第237話 冬支度

「うーん。寒い……」


 日の出間もない早朝。体の芯まで凍るような厳しい寒さで目が覚めた。

 寒くて当然だ。寝る前までは仲良くシェアしていた羽根布団はミアに奪われ、それでも足りないのかカガリを抱き枕代わりにしている。その寝顔は寒さなど知らず、幸せそうだ。

 こちらの世界での冬の寒さ対策といえば、暖炉か薪ストーブ。ギルドの安部屋にはそのどちらもが備わっていない。

 本来は村付き冒険者用の一時的な部屋だ。長期間泊まることを前提にしているわけではないので、文句を言っても仕方がない。

 しかし、俺達には心強い味方である従魔達がついているのだ。……と、言いたいところではあるが、皆シャーリーの出資した従魔達用の寝床の方が気に入ってしまったようで、カガリ以外はそっちに行ってしまっている。

 それもそのはず。向こうには暖炉があるからだ。正直言って、今や従魔達の方が生活レベルは高い気がする。

 少し前までは従魔達でぎゅうぎゅうだった部屋も今はがらんとしていて、少し寂しくも感じてしまう今日この頃だ。


 二度寝をしようにも、ミアから布団を奪うのは忍びない。ならば、さっさと着替えて食堂の暖炉にでもあたろうと、そっと部屋を後にした。

 レベッカが早朝から仕込み作業をしている為、火を入れるのは早いはず。

 その予想は見事的中。とは言え、その火はまだまだ控えめ。レベッカの目を盗んでは、隣の薪をホイホイと投げ入れる。


「あー、ぬくいわー……」


 食堂の椅子を勝手に借りて逆向きに座ると、暖炉の前に両手をかざす。


「まるでおじいちゃんだな……」


 せっせとテーブルを拭いて回るレベッカから、素直な感想が飛んでくる。


「可哀想なおじいちゃんに温かいお茶のサービスを頼む」


「まだ、営業時間外だっつーの。飲みたきゃ自分でいれなよ」


「そうする。ついでだ、レベッカも飲むか?」


「ちゃんとカネは払えよ?」


「もちろんだ」


 勝手知ったる我が家……ではないが、長いこと利用している食堂だ。常連の俺にとっては、お茶を入れるくらいは朝飯前である。

 手際よくお茶を入れ、片方はレベッカに渡して暖炉の前でそれを啜る。


「そういえば、村の東門の近くに新しい宿屋でも出来るのか?」


「ああ、何か作ってるよな。私は何も聞いてないから、町長かソフィアが何か知ってるんじゃないか?」


「そうか。まぁギルドが開いたら聞いてみるか……」


 そこに丁度良く現れたのがソフィアだ。ギルドの営業が始まる時間にはまだ早いが、色々と準備があるのだろう。

 食堂の扉を開け、俺達に気が付くと丁寧に頭を下げる。


「おはようございます。九条さん。今日はお早いですね」


 さわやかな笑顔から漏れ出る吐息は白く、それは外の寒さを物語っていた。


「おはようございますソフィアさん。丁度聞きたいことがあって」


「なんでしょう」


「東門の近くにある建設途中の大きな建物はなんです?」


「ああ。そういえば九条さんはいなかったんで知らないですよね。あれは領主様が建てられているんですよ? 合宿所として使うとか……」


「合宿所?」


「ええ。九条さんがグリムロックへ発った後に決まった話で……」


 領主ということはネスト絡み。そして合宿と言う単語で連想できるのは、学校である。

 確かネストは教師として魔法学院に招かれていると聞いている。学院で使う施設ということなのだろうか。


「合宿ですか……。こんな何もない村で何するんですかね……」


「さぁ? それよりも九条さんにはお手伝いしてもらいたいお仕事があるので、後でギルドにいらしてくださいね?」


 それだけ言うと、ソフィアは急ぐように2階へと上がって行った。



 それからおよそ1時間。ギルドと食堂の営業時間になると、冒険者達で混雑する前に仕事の話を聞きにギルドへと赴いた。

 俺の隣には既にミアが待機していた。防寒装備もばっちりでカガリに乗りウッキウキである。

 そしてカウンターの隣に置かれている本格的な斧。何も聞かなくとも村の外の仕事なのだろうということが推測できる。


「薪の備蓄が心もとない為、九条さんには薪を作っていただきたいのです」


「薪を作る? 薪を割るのではなくて?」


「はい。木を切り倒して輪切りにした後、備蓄倉庫で乾燥させてください」


 なるほど。最初からやれと来たか。

 この世界に来たばかりの俺であれば過酷な重労働に発狂していただろうが、今やそんなことくらい朝飯前である。


「場所は?」


「えーっと。地図で言うとこの辺り……。王族の使いの方がキャンプしていた場所、覚えてます? あの辺りを山側に向かって切り倒していただければ……」


