第172話 自信喪失

 目の前にはダンジョンの入口。大きな洞穴がぽっかりと口を開けていて、その大きさは直径にしておよそ3メートル程だ。

 ゴツゴツとした岩肌を見た感じでは、天然の洞窟のようにも見える。

 真っ暗で、外から中の様子を窺うことは不可能だが、レンジャーのおかげで入口からのトラッキングでもある程度の深度までは索敵可能。

 シャーリーはすでにそれを感知し、かなりの数の魔物が生息していることを皆に告げていた。


「準備の方はどうだ?」


 バイスは自分の鎧を装着しながら周りの様子を確認する。そしてその左手に持っている盾は、いつも愛用しているタワーシールドとは違っていた。


「それがドラゴンの角で作ったシールド……ですか?」


「ああ、金の鬣きんのたてがみの素材を惜しみなく使わせてもらったよ」


 大きさ的にはタワーシールドというよりカイトシールドに近い形状。それはバイスが扱いやすさに比重を置いたからだ。

 ドラゴンの角を削り出して盾の形にしたのではなく、他の金属と混ぜ合わせて成型した物。

 あでやかな艶と重厚感。黒い盾を縁取るゴールドの補強が高級感を演出し、それは唯一無二の逸品であることを証明していた。

 そのデザインセンスは、九条に贈られたローブによく似ている。


「九条様。松明はこちらでお持ちしますか? それとも魔法で辺りを照らした方がよろしいでしょうか?」


 グレイスの視線の先には、持って来た荷物に混ざった棒状の袋。

 サポート役兼ヒーラーであるギルド担当が松明の保持をするのは良くあることだ。


「いえ。松明は使わないので大丈夫ですよ」


「”狐火”」


 九条が白狐に視線を送ると、空中に現れた炎の塊で辺り一面が照らされる。

 各々の頭上でゆらゆらと揺らめく篝火のような炎の塊は、通常の炎とは違い青白く、その光量も段違いだ。

 さすがプラチナプレート冒険者だけのことはあるとグレイスは感心した。

 死霊術が役に立たない死に適性だということは理解しているが、魔獣使いビーストマスターとしては、目を見張るものがある。

 そこからのグレイスは、驚きの連続だった。

 鎧の装着を済ませたバイスは自分の武器を袋から取り出し、腰に巻き付けた。それこそがノルディックの探している物のひとつだったからである。

 ノルディックだけではない。世界各地に伝承として伝わっている伝説の武器や防具を探しだすのは、冒険者のロマンとも言えるだろう。

 それを探す為だけに冒険者になったという者も少なくはない。

 その噂は数知れず、ダンジョンの100層に封印されているだとか、古代遺跡の謎を解けば手に入るだとか、情報が錯綜しすぎていて、今やそのどれもが信憑性に欠けるものばかり。

 そのレプリカを本物だと偽り、高値で売りつけようとする者さえいる。

 だが目の前にある物は、明らかに本物。どれだけ出来の良いレプリカでも、本物を前にすればくすんで見える。

 素人でも真贋を見分けることは容易いだろう。それほどの存在感がにじみ出ていたのだ。

 それだけではない。シャーリーが手に持っているのも、そう言った伝説級の武器のひとつだった。


「し……失礼ですが、バイス様、シャーリー様。その武器をどちらで……?」


「ああ、落ちてたんだよ」


「そんなわけないでしょ!」……というツッコミを期待していたバイスだったが、残念ながら言葉が返ってくることはなかった。


「……」


「すまん。冗談だ……」


 バイスの謝罪はグレイスの耳には入らなかった。難しい顔をして俯き、何かを思案し押し黙る。

 

(私が聞いたところで、教えてくれるわけがないか……)


 その武器を携え「手に入れた場所の情報を売る」というだけで、国中の情報屋がこぞってカネを出し、教えてくれと懇願するだろう。

 本物を持っているのだ。その信憑性は折り紙付き。どんなに小さな情報でも、喉から手が出るほど欲するはず。

 バイスとシャーリーが、何時からその武器を所持していたのかは定かではない。だが、それを手に入れてもその噂さえ聞こえてこなかったのは、一流の冒険者だからだ。

 自慢したり、見せびらかせたりする輩は、所詮二流なのである。


「よし、皆準備できたな。じゃぁグレイスさん、悪いんだがちょっと作戦を変更させてくれ」


「えっ?」


 グレイスは目を細めた。土壇場で急に作戦変更する冒険者なんて聞いた事がない。

 緊急時にやむを得ず変えることはあるが、今がそうかと言われたら答えは否。異論を唱えられても仕方がない。


「そんなことを急に言われましても……」


「大丈夫ですグレイスさん。簡単ですから。最初の補助魔法をかけた後はついて来てくれるだけでいいです。回復も含めて魔法の使用は全てグレイスさんの判断で構いません。休憩も臨機応変に入れますので」


 それは、グレイスが納得できるものではなかった。

 本来であれば、魔力残量など報告し合い、休憩時間などの綿密な計画を立てるものだ。実際九条との作戦会議で、ある程度は決まっていた。

 それをギルド担当は数日の内に頭に叩き込むのだ。九条が言っているのはそれを忘れろという事である。


(やはり、プラチナ。やりたい放題ね……)


