第240話 呼び出し
「で? 何しに来たんですか?」
「ごめんって言ってるじゃない。まさか知らなかったとは思わなくて……」
別にネストに対して本気で怒っているわけじゃないが、機嫌が良くないのは事実である。
ネストが謝っているのはグレイスのことだ。あの後、グレイスをギルドへと送り届け、ミアからの説教を聞き、なんとかそれをなだめることに成功して現在へと至るというわけだ。
仕事が終わったミアと、スタッグから遥々やって来たネスト、そして俺の3人で自室のテーブルを囲んでいるといった状況である。
ミアには、誤解を解くために巨大ワーム討伐までの一部始終を話し、ネストもそれに耳を傾けていた。
言っていなかった自分も悪いが、口に出す前にグレイスがどこまで知っているかの確認ぐらいはして欲しかった。
どこか物憂げに沈んだネストの瞳は、一応は反省の色を見せている。
俺は大きく溜息をつくと、この辺りが落としどころだろうと溜飲を下げた。
「はぁ、わかりました。次は気を付けてくださいね?」
「ええ。もちろん」
ネストは村に泊まることになっているが、もう時間も遅い。いつもならミアもそろそろベッドに入ってもいい時間帯である。
「で? 用事と言うのは?」
「リリー王女直々の呼び出しよ。まだ内容は言えないけど、九条には悪くない話だと思う。どう?」
「どうと言われても……」
チラリとミアに視線を移す。カガリのブラッシングに精を出すも、特に表情を変えることなくいつも通り。
それに気付いたのか、ミアは手を動かしながらも微笑んで見せた。
「私は、おにーちゃんと一緒ならどこでもいいよ?」
正直言って王都にはあまりいい思い出がない。それはミアも同様のはず。
「それにギルドは関わってきますか?」
「いいえ。今回は個人的な頼みになるわ。恐らくギルドには顔を出す必要もない。到着連絡も希望するなら私がやっておくし、もちろん宿もこっちで用意する。といってもそんなに長い滞在にはならないはずよ」
「具体的には?」
「長くても1週間くらいかしら。前準備はしてあるから問題はないはず。……あっ。もし来るなら魔獣達も連れて来てね?」
恐らく嘘ではない。カガリが反応を示さないのがその証拠だ。だが、従魔を連れて来いという指定が気に掛かる。
連れて来るなと言われるのは仕方ない。それなりに大きく邪魔と言われれば邪魔だ。それに慣れていない人が見れば驚いてしまう恐れもある。
ということは、従魔達に何かをやらせるつもりなのだろうか……。
「何故、従魔達を?」
「んー……。詳しくは言えないんだけど、威厳の為……かな?」
それに怪訝そうな目を向けると、ネストは慌てて手を横に振った。
「あっ、戦闘行為はないわ。ついて来てくれるだけでいいの。紛らわしい言い方でごめんなさい」
「……」
面倒臭いから行きたくないというのが本音ではあるが、王女であるリリーからの呼び出しを断るというのも気が引ける。
ノルディックの件では相当迷惑を掛けたと自負しているし、ネスト曰く俺にとっては悪い話ではないと言う。
後々あの時断ったんだからなどといちゃもんをつけられ、余計厄介な依頼を回される恐れも無きにしも非ずだ。そうなれば、それこそ断れなくなってしまうだろう。
「ちなみに2回、依頼をこなしたわ」
「へ? いきなり何の話です?」
「ノルディックが受けるはずだった依頼。本来は九条に行くはずだったものを、私とバイスで片づけてあげたの。……なんと2回も!」
胸を張りドヤ顔で語尾を強調するネストだが、別に頼んではいない。
俺の首を縦に振らせたいのはわかるが、それを恩着せがましく思ってしまうのは、俺の心が狭いからだろうか?
