第234話 なすりつけられた名誉
後はここで一晩を明かし、明日には帰路に付けるだろう。今日は枕を高くして寝れそうである。そう思っていた矢先のことだった。
一定だった波の音が激しく乱れ、僅かに不穏な空気が流れ始めた。
そこから海岸へと上陸する無数の黒い影。突如出現した魔物の群れを取り囲む海賊達。
篝火に照らされ、映し出されたのはサハギン達。この島は海賊達の土地である。敵ではないとはいえ、歓迎するはずもない。
サハギン達はそれ以上動かなかった。何かを探しているようにキョロキョロと周りを見回しているだけ。
その視線が一点を見つめ、そこから姿を現したのはセイレーンのイレースだ。
海賊達を押しのけ、サハギン達を睨みつける。
「女王様。お迎えに上がりました」
サハギン達はイレースの前に跪いた。女王が亡き後、それを継承するのはイレースしかいないのだろう。
「今更、何の用ですか? 自分達のやっている事。虫が良すぎるとは思いませんか?」
「お言葉ですが女王様、それが我らの海の掟。女王様こそがすべてなのです。ご存知でしょう」
「まだ戴冠するとは言っていません」
「それも知っておいででしょう。拒否権はありません。貴方様は既に女王様なのです」
サハギン達は頭を下げたまま動かない。すでに用意してある答えを淡々と発しているかのように答えるだけ。
「……」
イレースは悩むそぶりを見せなかった。こうなる事は予見できていたのだろう。むしろ含み笑いを見せるほどの余裕すら感じられた。
いや、気のせいだったかもしれない。何せ辺りは薄暗い。
「いいでしょう。貴方達の王へと成りましょう」
「いいんですか?」
これはイレースとサハギンの問題だ。口を出すつもりはなかったのだが、あまりの潔さについ口を挟んでしまった。
「ええ。私が海に出た時点で覚悟は出来ていました。言うなれば因縁のようなもの。丁度いい機会だから、海の掟を壊すことから着手させていただこうかと……。うふふっ……」
口元は微笑んでいるものの、目は笑っていなかった。
冷酷で氷のような微笑。黄金の瞳から放たれる光は、ほんの少しだけサハギン達に同情してしまうほどには悪辣なものであった。
新たな海の女王。それが海の魔物達にとって、吉と出るか凶と出るかは彼等次第。
出来ればイレースによる改革の結果を知りたいところではあるが、それはまだまだ先の話だ。
運がよければ、そんな噂も耳にすることもあるかもしれない。
そんなことを淡く期待しつつも、今回の旅路はようやく1つの区切りを迎えたのである。
「やっぱりこっちは寒いねぇ……」
「ふごふご……」
馬車の中でワダツミに抱き着いているのはシャーリー。それに返事を返しているのはミアなのだが、顔をカガリの腹に埋めている為、何を喋っているのかさっぱりである。
「寒いのはわかるが、ずっとその体勢じゃないか」
「だってこれが一番あったかいんだもーん」
現在はベルモントへと向かっている馬車の中。まずはそこでシャーリーを降ろしてから、コット村へと帰る予定である。
馬車の幌を捲ると、遠くに見える山々は雪化粧で真っ白。まるで巨大なかき氷連峰である。
「ちょっと九条! 寒いから開けないで!」
「はいはい。すいませんね……」
新品の防寒用コートを羽織り、馬車の中で縮こまる。
白狐の狐火で温まっていたら、馬車の中で火を使うなと御者に怒られてしまったのだ。
当然である。荷台が燃えたら一大事だ。
直接火を起こしている訳じゃないので大丈夫なのだが、それを説明したところで納得してくれるかと言われれば、答えはNOである。
常識的に考えて自分達が悪いのは百も承知なのだが、暖かかったグリムロックとの気候の差に慣れるまでは、若干苦労しそうだ。
ちなみに新品の防寒用コートは、サハギン討伐の報酬として頂いた金貨120枚を仲良く3人で分け合って購入させていただいた。
実際のところ討伐はしてないのだが、ハーヴェストギルドに顔を出すと、ギルド職員であるマリアからお礼の言葉を連呼され、訳も分からず報酬を渡されたのだ。
聞くとグリムロック側では、俺がサハギン達を追い払ったということになっているらしい。
その情報元はイレースだ。街一番のミンストレルが言うことならば、それなりに影響力があるのだろう。
正直余計な事をしてくれたとも思ったのだが、誰かがそれを成した事にしなければ、海の往来もままならない。
その濡れ衣を着せるのに丁度良かったのが、俺達だったのだろう。
そしてその情報通り、通常航路にサハギンが現れることもなくなり、ギルド所属のブルーオーシャン号も無事帰還を果たしていたのだ。
それは誤解だと説明しようにも、どこをどう話せばいいのか説明ができなかった。
海賊達と白い悪魔を倒し、海の平和を取り戻したとも言えず、新たな女王が誕生しサハギン達を連れて帰ったとも言えない。
そんなわけで、なし崩し的にその報酬を受け取ることになってしまったのである。
不満を露にした表情で不名誉な報酬を受け取り、ハーヴェストギルドを発とうと振り返ると、何の変哲もないギルドの依頼掲示板が目に付いた。
そこには1人孤独に佇んでいた可憐な少女の姿はなく、硬かった俺の表情も自然と綻んでしまったのだ。
というわけで、折角だからと防寒着を買う為街を見て回ったが、港も活気を取り戻していた。
最初に御者が教えてくれた通り港の方が人通りも多く、市場には威勢のいい声が響き渡る。
マーメイド亭では、新鮮な魚介をあしらった豪華な夕食も食べることが出来て、大満足だ。
そして街で一泊し、現在に至るという訳である。
「九条は残念だったわね」
「ん? 何が?」
「その鎧よ。修理するのが目的だったんでしょ?」
「ああ。確かにな」
本来の目的は、リビングアーマーとして使っていたプレートメイルの修理。
結局のところ、素材不足でそれは断念せざるを得なかった。アゲートと呼ばれる赤いメノウが手に入らなかったからだ。
バルガスに聞いたところ、大きな商店であれば取り扱いがあるかもしれないとの事なので、この先スタッグに行くことがあれば、リリーが懇意にしているマイルズ商会のウォルコットにでも聞いてみようとは考えていた。
とは言え、急ぐ必要もない。このクッソ寒い中、外出なんてもっての外。
ひとまずは暖かくなるまでコット村でジッとしていようと、俺は心に決めているのだ。
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