第156話 新規登録

 物見櫓から九条の様子を見ていたカイルは、首を傾げていた。

 九条がピンチになればすぐに援護するつもりで弓を引き絞っていたのだが、どうやらそれも必要なさそうだ。

 声は聞こえないが、九条がゴブリンを1匹捕まえると全員が大人しくなった。


「人質……か?」


 一体何をしているのかと思い注視していたカイルであったが、突然隣からぬるりと顔を出す者がいた。


「おい、婆さん危ないぞ!?」


「たわけ! お主に言われるほど衰えておらんわ。そんなことより静かにしろ。気づかれてしまうじゃろが」


 村のはずれで魔法書店を営んでいる老婆のエルザだ。

 杖を突いて歩いているところを見ると、足が悪いのだろうと思っていたのだが、建物にして3階相当の高さがある櫓を、音もなく登って来ていたことにカイルは驚きを隠せなかった。


「ヒッヒッヒッ……。あの男、やはり……」


 隠れるように九条の様子を窺うエルザのねっとりとした視線。

 怪しい笑みを浮かべるエルザを見て、カイルは関わるのはやめようと顔をひきつらせた。

 ゴブリンが森に帰っていくのを見届けた九条がカイルに門を開けるよう頼んだ時には、既にエルザの姿はなかった。

 カイルが櫓を降りると、そこには他の冒険者達に囲まれ愛想笑いをしている九条。


「おい九条、さっき……」


「カイル、ちょっと待っててくれ」


「ん? ……ああ……」


「ゴブリンなんて大したことないだろう? ほらほら。脅威も去ったことだし、皆はいつも通りの仕事に戻ってくれ」


 九条が場を鎮めると、冒険者や野次馬の村人達もぞろぞろと帰路に就く。

 そして2人きりになったところで、九条がカイルを引き寄せ囁いた。


「言いたいことはわかる。だが、これは他言無用で頼む」


「お……おう……」


 エルザのことを耳に入れておこうとしたカイルであったが、九条は何事もなかったかのように、ギルドへと戻って行ったのだ。


 ――――――――――


「コクセイ、急にすまないな」


「構わんさ。どうせさっきのゴブリン達だろう?」


「ああ」


 コクセイの背に乗り森を駆ける。あっという間に炭鉱の前に辿り着くと、松明に火を点け足を踏み入れる。

 入口より少しだけ奥に入ったところで、ゴブリン達は固まっていた。

 ゴブリン達の長なのか、ただのパシリなのかよくわからないが、俺と話す奴はいつも同じ擦り傷持ちの奴だ。


「ここの炭鉱であれば住んでもらって構わない。恐らくこっちの方がお前達にとっても安全なはずだ」


「十分ダ。オマエ、カネ、イラナイノカ?」


「人間に迷惑を掛けないということだけ守ってくれればカネはいらない。できるか?」


「デキル。ソレダケカ?」


「後は、そうだな……。あまり汚すな」


「ワカッタ。ソレダケカ?」


「後は特にないが……」


「簡単スギル。マダデキル」


「そう言われてもな……。そうだ!」


 あることを思い出した俺は、コクセイとゴブリン達を連れて炭鉱の奥へと進み、ダンジョンへと案内した。

 ほとんどのゴブリンは見たことがないだろうダンジョン内部にキョロキョロと警戒しながらも、ペタペタと足音を立ててついて来る。

 そして辿り着いたのは分かれ道のある4層の大部屋。


「この床の掃除を頼む」


 そう。思い出したのはこの床である。

 俺が指さした先は、ヌルヌルと滑るラードがこびり付いていて、正直言って気持ちが悪い……。


「ワカッタ。マカセロ」


「あと1つ。地下8層より下にはいくな。……お前はわかるだろ?」


 この中で唯一ここに入ったことがある者。擦り傷のゴブリンはゴズの死に様を見ているのだ。

 あの恐怖を目の当たりにすれば、あそこには近づこうとはしないはず。


「ワカッテル。アソコニハ入ラナイ」


「よし。じゃあ復唱しろ」


 念の為だ。忘れられても困る。


「ニンゲンニ迷惑カケナイ。汚クシナイ。掃除スル。8層ヨリ下、イカナイ」


「合格だ」


 ゴブリンは知能が低いと言われていることは知っているが、話してみるとそれほどでもなさそうだ。

 逆に言う事を素直に聞く分、親しみやすいのではないだろうか?

