分な効果だった。


「お前等、そんな関係になってたのか……」


 シャーリーの冗談に乗っかるバイス。深刻そうな表情は迫真の演技ではあるが、面白そうだからとかき回すのは止めていただきたい。


「そんなわけないでしょう? シャーリーも紛らわしいこと言うなよ……」


「嘘は言ってないわよ? シャロンは何を勘違いしたのかなぁ?」


 ニヤニヤと嬉しそうなシャーリーの視線がなんともいやらしく、まるでセクハラをする上司のおっさんである。


「えっ!? どういう……」


「シャロンさん。シャーリーと一緒に寝たのは従魔達で、決して俺ではないですからね?」


 確かにシャーリーは『九条と』とは一言もいっていない。

 ようやく理解したシャロンは自分の勘違いに気付き、またしても赤面すると初々しくも俯いてしまった。


「疚しいことは一切してません。そもそもミアだって一緒なんですよ? 間違いが起こるはずがないでしょう?」


 腕を組み、無言でうんうんと頷くミア。


「風呂は覗こうとしたじゃないですか」


「カガリは黙っとれ」


 思わぬ所から飛んで来た援護射撃を華麗に躱すも、ゲラゲラと笑うバイスとシャーリー。

 シャーリーの思惑に引っかかってしまったシャロンには同情するが、馬車内の雰囲気は、気を許した仲間だからこその居心地の良さがあった。

 宿屋は結局は団体客用の大部屋を借りて、全員で仲良く就寝したのである。



「午前中は食料の買い出しとギルドへの出発報告だ。効率よく手分けしていこう」


「俺は買い出しの方がありがたいですね。ギルドに顔を出すのは遠慮したいというか……」


 仕事中に別の依頼が入ることは稀だが、絶対と言い切れぬのならば極力近寄らないに越した事はないし、冒険者やギルド職員に囲まれるのも面倒だ。


「はーい。私はおにーちゃんと一緒がいい」


「じゃぁ、シャーリーとシャロンがギルド報告になるが……」


「ええ。任せて。……バイスは?」


「俺か? 俺は九条と一緒だ。この街は初めてだろ? 道案内は必要だろうからな」


「すいません。助かります」


 シャーリーとシャロンには一応の護衛と言う意味で白狐を同行させ、カガリはミアとセットなので俺達と一緒だ。

 ワダツミとコクセイは馬車で荷物の見張り番である。

 大きな空のリュックを背負うと、バイスの案内で街へと繰り出す。


「10日分を5人前となるとさすがに多いね……」


 カガリに跨り、買い出しメモを確認するミア。


「それに従魔達の分は入ってないから更に多めに買う予定だ」


 リストに載っているのは日持ちのする乾物や塩漬けばかり。栄養バランスを考えて果物なども忘れない。


「やっぱネストを引っ張ってくりゃ良かったなぁ……」


「なんでここでネストさんが出て来るんですか……」


「そりゃ魔法が便利だからだよ。ネストなら生鮮食品も冷凍保存可能だからな」


「あーなるほど……」


 何度か見たことがある氷系の魔法。魔力が尽きない限りという制限はあるが、確かに役には立ちそうだ。

 目的地が遠ければ遠いほど、そのありがたみは増すということである。


「でも、冒険者の間ではそんなに聞かなくないです?」


「まぁ、あまり冒険者の間では使わないな。魔物を討伐する分の魔力が残ってなけりゃ何の意味もないからな」


「そりゃそうですね……」


 食品の保存より、魔術師ウィザードをパーティーにいれるコストの方が高くつくのは当然である。


「死霊術には、なんかそう言う便利な使い方はないのか?」


「そうですね……。村の食堂を切り盛りしているレベッカの案で、無限とんこつスープってものがありましたが……」


「聞いた俺が悪かったよ……」


 食い気味に返ってくる返事。それを想像し、消沈するバイスの表情をレベッカにも見せてやりたいくらいだ。

 他にも、疑似肉体形成コープススキンで疑似的な肉を作り出すことは出来るが、それが食えるかと言われると……。

 正直、試したくもないというのが本音であった。

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