第155話 ゴブリン襲来

 それから数日が経過した。いつもなら目覚める時間なのだが、今日はミアも休日。

 2人でのんびり過ごそう……そう思っていた矢先のことだった。


「敵襲ぅぅぅぅーーーー!!」


 カイルの大声と、カンカンという板木を叩く音が辺りに響くと、村が一斉に目を覚ます。

 それは、村の物見櫓に付いている非常用の警報だ。

 カガリを除いた3匹の魔獣達は、3階の高さをものともせず窓から飛び降りると、音の鳴る方へと駆け出した。

 コクセイは皆より一回り大きいのを忘れていたのか、通り抜ける際に窓枠を若干破壊していった。

 だが、それを咎めるのは後だ。


「ミアはここにいろ。カガリはミアを頼む」


「気を付けてね……。おにーちゃん」


 ミアに無言で頷くと、ローブを羽織りメイスと魔法書を抱え、急ぎ部屋を飛び出した。

 ギルドを駆け降り、食堂の扉を開けると、キョロキョロと辺りを警戒しながらギルドへと向かう村民達の姿。着の身着のままといった状態で、その表情は不安そのもの。

 それを横目に村の西門へ駆け出そうとしたその時だ。先行していた3匹の魔獣達が戻ってくるのが目に入った。

 何となく意気消沈しているようにも見えたのは気のせいではない。俺の顔を見ると同時に溜息を漏らす。


「どうだった? 何があった?」


「後は九条殿に任せます」


 白狐はそれだけを言い残し、他の2匹と共に食堂の中へと帰っていった。


「任せるって……」


 それをボーっと見つめていると、物見櫓から大声で叫ぶカイルの声で我に返る。


「九条! 早く来てくれ!!」


 そこには既に数人の冒険者が集まっていた。

 村の冒険者はカッパーとブロンズばかり。ミア人気でシルバー以上の冒険者もちょくちょく村に顔を出すこともあるが、村に寝泊まりするほどの依頼を受けることは稀だ。

 とは言え、カイルという指示役がしっかりしていたこともあり、開けたばかりの門を閉じようとする者と、武器を構え侵入を警戒する者とで上手く連携が取れているように見える。