「あぁ、あそこですね。わかりました」


 食堂でレベッカから昼食のサンドイッチを受け取ると、ワダツミに乗り颯爽と街道を駆け抜ける。

 ゆっくり歩いてでもよかったのだが、ワダツミが半ば無理矢理に俺を背に乗せたのだ。

 それの何が嬉しいのか、カガリと並走するワダツミはいつも以上に機嫌が良かった。


「顔が凍りそうだ……」


 この寒さの中、馬よりも早いスピードで駆けたのだ。冷えて当然。暖かいのは尻だけである。

 ミアはもう前さえ見ていない。防寒着のフードを深く被ると、終始カガリに抱き着いている。だが、それが最も効果的な対策であろうことは明らかだ。

 そして、辿り着いたのは俺のダンジョン。

 仕事をサボったわけじゃない。こんな斧1つで木を切り倒すなんて時間も掛かるし面倒だと思ったのだ。

 なので、風の魔剣である『無明殺し』を取りに来たのである。

 あれならスパスパと切れるはず。自分には剣に関する適性はない。振ってみて使えなそうなら、リビングアーマーにでも使わせればいいのだ。


 ミアとワダツミには外で待機してもらい、カガリと俺でダンジョンを降りていく。


「何か異常は?」


「特に何も。ついでなんで魔力の補充をお願いします」


「わかった」


 ダンジョンの管理人である108番は、最初のころと比べて遠慮がなくなってきた気がする。物腰が柔らかくなったというか、素直になったというか……。

 まぁ、敬語でキツイ言葉を浴びせられるよりはマシか。俺にM属性はないのだ。

 半分ほど減っていたダンジョンハートに魔力を注ぎ、目的の物を手にすると、森へと戻り焚き火の準備。

 こんなクソ寒い所で作業なんてしていられない。まずは火起こしからである。


「よし。ミア、ありったけの落ち葉と枝を集めるんだ!」


「はーい!」


 冬の森の中、それを探すのは簡単だ。時期が時期だけに、落ち葉も枝も程よく乾いている。

 2人と2匹でそれらをせっせと集めると、山火事にならないようワダツミに掘ってもらった窪みに投げ入れ着火させれば、それはもう立派な暖炉である。

 乾燥した落ち葉は勢いよく燃え上がり、爆ぜた火の粉で防寒着に穴が空かないよう注意を払いながらも暖を取る。


「この後はどうするの?」


「ん? ミアは見ているだけでいいぞ。俺はコイツでっと……」


 立ち上がり無明殺しを鞘から引き抜く。刀身を覆う風の渦が荒々しく吹き荒れ、俺は1本の木と向き合った。

 直径30センチほどの太さ。大量に落ちているどんぐりの形状から、恐らくはクヌギだろう。素人でも斧と時間さえあれば切り倒すことは可能なサイズ感。

 俺が立っている場所は、そこで刀を振り抜いても、刃は樹に届かない微妙な間合いだ。


「ミア。危ないから離れていなさい」


「うん」


 それを確認すると再度その樹を睨みつけ、呼吸を整え無明殺しを横に構える。

 見様見真似だが、様にはなっているだろう。


「ハァッ!!」


 横凪ぎ一閃。渾身の力を込めてそれを振り抜くと、その風圧で周りの落ち葉が宙へと舞った。



「……おにーちゃん? 何したの……?」


「…………素振りだ……」


「主……」


 思った通り、適性のない俺には扱えるはずがなかった。

 もしかしたらと思い本気で振り抜いてみたものの、発生したのは風の刃ではなく、恥ずかしさだけであったのだ。


「【魂の拘束ソウルバインド】」


 一緒に持って来たフルプレートアーマーに魂を定着させ、リビングアーマーを作り出す。

 夜中ならまだしも今は昼。人に見られる可能性を考慮し、上から大きめのローブを被せる。後はそれに無明殺しを持たせれば準備完了だ。


 俺とは違ってあっさりと木を切り倒すリビングアーマー。周囲の木を巻き込みながらメキメキと音を立てて倒れたそれは、乾いた土と落ち葉を一気に舞い上げる。


「おおー」


 リビングアーマーの見事な腕前にバフバフと拍手を送るミア。

 ……平和だ。これこそが俺の求めていたものの1つの形と言っても過言ではない。

 枝を綺麗に切り落とし、小さな物は自分達の焚き火に使う。

 それ以外の物は出来るだけ同じ大きさで揃えて束ね、出来上がった丸太を40センチ程度の輪切りに。薪作りは順調に進んでいた。


 昼食を食べている間にもキビキビと働くリビングアーマー。それを見ていると、なんだか自分がサボっているようで、少々罪悪感を覚える。

 人に命令するより一緒に汗をかく方に幸せを感じてしまうあたり、人の上に立つ人間には向いていないのだろうなと、苦笑いを浮かべた。

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