第125話 鉢合わせ

 ガラガラと音を立てて街道を走る馬車の一団。

 俺はポケットの中のプラチナプレートを取り出すと、幌の取っ掛かり部分にそれをぶら下げた。


「ちょっと狭いか?」


「いや、大丈夫だ。問題ないぞ」


 そこには3匹の魔獣の族長。

 カガリはミアを乗せ並走しているが、ここに入るとなるとかなり窮屈になる。

 最悪、俺が御者の隣に座ればいい。


「九条殿、何か話があるのだろう? 私の所へ来い」


 呼んだのは白狐。指定されたそこは、どう考えても狭すぎる。


「いや、無理だろ?」


「違う違う。私に寄りかかってもよいという事だ」


 なるほど。背中を預けてもいいから、ついでに撫でろと言いたいのだろう。


「じゃぁ、お言葉に甘えさせてもらおう」


 横になっていた白狐の腹に背を預けると、白狐はモフモフの尻尾を俺に巻き付ける。

 その代償に、両手は白狐を撫でるだけの作業を延々としなければならないのだが、それを補って有り余るほど気持ちが良かった。


「あったけぇ」


 左手は尻尾を、右手は白狐の首筋を撫でつつ、極上の毛皮を堪能する。


「で? 九条殿、話と言うのは?」


「ああ、そうだった。従魔登録のことなんだが、お前達は本当にいいのか?」


「構わぬ。むしろ願ったり叶ったりだ」


「そうだな。人に襲われることなく自由に生きられるのだろう?」


「そうだ。従魔登録をしても、俺はお前達を縛りはしない。守ってもらいたいのはただ1つ。人に危害を加えないことだけだ」


「約束しよう。だが我等の命が脅かされる状況なら反撃に出ても構わんのだろ?」


「無論だ。そんな状況なら例え人だろうと容赦はしなくていい。自分の命を優先させてくれ」


「しかし九条殿。何故そのようなことを聞く? こちらにはほぼメリットしかない話だぞ?」


「前に言ってただろ? ウルフ族は誇り高い種族なのだと。それが形式上の事とはいえ、俺の管理下に置かれるんだ。そう考えると断られる可能性もあるんじゃないかと思ってな」


 ワダツミとコクセイはお互い顔を合わせると、俺に向かって頭を下げた。


「九条殿がそこまで考えてくれていたとは感謝の極み。しかし、種の存続が危ぶまれるなら誇りは二の次だ」


 コクセイもそれに続く。


「その通りだ。誇りを最優先に考えているなら俺達は逃げることはしないだろう。そうなれば、今頃俺達は金の鬣きんのたてがみにやられている」


「そうか、それならいいんだ。それだけが心配だったからな」


「……おにーちゃん。お話終わった?」


 馬車の後方の幌を捲り顔を出したミアは、カガリから降りると馬車へと移る。


「ああ、今終わった」


「じゃぁ、ウルフさん紹介して?」


「おっと、そうだったな。左の蒼いのがワダツミだ。ミアも会った事あるだろ?」


 ワダツミをジッと見つめるミアであったが、首を捻り唸るだけ。


「うーん……ないと思うけど……」


 村に攻めて来た盗賊達を退治した時は、ワダツミはこれほど大きくはなかった。

 族長に選ばれたことによって魔獣へと至ったのだろう。片耳の傷がなければ、俺でも判別は出来ない。


「盗賊達と一緒にいたウルフ達の族長だよ」


「あっ、そっかぁ。よろしくね! ワダツミ!」


 ミアはワダツミの前足を持ち上げ上下に振る。

 豪快な握手にワダツミはどうしていいかわからず、成すがままといった状態だ。


「こっちはコクセイだ。ベルモントの遥か西から来たようだが、今は一時的にこちらに身を寄せている」


「よろしくね! コクセイ!」


 ワダツミと同じく前足の片方を上下に振り、ミアは満足そうに笑みを浮かべる。


「この子はミアだ。俺のギルド担当でもあり同居者でもある。仲良くしてやってくれ」


 魔獣を見ても恐れない人間を見たのは初めてだとでも言いたげに、目を丸くするワダツミとコクセイ。

 2匹の魔獣は遠慮なく接してくるミアに困惑している様子。

 普段からカガリで慣れているミアである。それくらい気にしないのだろう。

 ミアから見れば、それは新しいモフモフが2匹も増えた程度にしか感じていないのだ。

 目をキラキラと輝かせたミアは、遠慮なしに2匹の間へダイブした。


 暫くワダツミとコクセイの尻尾で遊んでいたミア。……いや、遊ばれていたという方が正しいのだが、連続でモフモフしすぎた疲れからか、2匹の間に挟まりスヤスヤと寝息を立てていた。

 そんなミアを見ていると、俺も段々と眠くなってきてしまう。白狐の温かさに負け、ウトウトと船を漕いでいると、魔獣達が何かに反応を示し進行方向へと顔を向けた。


「九条殿。こちらに敵意を向ける者達がおるようだ」


 白狐の一言で飛び起き、御者の隣へと移動する。

 それはまだ見えないが、感覚の鋭い魔獣達が反応を示したのだ。それを疑うわけがない。

 御者は急に出て来た九条に驚きはしたものの、異常は見られなかったのでそのまま馬車を走らせた。


 暫く走っていると見えてきたのは1台の馬車。その周りにはこちらに向かって弓を構えている十数名の冒険者。それは道幅いっぱいに広がり、誰も通さないといった雰囲気。

 少しずつ近づくその一団の中に、俺の知った顔があった。その先頭に立っている人物は、シルバープレート冒険者のタイラー。

 そして馬車の御者台に座っているのは、紛れもないモーガンその人である。

 アットホームとは名ばかりのキャラバンが、俺達の行く手を阻んでいたのだ。

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