第124話 従魔登録

「ソフィアさん! ソフィアさんいますか!?」


 2階のギルドへ駆け降りると、辺りを見回しソフィアを探す。

 ギルドには数人の冒険者と職員。その剣幕に驚嘆した皆の視線が俺に集中し、その声に気付いたソフィアがせわしなく駆けて来る。


「はいはい、いますいます。……なんでしょうか?」


「従魔登録について聞きたいんですが」


「あっ……すいません。ウチではアイアンプレートはお取り扱いしてなくて……」


「それはミアから聞きました。最大何匹ほど登録できますか?」


「えっ? ……どうでしょう……制限はないと思いますけど……。何匹か同時に登録されるんですか?」


「80匹ほどなんですが」


「は……80!?」


 目を丸くするソフィア。獣使いビーストテイマーの従魔登録は多くても5匹前後。それも個別にだ。同時に登録することは滅多にない。

 それを80匹同時に申請したいと言うのであれば、驚いて当然である。


「やはり、多すぎますか?」


「いえ、多いというか同時に80匹登録したという前例がないので……。プレートの在庫が足りるかどうか……」


「すいません。まだ決定ではないんですけど、もしそうなった場合、在庫の確認とかって可能ですか?」


「大丈夫ですよ。本部に問い合わせれば、各支部の在庫状況がわかるはずです」


「じゃぁ、その時はお願いします」


 ソフィアに頭を下げると、そのままギルドの長椅子に座り、カガリが帰ってくるのをジッと待った。

 カガリはダンジョンへ行ったのだ。皆の許可を得る為に。

 登録出来れば冒険者や狩人から狙われることはなくなるだろう。だが、それは同時に俺に管理されるということ。

 もちろん形式上だ。ウルフ達の自由を束縛するつもりはないが、それを受け入れるか決めるのは本人達次第。


 それからカガリを待ち続け、帰ってきたのは1時間後のことだった。


「どうだ?」


「全員が希望しました。是非そのようにとのことです」


「ありがとうカガリ」


 カガリを最大限褒め称える意味を込めて撫でてやると、ソフィアに在庫確認を頼む。

 正確な数がわからなかったので、取り敢えず100枚の確保をお願いした。

 ソフィアが胸のプレートに触れると、通信術で本部との交信を始める。


「コット村支部長ソフィアです。アイアンプレートの在庫確認をお願いしたいのですが……。はい……100枚の在庫を抱えているコット村から1番近い支部……。……あはは、そう思いますよね。でも本気なんです。……いえ、からかってません。プラチナの九条からの要望なので……。はい……。はい、そうですか。わかりました。ありがとうございます……」


 ソフィアの手がプレートから離れると、プレートの輝きも消えた。


「えーっとですね。流石に100枚は本部にしかないそうなので、直接スタッグに行って貰うことになりますが大丈夫でしょうか?」


「ありがとうございます。問題ありません。……あ、ついでに馬車の確保をお願いしてもいいですか? 冒険者護衛パックなし幌付き……4台で。ミアも同行させます」


「承りました。……それより九条さん、ミア知りません? もう休憩は終わってるはずなんですけど、戻ってなくて」


「あっ……。み……見つけたら戻るように言っておきます」


「お願いしますね?」


 舞い上がってしまい、ミアを部屋に忘れていたのを思い出す。

 とはいえ、後は獣達を連れてスタッグギルドで登録してやれば、すべて解決。

 キャラバンを追い払うことばかり考えていて、守るという発想が抜け落ちていた。

 それを気付かせてくれたミアには、感謝せねばなるまい。

 お礼……になるかはわからないが、ミアはまだ夕飯を食べていなかったはず。ギルドの仕事が終わったらちょっと奮発して豪華な食事でも一緒に食べよう。

 そんなことを考えながらカガリと共に部屋へ戻ると、ミアは未だベッドの上で突っ立っていた。

 その表情はどこか幸せそうにも見えたのである。


 ――――――――――


 2日後。ソフィアに頼んでおいた4台の馬車が村へと到着した。

 それぞれの御者を食堂へと招き入れ、食事をしながら労い、打ち合わせを始める。

 もちろん食事は俺の奢りだ。本来であればここまで御者をもてなすことはない。

 では、何故そうしたのかと言うと、口止め料である。

 今回乗せる積荷は獣達。普通は絶対にあり得ない数だ。

 獣使いビーストテイマーが従魔を乗せるといっても数匹程度だが、今回は合計で80匹以上にもなる団体。

 本来それを運ぶのであれば檻に入れなければならないのだが、カネとプラチナプレートの力で黙らせようという訳である。

 御者の機嫌を取っておくという意味でも必要な出費なのだ。


 食事が終わると馬車で出発の準備だ。獣達が外から見えないようにと頑丈なカバーで馬車を覆う。

 それがめずらしいのだろう。辺りには野次馬の如く群がる村人達。


「今日は何かのイベントかの? ソフィアさんや」


「いえ。何もないですよ? それよりも危ないので皆さん少し離れてくださいね」


 首を傾げながらも、言われた通り下がっていく村人達。


「おにーちゃーん!」


 俺を呼ぶミアの声に振り返ると、そこには獣達が長蛇の列を成していた。

 前もって森で待機させていた獣達を、ミアがカガリと共に連れてきたのだ。

 それを見て、驚きのあまりジリジリと後退る村人達。

 そりゃそうだろう。カガリとほぼ同じ大きさの魔獣が3匹。しかもその内の2匹はウルフ族。人間から見れば敵である。

 馬車を引く馬達が暴れないのは、前もって懐柔しておいたからだ。

 正直説得には時間がかかると思っていたのだが、案外あっさりと許可が出た。

 と言うのも、スタッグの馬達の間で俺は有名人らしい。

 その噂を広めたのが、グラハムとアルフレッドが乗っていた2頭の馬。エミーナとルシーダのようだ。

 それを聞いて、袖振り合うも他生の縁とは良く言ったものだと笑みがこぼれた。

 ミアが交通誘導員よろしく、馬車に獣達を詰めていく。まるで熟練の羊飼いのようだ。

 それを感心したように見つめる村人達の恐怖心は既になく、今や好奇心の方が勝っていた。

 正直、馬車の数が足りるか心配ではあったがギリギリだった。

 馬車の中はモフモフ天国で、この上に寝転べば極上のモフモフが全身で味わえるに違いない。

 ちょっと窮屈そうではあるが、我慢してもらうしかない。身体を動かしたくなったら馬車と並走でもすればいいだろう。

 もちろん、他の人には見られないよう注意を払う必要はあるが……。


「じゃぁ、行ってきます」


「お気をつけて、九条さん」


「九条、今度こそ土産を忘れるな! 酒だ! 酒がいい!」


 門番の仕事を放り出し、見送りに来てくれたカイル。

 前回も同じような事を言っていた気がしてならない。今回は買って来てやろう。もちろん覚えていたらだ……。


「よし、出発だ!」


 俺が声を上げると、馬車は独りでに動き出す。

 手綱を握る御者は、何もしていない。だからこそ困惑していた。

 動物達と話せる俺にとって御者は正直必要ないのだが、馬車を借りるとセットでついて来てしまうのだ。

 こればっかりは仕方がない。


「いってきまーす」


 カガリに揺られながらも大きく手を振るミア。村人達に見送られつつ、一行は王都スタッグへと旅立った。

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