第137話 地獄からの使者

 結局、素材買い取り合戦は深夜にまで及んだ。

 売却予定素材の半数程度をネストとバイスが買い取るという形にはなったが、その結果1人当たりの取り分は金貨5000枚という、もう訳のわからない額になっていたのだ。

 それよりも俺が気になっていたのは骨である。骨は素材として認知されていないらしく。くれると言うので後でギルドに引き取りに行くつもりだ。

 基本的には骨粉として染料や肥料、家畜の餌になるようだが、特殊な物ではない限り安価らしい。


「で、九条はどうする? 分配金の受け取り。ギルドなら何処でも指定出来るけど?」


 ギルドにはお金を預けることが出来る。とは言え、元の世界でいうところの銀行とは違い、預けた場所でしか受け取れない。

 ギルドを使っての冒険者同士のお金の貸し借りも可能だ。


「コット村でも?」


「うーん……。まぁ出来ないことはないけど、それだと輸送の護衛にかなりの人数が必要になるから、それなら九条がそのまま持って帰った方が安全じゃない?」


 言われてみればそうだ。金貨5000枚も積んだ馬車なんか襲ってくれと言っているようなものだ。


「さすがに5000枚は多すぎるから、半分はスタッグに預けておこうかな」


「いいんじゃないかしら? なら、そういうことで話は通しておくわ」


「ケシュアさんは何も買い取らなかったみたいですけど、いいんですか?」


「ええ。動物性の物はあまり使わないの。植物性の希少価値の高い物なら買い取るけどね。例えば……世界樹の枝で作った杖とか。もし見つけたら連絡して。買い取るわよ」


「じゃぁ、ケシュアはこれで終わりね。また機会があればよろしくね」


「ええ。……私以外は何かあるの?」


「私達は後日王宮で勲章が授与される予定なのよ。その打ち合わせもちょっとね」


「え! ズルイ! 私も勲章ほしい!」


 ケシュアはその場で勢いよく立ち上がるとネストに詰め寄った。その勢いで椅子がぐらぐらと揺れ、倒れてしまいそうなほど。

 俺はその倒れそうな椅子を優しく受け止めた。あまり大きな音を立てると、ミアが起きてしまうからだ。

 この部屋にベッドはない。カガリは背中で寝てしまっているミアを部屋の隅へと運び、他の魔獣達と共に丸くなると、その身を包んでいた。


「ケシュアはギルドの依頼で来たんだから貰える訳ないでしょ? 私達は自発的に動いたから貰えるのよ? ケシュアはその分先に金貨100枚渡したじゃない」


「そうだけど……」


 ケシュアの価値観だと、金貨100枚より勲章の方が上なのかもしれない。

 俺がどちらか選べと言われたら迷わずカネを選ぶだろう。この世界の勲章がどのような効果を持つかは定かではないが、栄誉だけで腹が膨れることはない。


「話だけ聞いててもいい?」


「構わないけど、何も面白くないと思うわよ?」


「今からですか? 明日とかにしません? ミアも寝てますし……」


 勿論それには皆気付いていた。ミアの涎がカガリの毛にべっとりとついていて、カガリが少し不憫に見えなくもない。


「九条以外は寝てていいわよ? 話と言っても、要は九条に礼儀作法を教えるだけだから」


「なんだそんなことか。じゃぁおやすみ九条。がんばってね」


「おやすみ九条。がんばれよ」


 それを聞いてケシュアとバイスはそそくさと自室へと戻り、その後俺はネストと2人きりで礼儀作法とやらを叩き込まれたのだ。



 次の日の朝、ケシュアとの別れを済ませ、俺はネストとミアの2人を連れてノーピークスのギルドへと向かっていた。言われていた骨の回収の為である。

 避難していた人々はいつも通りの生活に戻ったようで、街には活気が溢れていた。

 そんな街中を魔獣に跨り闊歩していれば、注目を集めてしまうのも無理もない。

 ネストの実家からノーピークスのギルドまでは、かなりの距離。馬車でもそこそこの時間が掛かる。

 そこでコクセイが自分に乗ればいいと提案してくれたのだ。

 しかし、俺はネストやミアと比べたら重い。カガリに乗ったことはあるが、かなりギリギリで走ることは無理だと言われてしまった経験がある。