とは言え、感謝していない訳じゃない。本音を言えば非常にありがたいのだが、今まさに返事をしようとしたところでそれを言われてしまうと、ネストに屈したようでいい気分ではないのも確か。
なんというか、やろうとしていた宿題を先に母親にやれと言われて、やる気をなくしてしまうパターンに近いものを感じる。
「……ずるくないですか?」
「ぜーんぜん? だって事実だもの」
仏頂面で抗議する俺に対し、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるネスト。
ミアもそろそろ眠気の限界が近い。うつらうつらと船を漕ぐその姿は、すでに睡眠モードである。
「王女様から話を聞いてから最終的な判断をする……ってことでも構いませんか?」
「もちろんよ。歓迎するわ」
ネストは自室へと戻り、俺はミアを抱き抱えるとベッドへと移して自分もその隣に寝転がる。
話を聞いてからと言ったのは、万が一の逃げ道を確保しただけ。
他でもないリリーの頼み。どんな内容であれ、自分に手伝えることなら手伝おうとある程度の決心はついていた。
次の日、朝一でネストの乗って来た馬車で王都スタッグへと向かう。
1人で乗って来たにしては大きめの馬車だとは思っていたが、従魔達を乗せることを前提にしていたのであれば、丁度いい大きさである。
「まるで貴族とは思えない恰好ですね……」
「人のこと言えないじゃない」
「俺とミアは貴族じゃないんでいいんですよ」
相変わらずの寒さではあるが、ミアはカガリと白狐にサンドイッチ状態で身動き1つしない。
俺はワダツミを抱きしめていて、ネストはコクセイを抱きしめている。その絵面は若干シュールだ。
従魔達も呆れて物も言えないといった表情である。
馬車の旅は至って順調であった。寒さ故か、盗賊達も休業中の様子。だが、ネストはそれに若干の不満があるようだ。
体を動かし温める為の運動に丁度いいなどと豪語するネスト。ネストほどの実力があればそれも嘘ではないだろう。
それを聞いた御者は甚く惚れ込み、2人で楽しそうに会話の花を咲かせていた。
御者にはただの冒険者に見えているのだろうが、やめておけ。それは冒険者を装った貴族である。
教えてやったらたまげるだろうなぁと思いながらも、馬車の旅もそろそろ大詰め。
たった3日の短い旅路は、ネストの希望によりグリムロックでの出来事を話しているだけで、あっという間に過ぎ去った。
馬車は王都スタッグの南門を通過する。そのままネストの屋敷に向かうのかと思っていたが、馬車は王宮を迂回し北区へと足を進めた。
「あれ? ネストさんのお屋敷に行くんじゃないんですか?」
「いいえ、違うわ。もう少しで見えて来るけど……。あっ、あれあれ。あの赤い屋根のところよ」
俺とミアは、ネストが指さした方向へと身を乗り出し覗き込む。
確かに見えるが、その建物の上半分も見えていない。恐らく大きな時計塔のような建物。
俺にはそれが何なのか不明であったが、ミアはそれを知っていた。
「えっ? 魔法学院?」
「ミアちゃん、せいかーい」
嬉しそうにミアの頭をなでるネスト。
ネストが魔法学院の教師をしているのは聞いていたが、だとしたら俺を迎えに来る為だけに休暇を取ったのだろうか?
時刻は夕方。帰宅の時間なのだろうことが窺える。
徐々に近づいて来る魔法学院の正門だろう出入口から制服姿の生徒達が続々と出て来る様子を見ると、休日という感じではなさそうだ。
「九条、ちょっと伏せてて」
ネストに頭を押さえつけられ、馬車の荷台に縮こまる。
その意味はすぐに理解した。ネストは俺の評判を危惧したのだろう。
俺の顔を生徒達に見られると困るのだ。俺と一緒のところを見られれば、ネストの評価も下がりかねない。そう判断するのが妥当。何せ俺はノルディックを殺したのだから。
正門を素通りする馬車。そのままぐるりと外壁を1周し、裏門で止まった。
「はい、到着。みんなお疲れ様。荷物を降ろしたら、ついて来て頂戴。教員用の宿舎に案内するわ」
馬車に長時間押し込まれていたということもあり、そこから降りて最初にする事といえば、うんと体を伸ばすこと。それは従魔達も同じである。
自分で持てる荷物は自分で持ち、ネストに宿舎へと案内される。
その様子はまるで泥棒のようだった。ネストが先行して廊下を進み、誰もいないことを確認すると手招きに従いついて行く。
正直に言って気分が悪い。俺は人にどう思われようと気にはしない。だが、貴族様は違うのだろう。
そこまでして俺を呼び出して、一体何がしたいのだろうと推し測る。
そんなことを幾度となく繰り返し、到着したのは3階の一室。
「ここよ」
ネストが持っていた鍵でそこを開けると、そこは一般的なワンルームの部屋。
適当な場所へ荷物を降ろすと、ネストは窓のカーテンを閉めた。
「明日の夕方に王女様と一緒に来るから、それまでは部屋から出ないでね? 食事はこっちで運ぶから安心して」
「ああ」
申し訳なさそうなネストに適当に相槌を打つ。
正直、もうどうでもよかった。こんなことで怒っても仕方がない。さっさと用事とやらを聞いたら、帰ればいいだけだ。
俺の苛立ちを察してか、ミアも従魔達も声を掛けようとは思わなかったのだろう。
馬車での旅の疲れもあり、その日は早いうちに備え付けのベッドで横になった。
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