第123話 人間万事塞翁が馬

 九条は村でシャーリーと別れた後、ダンジョンへと足を延ばしていた。


「……というわけで、キャラバンは去った。もうお前達もここを出ても大丈夫なはずだ」


 それを伝えると、歓喜の声をあげる獣達。


「恩に着る、九条殿。これで俺達も元の森へと帰れる」


 コクセイも感無量といった感じで、感慨に耽っていた。

 シャーリーを食べてしまった容疑は晴れ、そのことは九条もしっかりと謝罪したのだ。

 その詫びとして、九条はコクセイの言うことを聞いてやることにした。


「確かに人間共の脅威は去った。だが金の鬣きんのたてがみはまだ倒されていないだろう? そこで提案なんだが、もう少しここに世話になりたいのだが、ダメだろうか?」


「確かにまだ討伐完了の報告は入ってないな。お前達がよければ好きなだけ居てくれてかまわないぞ?」


「何から何まですまない……」


 深く頭を下げるコクセイ。


「それよりも、こんな地下で窮屈じゃないか?」


「そんなことはない。元々小さな洞窟を寝床としていたのだ。前と大して変わらんよ。なぁお前達」


 コクセイの言葉に仲間達は大きく頷いて見せる。


「では、我らは退散しようとするかの。ワダツミ達はどうするのだ?」


 九条は隣にピタリとくっついている白狐を撫でていた。

 何故か最近姿を見せるとすぐに近くへ寄って来る。手持無沙汰なのでとりあえず撫でてはいるが、白狐の口調は凛としていて近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


(……ひょっとして甘え下手なのだろうか?)


「我らは我らの住処がある。脅威が去ったのであれば、ここにいる理由もない。外の方が狩りも捗るしな」


 おおよその話が纏まり、それぞれが別れを惜しんでいた矢先、108番が九条の前に姿を見せた。


「マスター。魔獣が1匹侵入してきました。マスターが連れていた魔獣です」


「カガリか?」


 シャーリーを送った帰りにしては、予定していた時間より随分と早い。

 眉をひそめる九条。村で落ち合う予定なのに、何故こちらに来たのかと不審に思うも、カガリは猛スピードで7層まで駆け降りて来た。

 それだけの速度で走っていても、カガリの息は全く切れていない。


「どうしたカガリ、そんなに急いで……」


「主、キャラバンとやらが再編成されるようです。まだしばらくは動かぬ方が良いかと」


「……は?」


 カガリの言う事だ、間違いないからこそ九条は困惑した。

 何をどう考えれば、再編成するという考えに行き着くのか。

 13人の冒険者が犠牲になっている。それを踏まえても尚、同じことを繰り返そうとしているのだ。

 キャラバンの再編成を禁止した訳ではないが、100歩譲っても暫く時間を置くのが道理。

 確かに亡くなった者達は命令違反で不法侵入という罪を犯した。結果的に不問としたが、九条はそれを忘れていいとは言っていない。


(相手は商人だ。信用より金を取ったと言われればそれまでだが、まるで反省していない……。……いや違う。発覚したところで、炭鉱にさえ入らなければいいと考えているのか……)


 確かにモーガンとの交渉では不法侵入が争点だった。ウルフ狩りについては一切言及していない。

 故にキャラバン側は、不法侵入さえしなければ問題ないと解釈しているのだろう。

 さすがに同じ過ちはしないだろうが、ウルフ達が炭鉱奥に隠れているのは周知の事実。

 この辺り一帯を罠だらけにする可能性は十分考えられる。


「すまない……。予定変更だ。白狐達もワダツミ達もまだここにいてもらう。どうにかして解決策を見つける。それまでは……」


 悔しさと怒りが込み上げ、九条の手は震えていた。

 キャラバンを上手く追い返し、問題は全て解決したと慢心していた。だが、根本的な解決には至っていなかったのだ。

 唇を噛みしめ、ただの時間稼ぎにしかなっていなかったことに打ちひしがれた。


(どうすれば、皆を守ってやれる……?)


 24時間見張ることは不可能。アンデッドに代わりをさせれば一般人にも被害が及び、結局は人を呼んでしまう。

 ネストに頼るのは最終手段。禁猟区に指定出来ればウルフ達を守ってやれるが、ネストは貴族。ウルフの素材が高騰している中それをすれば、領民達からの反発も少なからずあるはずだ。


(これは俺の問題だ。ネストさんに迷惑を掛ける訳には……)


