第299話 暇人貴族のガイド役

 ギルドを後にし、待たせていた馬車へと戻る。


「ただいまー」


「おかえり……」


 元気なミアの挨拶に帰ってきたのはシャーリーの力ない返事。シャロンはオロオロと落ち着きのない様子であるが、その理由はすぐにわかった。


「誰やねん……」


 そこに鎮座していたのは見知らぬフルプレートの鎧。微動だにしないそれは、鎧だけがそこに置いてある風にも見えるが、聞こえてくる息遣いから中身が入っていることは確実だ。


「はぁ……」


 深く漏れる溜息。シャーリーは俺の顔を見上げているだけで、口を閉ざしたまま。

 恐らく何も言うなと脅されているのだろう。こんなことをする奴は1人しかいない。


「バイスさん……。何してるんですか?」


「チッ……。バレたか……」


 フルフェイスの兜を脱ぎ捨て、爽やかな笑顔を見せるイケメン貴族。

 何故バレないと思ったのか……。シャーリーとシャロン、さらには俺の従魔達を黙らせてこっそり馬車に乗り込める人物なんて限られている。


「バイスさん、こんにちは!」


「おお、ミアちゃん。大きくなったなぁ」


「たいして変わってないでしょう……。久しぶりに見た孫みたいな空気を出さないでくださいよ……」


「このメンバー。あの頃を思い出すなぁ。あの時はシャロンじゃなくグレイスだったが……」


 バイスの言いたいことは何となくわかってはいるが、回り道をしすぎである。


「……どうせ調べはついてるんですよね?」


「……。ダンジョンちょ……」


「必要ありません」


「……」「……」


「ダンジョン調査ならタンクは必要だよな?」


「聞こえないフリはしないで頂きたい……」


「……暇なんだよ九条! 俺もパーティにいれてくれよ! 報酬はいらねぇからさぁ!」


 何故そこまで必死になれるのかも、何となくは理解出来る。


「どうせ魔剣目当てでしょ?」


「そうとも言う」


「素直か!」


 嘘を付かれるよりはマシだが、ド直球に来られても困る。


「いいんですか? 家を2ヵ月ほど開けることになりますよ?」


「その点なら心配はいらない。元々ウチで治めている領地なんてネストと比べりゃ小さなもんだ。そう簡単に問題なんて起きやしないさ」


 俺の代わりに依頼をこなしてくれていたことを考えると無下には出来ない。しかし、一緒に行動を供にするとなると、シャロンの事を説明しなければならないのだが、それが面倒だ。

