第241話 人気者への第一歩
次の日の夕方。ノックされた扉へと駆けて行くミア。
「どちらさまですかー?」
「お待たせしました。リリーです」
そこに立っていたのは、制服姿のリリーに教師を意識したであろうスーツ姿のネスト。冒険者でも貴族でもないタイトスカートは、少々動き辛そうにも見える。
俺はと言うと、椅子に腰かけテーブルに肘を突いていた。
「どうも……」
誰がどう見ても不遜な態度。それを一喝したのはネストである。
「九条!」
もちろんわかっている。幼いとは言え王族の前だ。場を弁えろと言いたいのだろう。
「大丈夫ですよ。私は気にしませんので」
「しかし……」
リリーはネストを軽くたしなめると、席へとついた。それにネストも続き、俺も一応は気持ちを切り替えた。
機嫌が悪くとも、対応はしっかりとする。1日置いたことにより少しは冷静になれた。
子供ではないのだから、何時までも不貞腐れている訳にはいかないのはわかっているつもりだ。
「すいません九条。運ばせた食事はお口に合いませんでしたか?」
「いえいえ、少し虫の居所が悪かっただけ。王女様が気にする必要はございません。こちらこそ失礼致しました」
不安そうなリリーに、座った状態ではあるが背筋を伸ばして頭を下げる。
「そうですか……。ならばよいのですが……」
そこにお茶を運んで来たミアは、少し背の高いテーブルに多少の苦戦を強いられながらもティーカップを並べ、自分もしっかり席に着く。
「えーっと。早速ですが本題をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ふふっ……。九条はせっかちですね」
微笑みを見せるリリーは相変わらず愛らしく、優雅で気品のある佇まいではあるが、俺にはそれに気を配るほどの余裕はない。
「では、単刀直入にお話させていただきますが、九条の管理しているダンジョンをお借りしたいのです」
「……」
流石にすぐには返事を返せなかった。眉をひそめ、思案する。
リリーの頼みだ。色よい返事を返したいところではあるが、ダンジョンとなると話は変わってくる。
あそこに入れるのはミアとシャーリー、それと従魔達。百歩譲ってバイスとネストも許可することは可能だが、いずれも最下層まで入れてやるつもりは毛頭ない。
そもそもダンジョンなんて借りて、どうしようというのか……。
ミアとシャーリーには知られてしまったが、あれは揺らぎの地下迷宮と呼ばれる魔王が造り出したとされるダンジョンだ。それも、機能を維持している生きたもの。
ギルドがそれを、何かの実験等に使用することがあるというのは知っているが、今回はギルド絡みではないはず……。
数分程悩んでいただろう。その間、リリーはずっと俺の返事を待っていた。十分考える時間を与えてくれたのだ。
「率直に伺います。何に使うんです? そしてその理由を教えていただけませんか?」
「では、理由から話しましょう」
リリーは小さく咳払い。そんな可愛らしく弱々しい咳払いに何の意味があるのか疑問は残るが、リリーは問い掛けるように言葉を紡ぐ。
「九条はあの一件以降評判がよくありません。それは恐らくご自身でも感じている事でしょう。違いますか?」
「ええ、そうですね。なのでこそこそと隠れるようにして連れてきたんですよね?」
別に嫌味として返答した訳ではない。そう聞こえてしまったのなら謝罪はするが、事実ではあるだろう。
それを聞いてリリーとネストはお互いの顔を見合わせた。
「ああ、あれはそういうわけじゃないのよ。勘違いさせちゃってたらごめんなさい。でも、それは王女様のお願いを聞いてくれればわかると思うわよ?」
少し上ずった声で答えるネスト。
それに首を傾げるも、リリーはそのまま話を続ける。
「で、ですね。その評判を変えようと、ある作戦を思いついたんですよ」
「作戦?」
「ええ。九条はこの国で影響力を持つ人達は誰だと思いますか?」
「……王族や貴族……ですか?」
「そうです」
「確かに言いたいことはわかりますが、そう一筋縄ではいかないのでは? 噂話程度で意見を180度変えるような者がいるとは思えませんが……」
