第173話 小休止
ケイブスパイダー。その名の通り深い洞窟を住処とし、群れで生息するタイプの蜘蛛の魔物。
それが巣くっていた地下22階層を一掃し、九条達は狐火を囲い暖をとっていた。
ダンジョン攻略は概ね順調で、今回が始めて最初のまともな休憩であったが、九条は安堵していた。
ここまで無事に来れたこと――ではなく、魔物の言葉を理解出来なかったからである。
(恐らく、ある程度の知能がなければ言葉として認識しないのだろう……)
ここまで出会った魔物はスパイダー種にインセクト種。リザード種とアンデッド種が大半だ。
ゴブリンやオーク。オーガやトロールといった亜人種が確認出来ないことから、ここは揺らぎの地下迷宮ではないだろうと結論付けた。
それは九条にとっては救いであり、おかげで九条は躊躇うことなくダンジョン攻略に集中出来ていた。
一方のグレイスは最初の補助魔法をかけただけで、あとは走って、疲れて、抱えられていただけ。
グレイスは自分の不甲斐なさに嫌気がさしていた。しかし、それでも腹は減る。
白狐の狐火で干し肉を炙り、噛み千切る。正直言っておいしいとは言えないが、冒険者のダンジョン内での休憩と言えばコレ、というくらい定番の保存食だ。
「ねぇ、バイス。その盾を鉄板に干し肉焼けば、もっとおいしくなるんじゃない?」
「名案だな! ……って言うわけねーだろ! ふざけんなよ。この盾作るのにいくらかかってると思ってんだよ」
「いいじゃん別に。貴族なんでしょ? 焼肉の匂いがする盾ってのも珍しくてよくない?」
「どんな飯テロだよ! 戦闘に集中出来ねーだろ……。それとお前は貴族を何か勘違いしてるだろ? 貴族イコール金持ちみたいな考え方はやめろ」
九条は自分の従魔達の働きを労い、バイスとシャーリーはあーだこーだと雑談に花を咲かせていた。
それを遠くから見ているグレイス。それは物理的にではなく、精神的に。
グレイスは臨時の担当。このパーティの仲間とは呼べない。だが、グレイスは居心地の良さを感じていた。
(私の事を心配してくださる九条様……。それに人懐っこい従魔達……)
良く言えば和気あいあい。悪く言えば緊張感のないパーティだが、二度とこんなパーティは組めないと断言できる。
もちろん雰囲気だけではなく、その強さも群を抜いていた。
途中出会った討伐難易度B+のジャイアントスコーピオンを、いとも容易く屠ったのだ。
その素材は高額で取引され、倒せば一喜一憂するほどの大物である。しかし、九条達はそれに見向きもせず、走り抜けたのである。足を止めたのは出会ったほんの一瞬であった。
(個々の強さはさておき、パーティ単位で考えれば、恐らくノルディック様の専属パーティよりもお強い……)
グレイスはノルディックから2つの任務を与えられていた。
1つは、九条達を出来るだけこの場所に足止めしておくことだが、それはすでに諦めていた。
(こんな速度でダンジョンを攻略するパーティ……。私にはどうしようもない)
マッピングの速度を遅くしたり、魔法の出し惜しみで時間を掛けたりと色々考えていたグレイスではあったが、どれだけ策を弄したところで、大した時間稼ぎにはならないことは明白。
そしてもう1つは、九条の実力を見極めることだ。
ノルディックは九条が第2王女の派閥に入ることを良く思っていなかった。自分の今の地位を、同じプラチナの九条によって脅かされるかもしれないことを危惧している。九条の存在を目障りだとさえ思っているのだ。その点は九条と利害が一致している。
とは言え、ノルディックも第2王女には逆らえない。形だけでも九条を派閥に誘わなければならなかった。
それとは別に、九条の強さが気になるのは事実。王国に3人いるプラチナの内、戦闘型は九条とノルディックのみ。
どちらが上なのか気になるのは当然だ。その見極めをグレイスを通じて得ようとしていた。
ついでに九条の弱点でも見つけることが出来れば万々歳だが、グレイスはこれについても明確な答えが出せずにいたのだ。
九条は従魔達を戦わせてはいるものの、本人はほぼ手を出していないのである。
(従魔を九条の力と見るのであれば強いと言える。けど、本人のみの強さと問われると……)
九条については色々と調べた。ギルドの模擬戦でシルバープレートのロイドを打ち破ったという話は聞くのだが、それ以外の情報がまるで出てこない。
履歴が残っていないのだ。プラチナプレート冒険者のクセに、ギルドの依頼を全く受けていないのである。
故にこの機会は九条を見極めるのに丁度いいと考えていたのだが、グレイスは困惑していた。
(こんなめちゃくちゃなパーティを、一体どうやって説明すればいいのか……)
嘘偽りなく伝えたところで、ノルディックが信じてくれるかは別である。
「よし。そろそろ再開すっか」
バイスが重い腰を上げると、皆それに合わせ立ち上がる。
グレイスは今度こそ足手まといにはなるまいと気合をいれたが、協議の結果、最初からボルグサンに抱えられることに。
グレイスはその扱いに異議を唱えたものの、それが通るはずもなかった。
「シャーリー、矢の残りは平気か?」
「んー、大丈夫だと思う……。けど、アイアンを3本だけ頂戴」
「ああ」
矢は剣とは違い有限だ。なので効率よく使用する為、シャーリーは纏めて仕留められる時だけに限定して放っている。
それ以外の時間は、トラッキングスキルに意識を集中しているのだ。
シャーリーが魔物の気配を見逃してしまえば、パーティ全体を危険に晒すことになる。通常のダンジョン調査ならリカバリーも効くが、今回はその攻略速度故、そうはいかない。
ただでさえ近くに九条の従魔達やボルグサンがいる。その大きな反応が索敵の阻害をしているのだが、そんなことで弱音を吐くシャーリーではないのだ。
九条が腰に付けていた矢筒からアイアンと呼ばれる鉄製の矢を引き抜くと、背中を向けたシャーリーの矢筒に押し込んだ。
「ありがと、九条」
それは何気ない一言だった。矢を取ってくれたお礼。それだけのことだ。
だがグレイスはそんなことさえ言われたことがなかった。ノルディックに命令されればそれに従うだけの機械のような扱いだ。
ギルド担当としては間違ってはいない。お礼を言ってほしいが為に行動しているわけではない。だが、同じプラチナと言うだけで、どうしても九条とノルディックを比較してしまう。
「九条、少しペースを落とすが構わないか? ここからはそこそこ強い魔物も多くなるはずだ」
「もちろんです」
(九条様は仲間の意見に耳を傾け、それを尊重するのに……)
ノルディックは同じパーティメンバーだったとしても、他人の意見なぞ聞かない。そもそも意見することさえ許されてはいないのだ。
それがノルディックのやり方だ。仕方がないのはグレイスも理解している。
(でも、どちらと組みたいかと言われれば……)
グレイスの心は、揺り籠のように揺らいでいた。
「……レイス? ……グレイス! 聞いてんのか? いくぞ?」
「も……申し訳ございません。考え事をしていて……」
バイスに呼ばれ、我に返ったグレイスはペコペコと頭を下げる。
(失態だ……。もう余計なことを考えるのは良そう。考えたところでどうにもならないのは、自分自身が良く知っている。それよりも、集中しなければ。少なくとも今だけは九条様の担当なのだから……)
グレイスは全員に補助魔法をかけ直し、ボルグサンへと歩み寄ると、甘んじて抱きかかえられた。
「ありがとうございます」
「……」
返事は返ってこなかった。
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