第115話 追悼

 ダンジョン内は異様な雰囲気に包まれていた。冒険者達にバレないようデスハウンドをあるべき場所へと帰し、自分の足で走る。

 冒険者達を見つけたら怒っているよう演技をしなくては。そしてさっさと帰れと言ってやるのだ。

 不法侵入の罰として金銭を要求してもいいかもしれない。

 別に金は必要ないが、精神的ダメージを与えるという意味では効果がありそうだ。

 そんなことを考えながら走っていると、分かれ道のある4層のホールに何かが転がっているのが見え、何故かその周りは水浸しであった。


「長い紐に……ボール……?」


 何かの仕掛けだろうか? 恐らく冒険者達の仕業だろう。

 手で触るのは危険かもしれないと思い、足でチョイチョイと小突くも反応はない。


「もしかして、ゴミを捨てたのか?」


 不法侵入もそうだが、人の敷地にゴミを捨てるとは……。

 本気で叱ってやる必要がありそうだと決意を新たに顔を上げると、そこには108番が浮いていた。


「おわぁ!」


 見慣れているとは言え、音もせず急に現れたら誰でも驚く。


「おい、前に驚かすなって言っただろ! それと許可するまで出て来るんじゃない! 一般人には見えないんだから俺が1人で話してるように見えるじゃないか! 冒険者達に見られでもしたらどうするんだ!?」


