第171話 ダンジョン調査依頼:二日目

 プラヘイムの街で一泊して、ノルディック達と同じ時間に街を出る九条達。

 ここからは別々の道のりだ。

 九条一行はノーザンマウンテンへと向かう為、北へ。ノルディック達はプラヘイム東の遺跡へと向かう為、南東に進路を取った。

 九条はミアが見えなくなるまで手を振り続け、断腸の思いで送り出すと、ようやく行動開始である。

 街の北門を抜け、少し広くなっている更地に馬車を止める。


「じゃぁ、プラヘイムの街で待っていて下さい」


「わかりました。九条様もお気をつけて」


 帽子を取り、深く頭を下げた御者は、馬車に繋がれていた2頭の馬を荷台から切り離すと、そのまま町まで馬を引いて行った。

 残ったのは馬車の荷台だけ。まったくもって意味不明な行動にグレイスは困惑の表情。

 それとは別に、馬車には昨日までいなかった知らない人が乗っていた。

 九条が出発前に雇ったと言っていた、荷物持ちのボルグサンだ。サンは敬称ではなく、サンまでが名前らしい。

 フルプレートの黒い鎧を着込んだ男。鎧の上からはボロボロのフード付ローブを着込んでいるのに加え、フルフェイスの兜を被っているので顔は見えず、一言も喋らない。

 どうみても荷物持ちというより重装戦士だが、纏う雰囲気は不気味だ。

 しかし、グレイスはプラチナプレート冒険者の決定に意見することなどしない。それが一流のギルド担当というものだ。

 グレイスは今日もワダツミに乗れるかもと期待に胸を膨らませていた。あの快適な乗り心地は一朝一夕で忘れられるものではない。

 頃合いを見計らって自然に言い出すことが出来れば、九条が許可してくれるだろうと思っていたのだ。

 シャーリーは白狐に跨り後方で待機。バイスと九条の2人は馬車から飛び降りると、荷台を見ながら何かを話している。

 車内に取り残されたのは、グレイスとボルグサンの2人きり。


「き……今日はいいお天気ですね」


「……」


 気まずい雰囲気を少しでも払拭出来ればと、グレイスは精一杯の笑顔を作るも、ボルグサンは返事をしない。

 それはギルド職員の処世術。返事を求めたわけではなく、その反応でボルグサンの扱い方を決めるのだ。

 ギルドには個性豊かな冒険者が集まる。その中には話しかけるのを嫌う人や、必要なこと以外喋らないという人も中にはいるのだ。

 ボルグサンもこのタイプなのだろうと、グレイスは必要外で話しかけるのをやめた。


「すいませんグレイスさん。手が空いているなら、後ろの幌を閉めてくれませんか?」


「ええ、構いませんよ」


 九条の指示に、服のシワを気にしながら立ち上がったグレイスは、幌の上部に纏められていたカバーを紐解き、それを下ろすと荷台へと結びつける。


「出来ました。後は何かございますか?」


「ありがとうございます。後は特にないので、しっかり掴まっていてください」


「はい。……え?」


 九条の声は馬車の前方から聞こえた。ふとそちらに目をやると、グレイスはその言葉の意味を理解し、全身に悪寒が走った。

 馬が繋がれていた場所にはコクセイとワダツミ。2匹の従魔には荷台へと繋がるハーネスが付けられていたのだ。

 そして九条とバイスが馬車に乗り込むと、一言。


「舌を噛まないよう気を付けてくださいね」


 すると馬車はゆっくりと動きだし、そのままぐんぐんと加速する。比例して伝わる振動も、誰もが味わったことがないほどの激しさ。

 その速度は尋常ではなかった。


「ひゃぁぁぁぁぁ!」


「すげぇすげぇ! スリル満点だ! いいぞ九条! もっとやれ!!」


 悲鳴を上げるグレイスに、ノリノリで下品に笑うバイス。

 馬の脚では確実に出せないであろうスピードで山道を駆け上がっていく。

 それでもコクセイとワダツミは、全力を出してはいなかった。

 荷台は何時壊れてもおかしくないほど跳ねまわっているが、九条はそれを気にしてはいない。

 最悪、壊れたら弁償すればいいと考えているのだ。片道だけ持てばいいのである。

 馬車の所有者である御者には荷台のレンタル料として、昨日の内に金を握らせている。


 並の馬では半日ほどかかるであろう山道を2時間ちょっとで登り切り、目標地点に到着すると、いの一番に荷台を飛び出したのはグレイスだ。


「うっぷ……」


「……大丈夫ですか? グレイスさん……」


 気持ち悪そうなグレイス。あの振動が2時間も続けば、乗り物酔いは当然。


(可哀想だが、これも時短の為だ……)