「そうなんですよ。確かにそれは難しいです。やってみましたけど殆ど効果はありませんでした」
首を横に振るリリーは、申し訳なさそうに俯く。
「……それに関しては、感謝しますが……」
「九条がグリムロックでサハギンを討伐したという噂は聞き及んでいます。港湾都市であるハーヴェストでは九条の評判は上がったと言えるでしょう。それが広がって行けばいいのですが、王都にまでは届いていないのが現状です」
「そ……そうですか……」
本当の事を言うべきか悩んだが、ここは言うべきではないだろう。
王族と懇意にしている冒険者が海賊と手を組んだなんて噂が立てば、どうなるかは目に見えている。
まさかそれが自分の評判を上げることになるとは思ってもみなかったが、結果オーライだと考えることにしよう。
そこで急に顔を近づけるリリー。余程自信があるのか、その表情は先程とは違って得意気である。
「王都の評判を上げるなら貴族を取り込むのが1番。ならどうすればいいのか!? その答えは子供です! 貴族を親に持つ子供からの支持を得れば親もそれに感化され、懐柔出来るとは思いませんか?」
言いたいことはわかる。自分の子供が1番かわいいのは何処の親も一緒。それが貴族であろうともだ。
親心を利用するということなのだろうが、そんなに上手くいくだろうか?
「貴族の子供が多く集まる場所と言えば……。ハイ! ミアちゃん!」
「えっ……。魔法学院ですか?」
「正解です! 魔法学院での九条の評判が上がれば、自然と貴族の評価も上がり、それが民衆にも伝わるのではないかと考えたのです!」
身を乗り出し、片手でガッツポーズを取るリリーの鼻息は荒い。やる気に満ち溢れているというか、自信のほどはありそうだ。
「……それはわかりました。しかし、それとダンジョンを貸すのとどう関係が?」
「そうでしたね。時間があれば九条に教師をやってもらうというのが簡単で良かったのですが、九条が王都に住むことはないでしょうし、時間も掛かってしまいます。なので手っ取り早く、九条には合宿の引率と生徒達の護衛役をお願いしたいんです」
なるほど。なんとなくだが理解は出来た。
「合宿ってのはコット村に新しく作っている宿舎を使うということですか?」
「そうです。話が早くて助かります。ダンジョンは生徒達の試験に使用させていただこうと考えております。……ダメでしょうか?」
「……」
正直言って乗り気ではない。知り合いを入れるならまだしも、見知らぬ生徒達をダンジョンに入れるのは反対だ。
俺は別に人の噂は気にしない。こんな不確定要素の多すぎる話、蹴っ飛ばしてすぐにでも帰りたいところではあるが……。
「九条。あなたはいいけど周りはそうとも限らないでしょ? よく考えて」
その視線の先にいるのはミアである。
もちろんわかっている。見透かされている様でいい気分ではないが、ネストの言う通りだ。
俺はいいが、ミアは違う。俺1人の為にミアが白い目で見られるのは、出来れば避けたいところではある。
「わかりました。ですが、ダンジョンの使用に関してはいくつかの注意事項と立ち入り禁止区域を設定させていただきたい」
「ええ、大丈夫です。その辺りは他の引率教師とも連携をとるので。では、詳しく詰めていきましょうか」
話が纏まり嬉しそうなリリーに、ホッと安堵するネスト。
あまり乗り気ではないが、ミアと従魔達の為である。断腸の思いとはこういう事を言うのだろう。
俺達のことを考えて練ってくれた計画ならば、それを無下にするのも忍びない。
ダンジョンを使わずになんとかする方法はないかとも聞いたのだが、既にそれは計画の内に入っていたようで、どうにもならなかった。
「では、明日。ネストの授業の時に、九条の紹介をするということで」
「本当に自分が出て行っても大丈夫なんですか?」
「ええ、問題ないわ。……逆の意味で大変なことにはなりそうだけど……」
「逆?」
「まぁ、明日になってみればわかると思うわよ?」
それにミアと2人で首を傾げながらも、初日の打ち合わせはひとまず幕を閉じた。
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