「そのことなんですが……。侵入者達は死んでしまいました……」


「……は?」


 間の抜けた声だったろう。俺が108番の言う事が理解できず固まっていると、獣達がぞろぞろと下層からやって来る。


「本当なのか?」


「残念ながら……」


 話を聞きながらダンジョンを進む。どうやら『ボルグ君二号』が強すぎた結果のようだ。

 白狐に案内されると冒険者達の死体は5層の小部屋にまとめて安置されていた。

 開いた口が塞がらないとは正にこの事。死臭が漂い、肉体から見放された魂達が部屋を彷徨っていたのである。


「あー……」


 仕事柄死体は見慣れているが、さすがにこれは酷いと言わざるを得ない。


「どうしましょう?」


 108番は自分が怒られると思っているのか怯えているし、コクセイは死体の隣で涎を垂らしている。

 しかも、チラチラとこちらを見ては死体を見てを繰り返していた。

 完全に俺の許可を待っている。野生動物から見れば御馳走なのかもしれないが、さすがにそれはちょっと……。


「はぁ……。今回は俺の落ち度だ。完全に力量を見誤った……」


「ですよね? ですよね?」


 108番は自分の所為ではないと言われるや否や、嬉しそうにはしゃぐ。

 ……そう言われると、ちょっとイラっとするのは自分だけだろうか。


「モーガンには、全員死んだと伝えるしかないな」


 さすがに全員の死体を運び出すのは無理だ。報告用にと冒険者達の死体からプレートだけを回収する。

 自業自得ではあるのだが、このまま放っておくのも忍びない。

 集めたプレートをまとめて地面に置くと、その手前で正座し、目を閉じて手を合わせて一礼。

 そして厳かに読経を始めた。

 それは間違いなく奇怪なものに見えただろう、首を傾げる獣達は不思議そうに俺を見ていた。

 真剣な面持ちで経を紡ぐ。それは鎮魂の儀式である。

 彷徨い続けていた魂達が、俺の周りに輪を作る。部屋中に蔓延していた邪気が払われると、そこは最早ダンジョンの一室とは思えないほどの浄化された空間へと変化した。

 その差異は、この部屋だけが別の空間に転移したのかと錯覚するほどである。


 20分後。経を読み終え立ち上がると、部屋の雰囲気も元のダンジョンへと戻った。


「よし。略式だがこんなもんでいいか」


 腰に下げていた魔法書を広げ、集まってきた魂を収容する。


「九条殿、今のはなんだ? 魔法か?」


 興味津々とばかりに寄って来たのは白狐だ。


「あー……何て言えばいいかな……。俺の故郷では亡くなった人をこうやって供養するんだ。安らかに眠るよう祈る……って感じかな」


「そうなのか……。人間とは死んだ者に対しても礼儀正しいものなのだな」


「お前達は違うのか?」


「長が死ねば悔やみもしようが、そういった儀式はしない」


 死者を弔うという文化がないのだろう。獣達には獣達なりの様式があるのだ。

 少々寂しさを覚えるも、それは人間の俺が口に出すことではない。


「白狐達はもう少しここで辛抱してくれ。こうなってしまえばさすがにキャラバンも続行は出来ないだろう。それを確認するまでの間だけだ」


「「了解した」」


 形見となってしまったプレートの束を腰の革袋に仕舞うと、俺は急ぎダンジョンを駆け上がる。

 途中、炭鉱の地面から砂利や砂を拾い上げ、体中に擦りつけた。

 がんばった感を演出する為である。


「こんなもんかな?」


 ほどよく付いた汚れに満足した俺は、炭鉱の出口が近づくと走り、急いだフリをしつつ炭鉱を抜けた。


「はぁっはぁっ……」


「おぉ、九条様。中の様子はどうでしたか……」


「すまない……。すでに遅かったようだ……」


 そして腰の革袋に仕舞っていたプレートの束をモーガンへと手渡す……。


「恐らくそれで全員分だろう」


 モーガンの手に握られたプレートを見て目に涙を溜めるタイラーであったが、モーガンは淡々としていた。

 何か言われるかとも身構えてはいたが、特にそういった素振りもなく、むしろ不法侵入にプレートの回収まで手伝わせてしまい申し訳ないと謝罪されただけ。


「死体はどうする? 回収した方がいいか?」


「いえ、滅相もございません。プレートの回収が出来ただけでも十分でございます。14人分の死体ともなりますと、全てを運び出すのは時間も労力も掛かる。無理に回収して2次災害にならないとも言い切れない。諦めましょう」


「そうか……。それで? 今日はどうするんだ?」


「はい、もう夜も遅いので、今晩は村に宿をとらせていただこうかと思います」


 俺がダンジョンに潜っていたのは3時間ほど。さすがに日も暮れて森の中は真っ暗だ。

 モーガン達は、馬車の護衛をしている6班との合流をするとのことで、ひとまずは解散の流れとなった。


 村へ帰ると、ソフィアに事の顛末を報告した。

 一応とは言えコット村の支部長。キャラバンに問題があればすぐに本部へ報告し、活動を中止するよう働きかけてくれると言ってくれたのだが、それはもう必要なさそうだ。


「そうですか……。そんな事が……」


 ウルフやキツネ達は守ることが出来た。それは喜ばしいことなのだが、釈然とはしなかった。


「でも……不法侵入ですしね……。しょうがないですよ」


 ソフィアは、浮かない表情を浮かべている俺を慰めてくれた。

 頭ではわかっているのだ。わかっているのだが、人を殺めるという行為は慣れない……。

 俺が直接殺したわけじゃない……。だが、リビングアーマーを作り出したのは俺なのだ。

 やっていることは盗賊達を倒した時と同じ。違うのは気の持ちようだ。


 重苦しいお通夜のような雰囲気。

 沈黙が続き、誰もが声掛けを躊躇ってしまうような空気の中、それを破ったのは他でもないミアであった。


「おにーちゃん、お風呂いこ? いっぱい汚れてるから洗ってあげる!」


 その気持ちを察してか、頬をべロリと舐めるカガリは早く立てと言わんばかりに俺の袖をグイグイと引っ張る。

 その優しさに笑みがこぼれた。


「そうだな。塞ぎ込んでいてもしょうがない。風呂でも入って切り替えるか!」


「うん!」


 両手で頬をバチンと叩き、重い腰を上げる。

 心配そうにしていたソフィアにも笑顔が戻り、何処かホッとした様子。

 ミアのあどけなさは俺に癒しを与えてくれる。

 実家のような安心感……いや、違うな。

 心の中に宿った1つの灯火ともしび。冷え切った心を温め直してくれる、そんな心の支えだ。

 少々大げさかもしれないが、この世界で唯一心の許せる存在なのは間違いなかった。


「あ、良かったらソフィアさんも一緒にどうです?」


「……遠慮しておきます」


 ソフィアの顔は一瞬にして真顔へと戻った。

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