 依頼を断り続けた俺が、急に今回だけ依頼を受けるその理由はなんだと聞かれるのは目に見えている。

 バイスに限ってそれを止めるようなことはないと思うが、問題はシャロンの方である。


「それなら俺は別に構わないですけど……。どうします?」


 それはシャロンに向けたもの。


「え? 九条がリーダーなんじゃないのか?」


 バイスが不思議に思うのも当然だ。基本は依頼を受けた者がリーダーとして行動する。

 全てという訳ではないが、リーダーに決定権があるのが当たり前。シャロンではなく、シャーリーに聞くのならまだ納得できたのだろう。

 プラチナの依頼はシルバーとは比べ物にならないほど高額だ。褒められたやり方ではないが、シャーリーが俺に寄生しているという考え方も出来なくはない。


「大丈夫です。話していただいて構いません。ただシャーリーは……」


 シャーリーに視線を移すシャロン。


「私もいいわよ? タンクがいた方がいいのは明らかだし」


 タンクが必要かと言われれば、今回限りは正直微妙なところではあるが、バイスは無償でいいと言っているのだ。

 登場の仕方はやや強引ではあったが、反対意見がなければ歓迎するのもやぶさかではなかった。


「わかりました。今回もよろしくお願いします。バイスさん」


 白い歯を見せニカッと笑うバイスは、俺の手を無理矢理握り上下に振った。


「おうよ! 任せとけ! ついでと言っちゃなんだが今日はウチに泊まって行けよ」


「いいんですか?」


「ああ! ついでに馬車も出してやるよ! こんな小さい馬車じゃ従魔達が窮屈だろうからな!」


 それにピクリと反応を示した御者が恨めしそうな視線を向けているのに、バイスはちっとも気付かなかった。



 行き先を変更し、馬車のリース契約を解除する。もちろん片道分の料金は全額支払っているので、御者は笑顔で帰って行った。

 ガルフォード家の豪邸に世話になるのは2度目。急遽お邪魔したにもかかわらず、人数分の料理が並べられているのは、さすがと言わざるを得ない。

 そんな豪華な食事に舌鼓を打っていると、そわそわと落ち着きのないシャロンが目に付いた。

 貴族の屋敷に招待されることなぞ滅多にないはず。だからだろうと思っていたのだが、どうやらそれは違うようだ。


「どうした、シャロン? 苦手な食い物でもあるなら作り直させようか?」


「いえ、そういう訳では……」


 手を付けていない訳じゃない。ただ、食の進みは明らかに遅い。それに勘づいていたのはシャーリー。


「まぁ仕事だから仕方ないけど、気になることがあれば聞けばいいのに。九条は多分気にしないよ?」


 厚めのステーキを口に頬張りながら、シャロンにフォークの先を向ける。

 あまり行儀が良いとは言えないが、それはミアも同じで、持っていたフォークを天高く掲げたのだ。


「はいはーい! 私も何かわかるよ! ギルド職員だもん! 多分魔剣の事だよ!」


 それを注意するより先にシャロンに目線が行くと、無言でこくりと頷いた。


「あぁ、すまん九条。馬車の中に転がってたから知っているもんだとばかり……」


「いえ、元々話すつもりではいたので構いませんよ。隠すのはもうやめにしたんです」


 ギルド職員が冒険者の秘密に関する事を探るのはタブーだ。聞きたくても言い出せずに悩んでいた――といったところだろう。

 伝説と言われている物ならば、気にはなるのも仕方ない。


「ごめんなさい。馬車にいた時からチラチラと見えてはいたんです。でも……」


 それはリュックに適当に突っ込んであった。なので柄が丸見えなのだ。従魔達がいれば盗難の心配はないだろうと、少々管理はずさんであった。


「隠している物を探られたわけじゃないですし、シャロンさんが謝る事じゃありません。気にしないでください。……とは言え、自分には剣の適性がないので扱えないんですよ。あとでバイスさんにでも使ってもらいましょうか」



 食後の運動にと案内されたのは、裏庭だ。室内でもあり屋外でもあるそれは、まるで弓道場のようである。とは言え、室内に並んでいるのは西洋風の武具ばかり。

 綺麗に横一列になって立ち並ぶフルプレートの鎧達は、今にも動き出しそうなほど不気味である。

 バイスの手に握られているのは1本の魔剣。ヒラリと軽い動作で屋外へと降り立ち、それをゆっくり引き抜いた。

 紅い刀身が姿を現し、鞘から完全に引き抜かれると、使用者の意志に応えるかの如く激しい炎を纏わせる。

 軽い素振すぶりではあるのだが、薄暗い闇夜に描かれる軌跡は息を呑むほどに美しい。


「無明殺しと違って、こっちの方が使ってるって実感があるな……」


 バイスの手元で火力が強くなったり弱くなったりしているところを見ると、自分の意志で操れるということなのだろう。適性の無い俺には宝の持ち腐れだ。


「すごいすごーい」


 それをはじめて見るミアは、目をキラキラと輝かせて大はしゃぎ。その一方で、シャロンは開いた口が塞がらない様子。


「九条。俺と手合わせしてみないか?」


「殺す気ですか!?」


「いいね! ここで九条を殺せば2本の魔剣は俺の物だ!」


 ケラケラと笑いながらも冗談を言うバイスに、不敵な笑みを浮かべる。


「コクセイ、ワダツミ。相手をしてやれ」


「どれ、軽くもんでやろう……」


 野外へと降り立つ2匹の魔獣。ゆらりと獲物を狙うような動きでバイスを囲み、互いの間合いを推し測る。


「2匹は卑怯だぞ! せめて盾をくれよ!」


 並べられた練習用だろう傷だらけのバックラーを投げ入れると、バイスはそれを受け取りながらも視線はしっかりと2匹の魔獣を見据えていた。


「マジでやんのかよ! 言わなきゃよかったぜ……」


「安心してください。シャロンさんもミアもいるんです。回復はバッチリですよ?」


 突如始まった大立ち回り。振り下ろされた鋭爪を難なく弾くバイスに、薙いだ魔剣をヒラリと躱す魔獣達。


「コクセイもワダツミもがんばれー!」


 ミアの理不尽な応援が木霊する中、本番さながらの模擬戦はバイスにとっては実に有意義なものであるだろう。

 剣を振るうバイスからは時折笑顔が零れ、2匹の魔獣はこれならどうかと徐々にペースを上げていく。

 お互いの力の限界を探り合うスパーリングを見ているような感覚だ。俺にはそれが幻想的な演舞のようにも見え、喉を唸らせていたのだが、シャロンだけはそうじゃなかった。

 初めて見る魔獣と人とのぶつかり合い。レベルの違う攻防の凄さに、瞬きも忘れて固まっていたのだ。

 それを横目にクスクスと声を殺し笑っていたのはシャーリーである。


「まるであの時のグレイスみたい……」


「あー、めっちゃわかる……」


 長いこと戦っていたバイスだったが結局はスタミナ切れで音をあげてしまい、食後の運動と言う名の模擬戦は、魔獣コンビの勝利で幕を閉じた。

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