 まあ、それが原因で他の強い種族に虐げられてしまうのが現状のようだが、長い物に巻かれるスタイルだからこそ、今まで生き延びることの出来た種族なのかもしれない。

 弱いなりに考えているのだろう。


「そうだ。ここに住むなら紹介しよう」


 待ってましたとばかりに姿を見せたのは精神体の108番。ふわっと華麗に舞い降りる姿は、悔しいが美しいとも感じてしまう。

 いつものように軽い挨拶で出て来るのかと思いきや、今日に限ってはそうじゃなかった。

 一見真面目そうにしてはいるが、その表情はどことなく嬉しそうにも見える。


「見えるか? このダンジョンの管理者の108番だ。わからないことがあれば彼女に聞け」


「ワカッタ」


「マスター! 新規登録ですか!? 今度こそそうですよね!?」


 顔をキラキラと輝かせて迫ってくる108番に多少の苛つきを覚えつつも、その喜びように呆気にとられた。

 新規登録……。確かキャラバンを追い払う際、獣達をここで匿っていた時も、同じようなことを言っていた気がする。


「もうちょっと離れろ! それよりもその新規登録ってのはなんだ?」


「あれ? 説明してませんでしたっけ? このダンジョンに住まわせる魔物を登録する契約儀式のことですよ?」


 儀式……。内容は定かではないが、その言葉には暗いイメージを思い浮かべてしまう。

 だが、こんなに嬉しそうな108番は、俺が彼女を触った時以来である。


「その儀式をすると、どうなるんだ?」


「このダンジョンに住む権利を得られます!」


「それだけか?」


「あとは封印の門の開閉が出来るようになることと、お腹が減りにくくなることくらいですかね。あ、マスターと相性がよければ強化も見込めますよ? まぁ、恐らく無理でしょうけど……」


「ちょっと待ってくれ。1つずつ頼む。お腹が減りにくくなるというのは?」


「魔物は魔力の大半を食べ物から摂取します。必須栄養素の1つなんですが、その魔力をマスターの魔力で補ってやることが可能です。マスターの魔力は絶えずこのダンジョンに充満しているので」


「飲み食いせずとも、魔力だけで生きていけるってことか?」


「まあ、間違ってはいませんけど、多少は食べる必要もありますよ?」


 病院などで見かける栄養点滴のようなもの――と、考えるとわかりやすいかもしれない。

 実際それは助かる。小型の魔物とはいえゴブリン100匹の腹を満たすには相当量の食料が必要になる。

 恐らく、木の実や小動物を摂取するのだろうが、そもそも腹が減りにくくなれば、人間の農作物や家畜を襲う確率は格段に減るはずだ。

 ゴブリン達を信用していないわけじゃない。だが、弱いとはいえ魔物は魔物。いつか俺を裏切る時が来るかもしれない……。ゴズを裏切ったように……。


「相性で強くなるというのは?」


「多分ゴブリンでは無理です。マスターの魔力が死霊術適性なので、大きく影響があるのはアンデッドだと思われます。弱い者にはあまり効果は見込めませんが、強い者ならかなりの戦力強化に繋がりますよ。なんでしたっけ……ボルグ君ですっけ?」


「だが、あの時は登録していなかったはずだが?」


「そりゃマスターの魔力で創られた者なので登録せずとも効果はありますよ。先程も言いましたけど、このダンジョン内はマスターの魔力で満ちているのですよ?」


 なるほど。そういう事だったのか。

 リビングアーマーは魂を憑依させる鎧によって強さにムラがあるのは知っているが、バイスから借りた鎧に憑依させた1号と、ダンジョン内で作り出した2号の差は尋常ではなかった。

 中身は一緒。どちらもボルグの魂を使い、使用した魔力量もほぼ同程度だ。

 シャーリーが言っていた。通常のリビングアーマーの討伐難易度はB-。だが2号はA+に見えたほどだと。

 使った鎧、装備させていた武器の差はあれど、そう考えると2号の強さも頷ける。


「聞くだけなら良さそうではある。が、デメリットはないのか?」


「そうですねぇ……。ダンジョンハートの魔力消費が多くなります。ゴブリン程度なら微々たるものですけどね」


「……他には?」


「特にはないですね」


 終始笑顔の108番。なんとなく怪しい気もするが、ゴブリン達が108番の淋しさを紛らわせてくれるなら、1つの選択肢として悪くはないのではないかと思案していた。


「ま……まあ、結局決めるのはゴブリン達ですので、口出しはしません。私としてはどちらでも構いませんので」


「だそうだが……。どうする?」


 何やら相談を始めるゴブリン達。こんなに大勢いると話が纏まるのも時間が掛かりそうだと思っていたのだが、その決定権は擦り傷のゴブリンに託されたようだ。

 そしてそいつは俺と108番の前で力強く頷いた。


「契約スル!」

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