「九条様。魔法の使用許可をいただけますか? 酔いを治したくて……」


「ええ、どうぞ」


 グレイスが胸のプレートに触れると、その手が輝き出す。


「【治癒術キュア】」


 その光が収まると、先程の辛そうな表情は一変して穏やかに。そしてグレイスは九条に頭を下げた。


「ありがとうございます」


「いえ……」


 九条は、そのやり取りに違和感を覚えた。


(何故魔法を使うのに、俺の許可を取ったんだ? ミアは勝手に魔法を使っているが……)


 冒険者の許可なく担当が魔法を使ってはいけない――なんて規則はない。

 九条はそれに疑問を感じ、グレイスの肩を叩いた。


「すいません。何故今、許可を求めたんですか?」


 それを聞いたグレイスは自分の失態に気付き、口に手を当てると顔面蒼白になった。


「ごめんなさい! 今のは聞かなかったことにして下さい! ノルディック様には内緒に……。お願いします! なんでもしますから!」


 態度を急変させ九条のローブを両手で掴むと、必死に懇願するグレイス。


「わかりました。大丈夫です。聞かなかったことにしますから!」


 九条は必死に訴えかけるグレイスをなだめると、グレイスは少しずつ落ち着きを取り戻し、荒くなっていた呼吸も平常を取り戻した。

 それを見ていたバイスとシャーリーが覚えたのは、ノルディックに対する不信感だ。

 九条を含め、考えていることは皆同じであった。グレイスをここまで追い詰める何かをノルディックは強要しているのだ。


 ――――――――――


 視線を落とし、唇を噛みしめる。グレイスは酷く後悔した。


(やってしまった……。いつもの習慣が裏目に出てしまった……)


 ノルディックは担当が勝手に魔法を使うことを認めてはいないのだ。故に許可を取るのが絶対のルールだった。

 それを破れば罰を与えられ、担当を外される。勿論それを口外することも禁止されていた。

 担当を外されるだけならまだいいが、問題は罰の方である。

 その内容はわからない。それを受けたギルド職員達は絶対に口を割らず、そして全員が姿を消すのだ。

 ノルディックは王国最強の冒険者であり、その後ろには王家が付いている。逆らうことは死を意味していると言っても過言ではない。


 グレイスがそれを知ったのは、ノルディックの担当として選ばれた日。グレイスは6人目の担当であった。

 それを知らない他のギルド職員達はグレイスに嫉妬する。ノルディックに選ばれるなんてツイていると。


(知らないということが、どれだけ幸せなことか……。いい気なものね……)


 今回の担当変更の件を聞いた時、グレイスはミアに同情した。

 九条がミアに執着していることは周知の事実。それが九条の性癖であり、幼い子供に劣情を抱く変態というのが通説だ。

 だが、それを口に出す者はいない。ノルディックと同じく、九条の後ろにも王家が見え隠れしているからだ。

 グレイスは、タイミング良くミアと会うことが出来れば、同じ境遇におかれた者同士、心を通わせ仲良くなれるかもと密かに思いを巡らせていた。

 だが、それはグレイスの思い違いであったのだ。


(なんで、笑っていられるの……)


 初めて見たミアは笑っていた。九条と共に王都を歩くミアは大きな魔獣の背に乗り、2人で幸せそうに屋台の串焼きを頬張っていた。

 妬ましいとは感じなかった。むしろ羨ましかったのだ。その幸せを分けてほしいとさえ思った。

 そして、今度は別の意味でミアに同情した。

 1回限りとは言え、ノルディックの担当になってしまったことをだ……。彼の内面を知らないミアが、あのパーティに耐えれるとは到底思えなかった。

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