第111話 ウルフ狩り
数時間前――――
「2班は東へ回れ! 3班は西、俺達は正面から追い込みをかける。4班はサポートだ! 2班をカバーしろ!」
日の光も遮られ日中でも薄暗い森の中、キャラバンのリーダーを任されたタイラーが、各冒険者に指示を出す。
追っているのは野ウサギを咥えた3匹のウルフ。
恐らく食事中だったのだろうが、キャラバンに見つかってしまったのが運の尽きだ。
「2班! おせぇ! 抜けられちまうぞ!」
獲物に気付かれれば後は速さの勝負。
森の中を走りながら包囲網を突破されないよう、ウルフ達に聞こえているのも気にせず怒号を響かせる。
「よし、いいぞ……。あとは追い込むだけだ!」
さすが全員が狩猟適性持ちの冒険者だ。狩りにおいては絶大なコンビネーションを発揮していた。
半円状に広がる完璧な包囲網にも見えるのだが、3班と1班の間にはわずかな隙があった。
しかし、それは冒険者達の連携が甘い訳ではない。
追い込まれた獲物はその隙を突いて脱出を試みる。罠が設置されているとも知らずに……。
これは毛皮を傷付けずに捕らえる為の狩猟法。
ここまでくれば、狩りはほぼ成功したと言っても過言ではなかった。
(……そろそろ罠の方に逃げ出してもいいはずだが……遅いな……)
包囲している先は切り立った岩山の絶壁。ウルフ達が登れるような逃げ道はないはず。
徐々に包囲網を狭めていくと、そこに姿を現したのは崩れかけの洞窟。
その中から延びる錆び付いた2本のレールは、捨てられた炭鉱だということを暗に示していた。
「炭鉱跡か……」
「タイラー、どうする? ここがねぐらみたいだぞ?」
タイラーの下に各班のリーダー達が集まってくる。
班のリーダーはシルバープレート冒険者。3名で構成された班が5つ。罠担当の6班だけが5人の計20名のキャラバンだ。
「トラッキングは?」
「間違いない。相当深いが、かなりの数の反応がある。50匹以上いるぞ」
トラッキングスキルは狩猟適性持ちが取得出来る索敵スキルだ。
自分を中心とするレーダーのような物で、その範囲、精度、種類は各々の能力により変動する。
基本的には敵対する者や動物などが主なターゲットになるが、熟練度が高ければより多くのものが感知可能になり、その強さもある程度見分ける事が出来るのだ。
「おい、ここはギルドの管轄か? 誰か知ってる奴いるか?」
「タイラー……」
「お? シャーリー、何か知ってるのか?」
シャーリーと呼ばれた女性の冒険者は、3班のリーダーを任されていた。
髪はショートで腰には1本の短剣。軽装で短弓を得意とするシルバープレートの冒険者。レンジャーとしての腕は一流だ。
ベルモントではゴールドに1番近いシルバーとも言われている。
「ここはヤバイ……。引き返そう」
シャーリーはこの場所を知っていた。過去にギルドの調査で訪れたことがあったからだ。
先にあるダンジョンで破壊神グレゴールとの死闘を繰り広げ、そして敗走した炭鉱跡地……。
(いや……、敗走なんて生易しいもんじゃない。ネストは奇跡的に助かったようだが、あの場にいた誰もが何時死んでもおかしくない状況だった……)
あの時の悪夢を思い出すだけで、震えが止まらない。
今のメンバーはブロンズとシルバーの混成だ。勝つどころか逃げることさえ難しい。
「おいおい。ビビり過ぎだろシャーリー……。何があるってんだ?」
「皆さん? こんな所に集まってどうしたんですか?」
後から追いついてきた罠担当の6班と、キャラバン主である商人のモーガンが木の影から顔を出す。
「モーガンさん……。実はここがウルフ共の住処みたいなんですが……」
「モーガンさん、ここにはヤバイ魔族がいるんだ。ここのウルフは諦めて引き返しましょう」
人の話を遮り割って入ろうとするシャーリーに気を悪くしたタイラーは声を荒げる。
「おいシャーリー。まだ確定じゃないだろ? 中にはウルフが50匹以上いるんだ。出口の無い炭鉱なんて一網打尽にできる絶好の機会じゃないか。お前のトラッキングは魔族も感知出来るんだろ? 今はいるのか?」
「いや……見えないけど……」
シャーリーのトラッキングスキルは精度がずば抜けて高い。それは魔族をも見分けられるほどだ。
しかし、それは性能に特化しているからであり、その分索敵範囲を犠牲にしているのである。
現に今、シャーリーのスキルでは炭鉱の奥にいるであろうウルフすら感知していなかった。
手を叩くモーガンに視線が集まる。
「はいはい。喧嘩は止めて下さいね。ウチのキャラバンはアットホームが売りなんですから」
冒険者同士の口論なぞ日常茶飯事。幾度となくキャラバンを指揮してきたモーガンにとっては些事である。
「で、この炭鉱の所有者はギルドですか?」
「いや、違う」
声を上げたのは6班のリーダー。