 その閉じかけの門から村を出ると、村を囲んでいた魔物達を見て気が抜けた。


「何してんだよ……」


 そこに集まっていたのは、紛れもなくダンジョンで出会ったゴブリン達である。

 白狐の言っていたことをようやく理解し、項垂れる。

 各自が武器を持ち構えている姿は、以前ダンジョンで俺の前に立った時と一緒。俺の姿を見て後退る者にガタガタと震える者。

 それを見て、隣にいた冒険者が感嘆の声を漏らす。


「さすが九条さんだ……。姿を見ただけで怯んでいるぞ……」


 やめてくれ。ゴブリン相手にイキってどうするというのだ……。

 そんなことより、アイツ等は何をしに来たのか……。

 俺の姿を見て動揺していることから、俺を訪ねて来たという訳ではないだろう。武器も構えていることだし、攻めて来たと解釈するのが1番理に適っている。

 ゴブリンは人を襲うことはなかったんじゃないのか? それともまたゴズのような魔物に目を付けられ、村を襲えと命令されたのか……。


「後は俺がなんとかするから、皆は下がっていてくれ」


 これはツケだ。ダンジョンで奴等を見逃した俺の責任。自分でなんとかしなければ。

 あちらから攻めて来たのだ。もう容赦する必要もないだろう。


「俺が出たら門を閉めて待機しててくれ」


「わ……わかりました」


 俺が村の外へ出ると、木製特有の軋む音が唸りを上げ、門は完全に閉じた。


「九条! 援護はいるか!?」


「危なそうなら頼む」


 櫓の上から叫ぶカイル。それに振り向かず答える。相手がゴブリンとは言え油断はしない。


「よしきた!」


 カイルはそれを聞いて、弓に矢をつがえた。

 村の門に覗き窓はついていない、俺の事を見ているのは櫓にいるカイルだけだ。

 最近は移住者や冒険者が増えたこともあり、あまり大っぴらに死霊術を使えないのだが、最悪目撃者がカイルだけなら大丈夫だろう。

 ゴブリン達との距離はおおよそ30メートル前後。俺はこれからあのゴブリン達を殺す。恐らく一方的になるだろうが仕方がない。

 深呼吸して覚悟を決めると腰のメイスに手を掛け、一気に距離を詰めた。


「「——ッ!? ヒィィィィィィィ!!」」


 それを見たゴブリン達は驚きのあまり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのだ。

 自分達よりもはるかに強い存在が武器を構え猛ダッシュで近づいてきたら、そりゃそうなる。

 恐らくリーダーのような者は存在しないのだろう。

 100匹近いゴブリンがバラバラに逃げるもんだから、どれを追えばいいのかわからない。


「なんなんだよ……」


 幼稚園児と鬼ごっこをする先生ってこんな感じなんだろうか……。などと悠長に考えている場合ではない。

 相手は魔物、逃がすわけにもいくまい。ここで逃がし、再来されても面倒だ。

 左手で魔法書に触れ、右手を左から右へと走らせる。


「【死骸壁ボーンウォール】」


 逃げ出さぬようゴブリン達の外側に半円の壁を出現させた。

 突然、目の前に真っ白な絶壁が現れたのだ。ゴブリン達は逃げ道を探し最早パニックである。

 逃げ道は塞いだ。後は叩く順番だが、悩むだけ無駄だと何も考えずに右から順番に潰していくことにした。

 それを実行しようと足を踏み出したその時だ。1匹のゴブリンが目の前で盛大にズッコケた。

 そして起き上がろうとするそいつと目が合ったのだ。

 またコイツか……。膝とおでこに擦り傷のあるゴブリン。今転んだ所為で、治りかけていた傷跡に更に追い打ちをかけたようだ。

 きっとコイツはドンくさいのか、毎回貧乏くじを引く運命なのだろう。

 そう考えると似ているのかもしれない。運悪く神に殺された俺と……。

 そいつに近づき上から見下ろす。立ち上がろうともしないゴブリンは、ただなす術なくガタガタと震えていた。

 恐怖に染まった瞳から溢れ出る涙。


「ゴメンナサイ ゴメンナサイ ゴメンナサイ ゴメンナサイ……」


 何に対して謝っているのか……。村に攻め入ろうとしたことか? それとも俺に刃を向けたことか?

 どちらにしても、もう遅い。全て終わったら念仏でも唱えてやろう。


「お前も転生できたらいいな……」


 わかっている。恐らく出来ないだろう。そしてメイスを振り上げる。

 ゴブリンは恐怖に負け、目を瞑り顔を逸らすと両腕で顔を覆った。

 そんな細腕で防御しているつもりなのか……。


 ここでコイツ等を見逃せば、後々面倒なことになるかもしれない。

 1匹だ。最初の1匹をってしまえば、恐らく次からは何も感じることはない。

 力を入れる必要もないのだ。メイスの自重だけでも倒せるだろう。簡単なことだ。今すぐ右手の力を抜けばいい。

 ……それなのに何故出来ない? 後始末が面倒だからか? 死体処理? そんなもの村の冒険者にやらせればいいのだ。

 村を守ったのだ。村人もきっと喜んでやってくれるだろう。もしかしたらコクセイが食ってくれるかもしれない。選択肢は山ほどある。


「クソッッ!!」


 盛大な舌打ち。俺は目の前で震えているゴブリンの細腕を左手で掴み持ち上げると、その首元にメイスの先を突きつける。


「静まれ! コイツがどうなってもいいのか!」


 どうにも出来なかった俺が言えた義理ではないか……。ゴブリンさえ殺すことの出来ないプラチナプレート冒険者。なんと滑稽なことか。

 俺に捕まり、力なく宙吊りにされている仲間を見て、ゴブリン達は動きを止めた。

 どうやら仲間意識はあるようだ。


「ここに集まって正座しろ」


 持っていたメイスで空中に円を描く。圧倒的強者からそう言われればそうするしかない。

 ゴブリンは魔物の中でも最弱。命令を聞く対象が、ゴズから俺に変わっただけだ。


「座れ」


 1カ所に集まったゴブリン達はどうしていいかわからない様子だったが、1匹のゴブリンがその場に座ると、それを真似て皆もその場に座った。

 それは正座ではなかったが、細かいことは置いておく。ほとんどの者が俺と目を合わせようとせず、俯き加減で怯えている。


「村を襲いに来た理由はなんだ?」


 するとゴブリン達は顔を上げ、その視線は俺が捕まえているゴブリンに向けられた。


「……オレ達……イク所ナイ。……ダンジョン、ネグラニシタイ。デモ、ダンジョンノ主、オマエ」


「俺を殺してダンジョンを奪おうとしたのか?」


「チガウ! ソウジャナイ! オマエニ勝テナイ、ワカッテル。……ダンジョン、ネグラニスル。カネ必要。オマエニ払ウ」


「俺に?」


「ソウ。オレ達、ニンゲンノ金持ッテナイ」


 やはり見逃した俺の責任だ。ダンジョンに住むための対価として人間の通貨が必要になり、村を襲ってそれを手に入れようとしたのだ。

 ゴズはオークだから食料を対価に。俺は人間だからカネという事なのだろう。つまりは家賃だ。

 確かに魔物が人間の通貨を手に入れるとしたら人を襲い、奪う以外の道はない。

 恐らくこの辺りでは1番小さい規模のコット村なら勝ち目があると踏んだのだ。

 そして俺の存在を知らずに、早朝の開門を狙って攻めて来たというわけか……。

 ゴブリンに言うのも酷だが、もうちょっと下調べはした方がいいと思う。


「わかった。とりあえず話し合おう。西の森に炭鉱があるのは知ってるか?」


「タンコウッテナンダ? 洞穴ノコトカ?」


「そうだ。俺がお前達と話しているのを他の人間に見られるのはマズイ」


「ソウナノカ? アイツハイイノカ?」


 ゴブリンが指さした先にいるのはカイルだろう。

 振り向かなくてもわかる。カイルは後で口止めしておけばいい。過去、俺にしたことを考えれば口出しできないだろう。


「カイルはいいんだ。お前達は追い払ったということにしておく。2度とこの村には近づくな。わかったら先に炭鉱へ向かえ」


 ゴブリン達はペコペコと頭を下げながら森の奥へと消えていった。

 ひとまずは追い返すことは出来た。後はカイルの口止めをすれば村の方は大丈夫だろう。

 しかし、そこにはもう1人。俺のことを監視していた者がいたのだ。

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