 そんなこともあり遠慮していたのだが、コクセイにはすんなりと乗れたのだ。

 ウルフ族だからか、それとも俺との契約で成長した恩恵か……。

 そんなわけで、お言葉に甘え乗せられているといった状態なのだ。

 コクセイに跨り街を駆け抜けるのは、非常に快適であった。ミアは今までこれに乗っていたのかと思うと、少々羨ましくもある。

 何よりケツが痛くなかった事に1番の感動を覚えた。

 しかし、ここで小さな悲劇が起きたのだ。コクセイは人を乗せるのに慣れておらず、そして俺も乗り慣れていなかった。故に起きてしまった悲しい事故。

 ギルドに到着すると正面の扉は解放されていて、そこへコクセイが飛び込んだ。そして俺は顔面を強打したのである。入口の高さが足りなかったのだ。

 ギルド内に鈍い音が響き、顔を押さえ蹲る。鉄分を含む血の匂い……。どろりと垂れる鼻血が、その衝撃の強さを物語っていた。


「ぐおおッ……」


 静まり返るギルド。中にいた全員がその音に驚き、注目を集める。

 皆に笑われ、恥ずかしい思いをするのだろうと思っていたのだが、その視線は一瞬にして逸らされた。

 当然である。プラチナプレート冒険者に目をつけられたら、たまったもんじゃない。それは暗黙の了解であり、触らぬ神に祟りなしだ。


「九条殿、申し訳ない。気付かなくて……」


「いや、いいんだ。俺も注意していなかった」


 そんな緊張感漂う雰囲気の中、俺を指差しゲラゲラと笑っていたのはミアとネスト。冒険者達はそれを見て血の気が引き、殺伐とした空気感が流れ始めると、急ぎギルドを出て行った。


「あーあ。おにーちゃんが怖がらせちゃったから、みんな逃げちゃった」


「俺は被害者なんだが?」


 冒険者達には申し訳ないが、受付の待ち時間がなくなったということで良しとしよう。

 ミアに回復術ヒールをしてもらい、ギルド職員に案内されたのは大きな倉庫。そこには金の鬣きんのたてがみの素材が区画ごとに綺麗に仕分けされ置いてあった。

 一際目を引くのがドラゴンの角だろう。2本の角がそそり立っていて圧巻だ。そしてそのどちらにも売約済と書かれている紙が張り付けられていた。

 そこから無造作に置かれている骨の塊を見つけると、断りを入れてから魔法書を掲げる。


「【死体収容ストックオブコープス】」


 ゴミのように積まれていた骨の山が一瞬にして消え去ると、突如後ろから声を掛けられる。


「失礼します。アンカース様。少しお時間よろしいでしょうか?」


 それはノーピークスギルドの支部長だ。腰が低く申し訳なさそうに何度も頭を下げている。

 領主の娘ともなれば、その対応も当然。ネストはそのまま支部長に連れていかれたのだが、ほんの数分で帰って来た。その表情は冴えない。


「じゃぁ、用事も終えたし帰りましょうか」


 ネストの実家では、バイスが馬車の準備済ませ待っていた。

 すぐにそれに飛び乗ると、屋敷の使用人たちに見送られながらもノーピークスを後にした。

 馬車は貴族達が乗るような箱型屋根付きの馬車だ。魔獣達は大きすぎて乗ることが出来ない為、屋根の上で揺られている。

 上を見上げると魔獣達が見下ろしているのだ。こんなヤバイ馬車を襲おうとする盗賊はいないだろう。

 馬車を引く馬は4体でパワーも十分。かなりの速度で走っているが、あまり大きく揺れることもなく、軽快に街道を進んでいた。


「九条。さっきギルドで聞いた話なんだけど、マルコが目覚めたそうよ」


「あーそれは残念。一生寝ててくれて良かったんですが」


「……」


 軽い冗談のつもりだったのに、ネストからもバイスからもツッコミは返ってこなかった。


「いや、冗談ですから。そんな深刻そうな顔するの止めて下さいよ」


 空気が重くなるのを恐れ、急いで取り繕う。


「ま……まあ、九条の気持ちもわかるけど、とにかく調査に入ったみたい。これに懲りて正直に言うならいいんだけど、マルコの性格上そうなるとは思えない。スタッグへ着いたら、まずはギルドの本部へ行くわ」