 とは言え、強く言われたら断れないのがギルド担当。油断は厳禁だが、腐っても九条はプラチナだ。死ぬようなことにはならないだろう。

 最悪、帰還水晶を使えばいいのである。


「……わかりました。陣形はどうしましょう?」


「アローヘッドで行きましょう。最前衛にバイスさん、その両脇にコクセイとワダツミ。その後ろにシャーリーと俺。中央にグレイスさん、その後ろに白狐で、最後尾にボルグサンということで」


「了解しました」


 九条が知っている陣形はバイスから教えて貰った3種類のみ。

 今回は従魔達を含めるとアタッカーが多く、目指すのは最速攻略。なので攻撃優先の陣形を選択した。

 アローヘッドは突撃陣形の1つ。文字通り、矢じりのような形を保持しつつ進んで行く。中央は一番安全な場所。ヒーラーの位置としては申し分ない。

 それにはグレイスも不満はなかった。


「よし! じゃぁ行きますか!」


 バイスが先頭に陣取ると、全員の位置を確認しダンジョン内部へと足を進めていく。

 中は狐火のおかげで十分な視界が保たれ、気になる悪臭もそれほどではない。

 全員がダンジョン内へ入ったのを確認すると、バイスはグレイスに声をかけた。


「遅れるなよ?」


「はい……」


 グレイスの声には少々の不満が混ざっていた。


(ついて行くだけなのに遅れる訳がないでしょ……。これでもゴールドプレートの職員よ。初めてだから、信用ならないのはわかるけど……)


 そんなグレイスの思考を遮ったのは、シャーリーの声。それは落ち着いていたが故に小さく聞き取り辛い。


「正面D2、右前D1」


「ほい」


 それに軽く相槌を打つバイス。腰の刀を引き抜くと、それを素早く振り抜いた。

 ただの素振りにも見えたそれは、突風を巻き起こすと、遠くから魔物のものであろう悲鳴が聞こえたのだ。


「ダウン確認。……いけるね」


「よし、じゃぁそろそろ本気でいきますか」


 その瞬間、バイスを先頭に全員が走り出した。

 そしてグレイスは理解したのだ。バイスの言葉の意味を。

 ついて来るだけでいい――だから遅れるな――ということなのだろうと。




「左小部屋にC3! 正面B1! 右前C4D6!」


「シャーリーは左、九条は右、俺は正面だ!」


「ゼェ……ゼェ……」


 現在は地下12階層を進行している。……いや、進行しているなんて生易しいものじゃない。走り抜けていると言った方が正しい。もちろん全ての魔物を討伐しながらだ。

 時折起こる小さな地震で足を止めることはあるが、それは休憩と呼べる代物ではない。

 本来であれば10層のダンジョンの攻略には、片道平均半日は掛かる。だが、ダンジョン突入からまだ3時間程度しか経っていないのだ。

 グレイスの体力は既に限界だが、それ以外の者は疲れさえ見せていなかった。

 ずっと走りっぱなし。それは全速力ではなくマラソン程度の速さではあるものの、明らかにダンジョンを攻略する速度ではない。

 グレイスが、シャーリーの言っている言葉の意味を理解したのは、地下4層の辺り。

 魔物の位置、討伐難易度、そしてその数を報告しているのだ。

 トラッキングスキルからの情報をこの速度で正確に伝えている。その処理速度はグレイスの理解を超えていた。

 バイスの風の刃が魔物を微塵切りに。シャーリーから放たれた矢は直線上に並んだ魔物をまとめて屠るほどの貫通力。そして九条の従魔達。正に破竹の勢いである。

 グレイスは地下2層の時点でマッピングの速度が追い付かなくなった。それを九条に伝えると、そんなもの最下層からの帰り道ですればいいと言われたのだ。

 それは最下層まで確実に攻略できると言っているようなものであり、そんな確証はどこにもない。

 常識外れのパーティ……。それにグレイスの理解が追い付かなかった。


「ゼェ……ゼェ……ゲホっ……」


「ちょっと止まってくれ」


 九条がパーティーの進行を止めると、グレイスに近づきその顔を覗き込む。


「大丈夫ですか? グレイスさん」


「ゼェ……すいません……ゼェ……大丈夫ですから……。まだ……走れます……」


 誰の目から見ても無理をしているのは明らかである。グレイスの体力は限界に近かった。

 九条はそうなるだろう事はわかっていた。その為のボルグサンである。


「白狐は最後尾へ。ボルグサンはグレイスさんを頼む」


 その瞬間、ボルグサンはほんの少し屈んで見せるとグレイスをヒョイと持ち上げた。お姫様だっこである。

 グレイスの顔が途端に赤みを帯び、なんとか降りようと試みるも、そんな力は残されていない。

 そして、ボルグサンの存在意義にようやく気が付いたグレイスは、酷く落胆した。

 荷物持ちとして雇ったと言っていた九条だったが、その荷物のほとんどは九条が背負っていた。

 九条の代わりに戦っているのは従魔達。本人が戦わず荷物を持っているのは理に適っているのだが、じゃぁボルグサンは何の為に雇ったのか。


(そっか……。私がお荷物なんだ……)


 グレイスはノルディックの担当をしているのだ。どんなパーティでもそれなりにやっていく自信はあった。だが、それがここでは通用しないということを思い知らされ、打ちひしがれた。


「……ありがとうございます」


「……」


 グレイスは、動けない身体でボルグサンに礼を言うも、その返事はなかった。

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