「確か、今は近くの村に住むプラチナプレート持ちが所有者だったはずだ。ちょっと前にギルドでダンジョンマップを見ていたら、ギルド所有じゃないダンジョンが登録されているのを見て、不思議に思ったから覚えている」
「なるほど。ここから1番近い村と言うと……」
「コット村です」
「ありがとうございますシャーリー。……ではここでチームを3つに分けましょう。私とリーダーであるタイラーは村で交渉。6班は街道に止めてある馬車の見張りを。それ以外はここで待機ということで」
「「了解!」」
「勿論ウルフが出て来るようでしたら討伐をお願いしますね? ……それと、炭鉱の所有者の名前はわかりませんか?」
「すいません。プラチナプレートということしか……」
「そうですか、わかりました。では待機組のリーダーは2班のアレンさんにお願いしても?」
「任せてください」
「よろしくお願いします。……では、行きましょうか」
モーガンは、タイラーと6班を連れて街道へと戻って行った。
リーダーを任されたアレンもシルバープレートだ。20代前半の男性で髪は長髪。といっても肩に掛かるかどうかといったところ。
同じレンジャーとしてシャーリーをライバル視していて、一応それだけの実力はあるのだが、シャーリーからの認識としては、結婚記念日に妻からプレゼントされた銀の弓を自慢してくるうざい奴……程度でしかなかった。
待機を始めて30分ほど経っただろうか。冒険者達は警戒しつつも周囲の見張りを続け、特に変わったことも起きずに時間だけが過ぎて行った。
さすがに暇すぎた。各々が集中を切らし私語を始める中、シャーリーだけは張り詰めた糸のように警戒を続けていたのだ。
「なぁシャーリー。お前はこの中に入った事あんだろ? どーなってるか教えてくれよ」
アレンは愛用の銀の弓を磨きながら、シャーリーの隣に腰を下ろす。
「炭鉱は落盤が激しくて天然の迷路みたいになってる。そこを抜けるとダンジョンと繋がってるんだ。ダンジョンは確認した限り地下8層だけど、それ以上先があるのかは知らない」
「魔族がいるかもしれないって言ってたけど、その時は調査依頼だったんだろ? でも今はプラチナプレートが管理してるってことは、魔族はそいつに倒されたんじゃねーのか?」
「どうだろう……。ここからじゃ見えないからなんとも……」
可能性としてはゼロではない。ギルドが何らかの対処をしていることも十分考えられる。
通常、危険であれば入場禁止ダンジョンとして封鎖されるのだが、そうはなっておらず、ギルドのダンジョンマップに掲載されているのだ。
それは許可さえあれば入場しても良いということに他ならない。
「ちょっと暇だし、中入ってみようぜ?」
「待って! 確かに魔族はいないかもしれないけど許可は必要でしょ? あんたプラチナの冒険者を敵に回したいの?」
「大丈夫だって。どうせモーガンさんのことだからカネでも積んで許可をもらって来るに決まってる。そもそも許可を取りに行ったんだから入る気はあるってことだ。それよりさっさとウルフを狩って仕事を終わらせた方が有意義だろ? なぁみんな!?」
「「おぉ!」」
アレンの呼びかけに呼応する冒険者達。
モーガンが帰ってくる前にウルフを捕獲出来ていれば、出来高払いが上乗せされるかもしれないという期待が彼等を後押ししていた。
「許可がとれればそれでよし。取れなかったら洞窟から出て来たところを狩ったことにすればいい」
しかし、シャーリーの表情は曇ったまま。
「大丈夫だって。最下層までは行かないようにするから。魔族が最下層にいるならウルフ達はその手前にいるはずだ。そうだろ?」
アレンの言うことは的を得ていた。だからこそシャーリーの気持ちも揺らぐ。
ここでウルフを狩れれば残りの日程は全てフリーになる。確かにそれは魅力的だ。
「俺もさっさと仕事を終わらせて家族サービスでもしてやらんと、またカミさんにどやされちまうよ」
アレンの冗談にどっと沸く冒険者達。緊張の糸が解け、一気に場が和んだ。
その空気感はまるでシャーリーだけが蚊帳の外。その決意が緩んでしまうのも必然と言えた。
「トラッキングには何が見える?」
「俺のにはウルフ達だけだな。それ以外の魔物の類は見えない」
「……わかった。最下層には降りない条件でよければ……」
「よし決まったぁ! 行くぞみんな!」
「「おお!!」」
放っておいても突入するという雰囲気だった。
炭鉱は巨大な迷路だ。何の準備もなしに足を踏み入れれば、迷子になるのは明白。
それなら道を知っているシャーリーが案内した方が安全である。
(危険だと思ったらすぐに引き返せばいい……)
アレン達は威勢よく雄たけびを上げると、シャーリーを先頭に炭鉱の中へと入って行った。
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