 必死に思考を巡らせるも解決の糸口は掴めず、時間だけが過ぎてゆく。


「……九条殿、そう深く考えずともよい。いざとなれば戦わねばならぬ覚悟はある」


 白狐は九条の胸中を察していた。激しい怒りと自責の念。九条の掌から、その感情が伝わってきたからだ。

 戦えないわけではない。魔獣と呼ばれるほどの強者であることは自覚している。

 しかし、仲間を守りながらとなると、無傷とはいかないのも事実。

 人間達を殺すことなど造作もないことではあるが、それは確実に報復され、いずれは滅びの道を辿る。

 人間の知恵と数には、どうあがいても勝てないのだ。


 九条がダンジョンを去った後、族長達は各々考えを巡らせていた。


「九条殿にはこれ以上迷惑を掛けられぬ。そろそろ我らも覚悟を決めるべきかもしれぬな……」


 ――――――――――


「おにーちゃん、ご飯は?」


「……いや、今はいい」


 ベッドに座り何かを真剣に考えている九条に、ミアは取り付く島もない。

 部屋に籠り半日。ずっとこの調子である。

 ミアは九条に構ってほしくて、隣に座ってみたり、寄りかかってみたり、手をつないでみたり。

 九条の手は酷く湿っていて、何か焦っているようにも見えた。


「つまんない……」


「ん? 何か言ったか?」


「なんでもなーい」


 早くご飯を食べないと、ミアの休憩時間が終わってしまう。

 ギルド職員は2回の休憩を取ることが出来る。

 今は2回目の休憩中。ミアは九条と一緒に晩御飯を食べるつもりだったのだが、今日はご飯抜きかもしれないと内心そう思っていた。

 仕方がないので九条から離れ、カガリをモフモフする。


「おにーちゃんは、何を悩んでるんだろうねー、カガリー?」


 ミアはカガリにワザとらしく話し掛ける。と言っても、拗ねているわけじゃない。

 誰にだって悩みの1つや2つあるものだと理解はしている。

 カガリはそんなミアが不憫に思え、九条を鼻先でつっついた。

 すると集中が途切れたのか、ようやく九条は顔を上げたのだ。


「ん? なんだ?」


「主、少し休憩してはどうですか?」


 部屋は薄暗く窓の外はすでに闇。九条にとっては短くも感じる1日が終ろうとしていた。


「ああ、もうこんな時間か」


「おにーちゃん。カガリはなんて言ったの?」


「休憩しろとさ」


「うん、それがいいよ。……それよりおにーちゃんは何を悩んでるの? 何か大切なこと?」


「ああ。ウルフ達のことでな……」


 物憂げに話す九条。ミアは九条に近寄ると、小さな手で九条の開いている足を閉じ、膝の上へちょこんと座った。

 そのまま背中を預けると、九条にはほんの少しの笑顔が戻る。

 落ちないようにと、抱き寄せられた九条の両手をミアはやさしく握った。


「キャラバンは帰ったんじゃないの?」


「そうなんだが、また来るみたいなんだ……。だからどうやって追い返そうかと思ってな……」


「うーん。追い返さないで、おにーちゃんが守ってあげたら?」


「そうしたいのは山々だが数が多くてな……。俺1人じゃとても……」


「えーっと、守るってのはそういう事じゃなくて、従魔登録をすればいいんじゃないの?」


「――ッ!?」


 それを聞き、目を見開く九条。

 突如持ち上げられたミアは空中で180度回転し、九条と向き合う形で膝の上へと降ろされた。


「詳しく教えてくれ!」


 九条の顔が近い。ミアの胸が高鳴り思わず顔が紅潮してしまうも、九条の表情は真剣そのもの。


「ギルドで獣魔登録すれば、それは登録した冒険者の所有物扱いだから手を出しちゃいけないんだよ? 獣使いビーストテイマーの人達はみんなそうしてるもん。カガリもそうでしょ?」


 カガリはアイアンプレートを付けている。

 ネストからは従魔が街に入る為に必要な物だと教わったが、本来は所有者の存在を示唆する為の物でもあるのだ。

 それは九条にとって、目から鱗の情報であった。


「何匹まで登録できる!?」


「えっと、制限はないと思うけど……。でもうちのギルドにアイアンプレートは置いてないから、大きいギルドに行かないとダメだよ?」


「カガリ、行けるか?」


「お任せください」


 九条の言葉の意味をすぐに理解したカガリは部屋の窓から飛び降りると、そのまま炭鉱へと駆けて行く。


「さすがミアだ! 一気に解決するぞ!」


 九条はミアを抱き寄せると、その柔らかな頬をついばみ、慌てた様子で部屋を飛び出していった。


「えっ……!?」


 開けっぱなしの部屋の扉が軋み、ミアはそこを茫然と眺めていた。突然の出来事に、上手く思考が働かなかったのだ。

 いつもの九条に戻った。ミアはそれだけで十分だったのだが、思いがけないお礼に目を丸くしたのである。

 頬に残る僅かな感触。1人ベッドの上に取り残されたミアは、完全に放心状態。

 休憩時間のことなんてすっかり忘れ、ミアは暫くベッドの上に突っ立っていた。

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