「わかりました」


「九条、先に言っておくが殺すなよ?」


「そんなことするわけないじゃないですか! バイスさんは俺をなんだと思ってるんですか!」


「「地獄からの使者?」」


「……酷くないっすか?」


 俺の隣で黙って話を聞いていたミアも、バイスとネストの答えに黙って頷いていた。



 スタッグギルド本部では、支部長のロバートが直々に俺達を出迎えた。その表情は曇っている。


「状況は?」


「目覚めてからは何も口にしません。否定も肯定もしませんので恐らく……」


 唇を噛みしめ、わなわなと震えるロバート。

 その悔しそうな表情から何を考えているのかは理解出来た。信じていた者に裏切られた、そんな苦い思いだ。

 ギルド本部の医務室の隣。扉の前に立つ2人のギルド職員は屈強な男性で、恐らくマルコが逃げ出さないようにと警備を任されているのだろう。

 そこは8畳ほどの部屋だった。真ん中にシングルサイズのベッドが置いてあるだけのシンプルな内装。そこにマルコは寝かされていた。


「よう、マルコ。元気か?」


 気さくに話しかけたのはバイスだ。

 しかし反応はない。体を起こしてはいるが、こちらを見ようともしなかった。一見すれば廃人のようにも見え、虚ろな目で遠くを見つめていたのである。

 バイスはマルコに歩み寄ると、その胸ぐらを掴み、無理矢理にこちらを向かせた。


「てめぇ、何したかわかってんのか!?」


「マルコ! 正直に言いなさい! やってないならやってないと言えばいいんだ!」


 たまらずロバートもマルコに詰め寄るが効果はないに等しい。マルコは頑なに口を開こうとはしなかった。

 やってないと言ったところで、もうそれは通用しない。実際に自分が証明してしまっているのだ。

 バイスはマルコを乱暴に離すと、盛大に舌打ちを漏らした。

 誰も何も言わなかった。窓の外から街の喧騒が漏れ聞こえてくるほどの静寂。

 そのまま数分が過ぎ、このままでは埒が明かないと俺は1つの疑問を投げかける。


「マルコ。モーガンは元気か?」


 その一言で、マルコの顔が青ざめていくのがハッキリとわかった。

 ネスト、バイス、ロバートの3人は、それが誰かを知らず、俺とマルコに共通の知人がいただろうかと首を傾げるだけ。


「ロバート。ギルドの従魔用飼料はカーゴ商会から買い付けているのか?」


「はい、その通りです。ですが調査によりますと商会側には特に不備はなかったと聞いております」


 まぁ、そうだろう。モーガンはそんなヘマはしない。計算高い男だ。

 どうせマルコは何を言ってもしゃべらないつもりなのだ。ならば少々強引にいっても大丈夫だろう。

 俺は腰のメイスを手に取り大袈裟に振り回すと、その頭をベッドの上に乗せた。


「皆さんはちょっと部屋から出て行っていただけますか?」


「おにーちゃん、私も?」


「いや、ミアは……。あ、マルコは神聖術が使えるんだったな。なら自分の怪我は自分で治すだろ。ミアも出て行ってくれて大丈夫だ。部屋を出たら耳を塞いでいた方がいいぞ?」


 その意味を理解したのだろう、ロバートの顔が頼りなく歪んでいく。


「お……お待ちください九条様。拷問はいかがなものかと……」


「ん? 拷問は禁止されているんですか?」


「いえ、そうではないですが、少々非人道的かと……」


「……言っている意味がよくわからないんだが、奴隷は認められているのに拷問はダメなんですか? 奴隷は非人道的じゃないと?」


 ロバートは口を噤み、それ以上は言い返そうとはしなかった。その表情から読み取れたのは、俺に対する恐怖である。


 ――――――――――


 ネストとバイスは、九条の言っていることがわからなくなることがある。

 今回は冗談なのか? それとも本気なのか……?

 九条がどんなに突拍子のないことを言っても、それを実現するだけの力を有しているというのも理由の1つだが、それよりも九条が何か別の常識に捕らわれているかのような錯覚を覚えるのだ。

 まるで、別の国から来た人を相手にしているかのような違和感を覚え、『地獄からの使者』と表現したことが、あながち間違ってはいないんじゃないかと推し測ってしまっていた。

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