第238話 馬脚を露す

「……ちゃん。……おにーちゃん。起きて?」


 ミアに体を揺すられ目を覚ます。


「……ん? あぁ、大丈夫。寝てないぞ……」


「ガッツリ寝てましたが?」


 言われた通り寝てしまっていたが、カガリからのツッコミはひとまずスルー。

 背中はワダツミで暖かく、前には焚き火。昼食でお腹も膨れれば、眠くもなるというものだ。

 欠伸をしつつも、大きく体を伸ばす。


「そろそろ、リビングアーマーさん止めないとまずいよ……」


 ハッとして辺りを見渡すと、周りは綺麗に切り揃えられた丸太の山。


「ストップ! もういい!」


 その声に動きを止めたリビングアーマーだったが、時すでに遅し。鬱蒼と生い茂っていた森も、今やただの草原だ。

 大きめのログハウスが10軒は建てられるであろう広さの切り株広場が、そこに出来ていたのである。


「あーあ。私しーらないっ」


「……切りすぎちゃいけないとは言われてないからセーフ!」


 まるで子供の言い訳である。とは言え、この量はどう考えても薪を貯蓄しておく倉庫には入らない。

 まだ日は暮れておらず、時間は恐らく15時前後。

 これを運び出すには流石に荷車が必要だ。それもかなりの往復が必要になる。


「はぁ……」


 怒られてしまいそうだが、切ってしまったものは仕方ない。まぁ、少ないよりは多い方がいいだろう……。などと楽観的に考えながらも、ひとまず荷車を取りに1度村へ戻ろうかと思ったその時だ。


「九条殿。誰か来るぞ……」


 何者かの気配を察したのはワダツミだ。口ぶりから敵意のある者ではなさそう。

 ガサガサと落ち葉を踏みしめる音が徐々に近づいて来ると、そこに顔を出したのはギルド職員であるグレイスだった。


「あぁ、こちらにいらしたのですね九条様。急な呼び出しで申し訳ございませんが、九条様にお客様がお見えになって……」


 俺達に気付いたグレイスは辺りを見渡し、言い切る前に言葉を止めた。

 そこに広がる閑散とした草原に驚いた――わけではなく。その瞳に映っていたのは一体のリビングアーマー。


「ボ……ボルグサン様!?」


 しまったと思った時にはもう遅かった。

 リビングアーマーに駆け寄っていくグレイス。そしてその目の前で大きく頭を下げたのだ。


「あの時は本当にありがとうございました! 今私がここにいられるのも全てあなた様のおかげですっ!!」


 もちろん返事は返ってこない。


「グレイスさん? それリビんむぐぐっ……」


 咄嗟にミアの口を塞ぐ。ミアが知らないのも無理はない。

 あの時、ミアはノルディックと一緒だった。巨大なワームを討伐したということは知っているが、そこに至る経緯までは説明していないのだ。


「ミア。訳は後で話すから、今は黙っておいてくれ」


 ミアの口を塞ぎながらも耳元にこっそり囁いた。

 いきなりのことで驚いていたようではあるが、コクコクと頷くミアにひとまずは一安心といったところ。大変なのはここからである。


 何度別人だと説明しても、嘘だと言い張るグレイス。


「私にはわかります! あの時、1番近くにいたのは私なのですから!」


「いや、ですから……」


「九条様が隠したい気持ちもわかります! 傭兵稼業はグレーゾーン。ギルドで請け負えない仕事もする無法者の集まり。ですが、ボルグサン様は違います。私を守り勇敢に戦ってくださった。そんな方が法を犯すようなことはあり得ません」


 いや、全然わかってない。グレイスの目は節穴かと問い詰めたいが、正体を見破られても困る為、強くは言えないのがもどかしい。

 だが、グレイスがそう考えてしまうのも仕方がない。何せ本人が否定しないのだから……。

 ミアとカガリには、グレイスを説得している間に荷車を持って来てもらったのだが、それが到着してもなお説得を続けている俺を見て、呆れたような表情を浮かべていた。

 全く話を聞かないグレイスの説得は一旦諦め、そこからは緊張の連続である。

 丸太を荷車に積めるだけ積んで村へ運ぶ手筈なのだが、グレイスはリビングアーマーの付近から離れようとしないのだ。


「じ……じゃぁ、2人で村まで運ぶから、みんなは火の番をしていてくれ」


「では、私もご一緒します」


「いえ……。2人で充分ですから。女性に力仕事はさせられませんよ……。ハハハ……」


「いえいえ、滅相もない。九条様こそミアと一緒に運んだ方がいいのでは? 村が近いとはいえお仕事中は担当同伴が基本ですし……。というか少しは気を使ってくださると助かるのですが?」


 もう、何と言うか目が怖い。暗にどっかに行けと言われている様で肩身が狭いのだが、それは出来ない。

 いや、正直に言えばいいだけなのは理解している。死霊術の秘密がバレることにもなるが、グレイスであれば口止めは可能だろう。

 結局は焚き火を消して、全員で村へと戻ることに。

 申し訳ないと思いながらも荷車はワダツミに引いてもらい、ミアはカガリの上。その後ろを追従するリビングアーマーにグレイス。その間に割り込み歩いているのが俺である。

 リビングアーマーとグレイスに挟まれ、隣からの視線が痛い。

 だが、バレない為にもそれは必要な事。被っているローブを取られてしまえば、一巻の終わり。

 フルプレートアーマーの中には何も入っていない空洞が広がっているだけ。それがリビングアーマーの見分け方。関節部分を見れば丸わかりなのだ。


 そして、それは起こってしまった――


 村の西門が見えて来ると、出迎えの為かコクセイが腰を下ろしている。その隣にいたのはネストだ。

 いつもの冒険者スタイル。黒ベースのローブに大きな三角帽。長い赤髪が妖艶で、魔術師というより魔女と言った方がわかりやすい風貌。

 ネストが俺達に気が付くと、胸の辺りでヒラヒラと手を振る。それは少し遠慮がちにも見えた。

 俺への客というのがネストなのだろう。果たして何の用事なのか……。

 合宿で使う建築中の宿の下見が目的で、ついでに少し顔を見に来ただけ……というのが理想ではあるのだが、できれば面倒臭くない用事であってほしいものだ。


「お久しぶりです。ネストさん。お元気でしたか?」


「久しぶりね九条。グリムロックは楽しかった?」


「ええ……。まぁ……」


 何故知っているのかなどとは聞かない。相手は貴族。俺の行方なぞいくらでも調べられるだろう。そもそも隠してもいない。


「で? 何しに行ってたの?」


「鎧の修繕に。バイスさんに腕のいい鍛冶屋を紹介してもらったので」


「あぁ、雷に打たれたって言うリビングアーマーの事ね。……でも、それ直したの? そうは見えないけど……」


 その視線の先には、俺の隣で直立不動を保っているリビングアーマー。

 ネストは、ノルディックの悪行を証言し俺の側についたグレイスが、すでにこちら側の人間だと思ったのだろう。

 当然、俺の秘密を知る者の1人として接し、会話の流れから自然と出てしまった言葉なのだろう事は疑う余地はない。

 悪気はないのだろう。しかし、今の俺にとっては致命的な一言であった。

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