第108話 ボルグ君2号
「おーい108番」
「はいはーい」
軽い返事と共に目の前に現れたのは、ダンジョンの管理人にして精神体である108番だ。
「「魔族!?」」
「ん? もしかしてお前達には108番が見えるのか?」
明らかに108番の方に視線を向け警戒している獣達。
見えている理由は不明だが、元の世界でも動物には人に見えないものも見えるといった噂話はあった。
ならば、話は早い。
「紹介しよう。このダンジョンの管理者の108番だ。御覧の通り魔族のようだが、敵ではなく今は精神体。仲良くやってくれ」
それを聞いた獣達はすぐに警戒を解いた。
俺を信用してくれたのか、警戒するに値しないと思ったのかはわからない。
「108番。暫くコイツ等をここで匿う事にした。よろしく頼む」
「了解です。新規登録ですか?」
「……は?」
意味がわからず聞き返す俺に、目が点になる108番。
「え? ダンジョンに住まわせるんですよね?」
「そうだが……」
「えーっと……。マスターの配下ではなく?」
「人間達に追われているようだから、少しの間だけ匿ってほしいんだが……」
「ああ、そうなんですね。失礼しました。私の勘違いのようで……。了解です。お任せ下さい」
何やら話が噛み合っていなかったが、ようやく理解を示した108番は自分の胸をドンと叩くと自信たっぷりに答えた。
ダンジョン内での生活に不自由はないはずだ。
食事に関しては自分達でなんとかしてもらう他ないが、空気の循環などの生命維持は108番が管理してくれている。
しかし、その効果が見込めるのは封印された扉より下層の話。
「108番。上層の様子はどうだ?」
「前と特に変わりはないですね。1層目と2層目にはゴブリンとアンデッド化した魔物。3層はオークが少数でしょうか」
「ワダツミ。お前達から見るとゴブリンやオークというのはどうなんだ?」
「どうと言われても……。敵……としか……。負けることはないが、相手はこちらを餌としてしか見ていないはずだ」
「そうか……。ならば封印の扉を開けるのは止めたほうがいいな……」
いざという時の為に獣達の退路を確保したかったのだが、どうやらそれは難しいようだ。
ならば、護衛として何か呼び出しておこう。
最低でもウルフ達を狩れる力のある者達が20人。スケルトン程度では意味がない。
リビングアーマーでいいか……。1度使っているという信頼と実績がある。強さも申し分ないはずだ。
入れ物である鎧とそれに定着させる魂が別途必要になるが、スケルトンとは違い時間に制限がない。
鎧はこのダンジョンで亡くなった者達の遺品が最下層にある。それを借りれば問題ないはず。
108番と獣達を引き連れて、より深くへと潜っていく。
地下7層の大きなホールで獣達を待たせ、そこから先に進むのは俺と108番だけだ。
最下層のダンジョンハートが壊されてしまえば俺は死ぬ。それは誰にも言うことの出来ない俺だけの秘密……。
地下8層の玉座の間を通り抜け隠し階段を降りると、最下層のダンジョンハートを横目に冒険者達の遺品が収めてある部屋へと入った。
「さて……。どれにしようかな……」
ごちゃごちゃと散乱している装備の数々。この中から適当な鎧一式と武器を選ぶのだが……。
「やっぱ統一感があった方が良いよなぁ」
ぶっちゃけ鎧ならなんでもいいのだが、こういう細かい所に拘ってしまうのは俺の性格なのだ。
靴下の色が左右別々であったり、立派なコートを着ているのに素足にサンダルでは、お世辞にもカッコいいとは言い難い。
「おっ? この鎧なんかカッコいいんじゃないか?」
黒い光沢の胸部装甲。光の加減で赤くも見えるその鎧は、余計な装飾はなく質実剛健。
シンプルながら冒険者というより魔王の手先が纏っているような、そんな禍々しさを感じさせる。
何で出来ているのか不明だが思ったより軽く、何より色が気に入った。
「よし。これと同じ種類の物を探そう」
探し始めて15分ほどで全ての部位を発見し、1着のフルプレートアーマーが完成した。
「あとは武器だが……。これでいいか」
手に取ったのは風の魔剣と言われている物だ。見た目は日本刀に酷似している。
片刃で細身の刀身に、鳥の翼を模ったような金色の鍔が特徴的。
柄には翠色の宝石のような物が埋め込まれていた。
性能は定かではないが、一応は魔剣と言われているようだし、それなりの物ではあるだろう。
風の力で迫り来る矢の勢いを削いだり、相手の動きを封じたりといった使い方が出来ればいいのだが、適性を持たない俺にはそれがわからない。
炎の魔剣であるイフリートよりはマシだろう。あれは殺傷能力が高すぎる。
最悪、守るべき対象の獣達にまで被害が出てしまいかねない物だ。
「【
魔法書を片手に鎧へと手をかざすと、呼び出した魂がそれに憑依し動き出す。
金属同士の擦れる音が、ガシャリガシャリとダンジョン内に響き渡る。
そこに立っているのはただの鎧だ。しかし、それに恐怖を感じてしまうのは、動くわけがないという固定観念に囚われているからだろう。
出来立てほやほやのリビングアーマーを引き連れ、皆の待つ7層へと戻る。
「九条殿、これは?」
「これはお前達の護衛だ。名付けて『ボルグ君2号』。敵意のある人間を追い払ってくれるだろう」
「その名は……」
「そうだ。盗賊の首領だったボルグの魂を定着させている」
ワダツミ達の部族はその名を知っている。ボルグが生きていた頃、騙され操られていたという過去があったからだ。
しかし、ボルグは長老に倒され、魂だけの存在となった今では俺の思うがまま。
天に帰ることすら許されぬ、不遇な魂となり果てたのだ。
「ふん。いい気味だ……」
ワダツミは鼻で笑うと前足でリビングアーマーを引っ掻いた。
借り物なんだから傷付けるんじゃない! ……とは言わなかった。その気持ちもわかるからだ。
「ひとまずコイツはここのホールに置いておく。大丈夫だとは思うが、何かあったらこの下の8層まで下がってくれ。最悪、ボルグ君2号が倒される前には駆け付けるつもりだ」
「「了解した」」
相手は不法侵入。殺されても文句は言えないだろうが、殺すつもりはない。
現行犯で見つけ次第、出て行ってもらうだけでいい。
冒険者が関わっているならギルドに報告して、お灸を据えてやるだけだ。
「よし。何か進展があればまた来る。……じゃぁ帰ろうカガリ」
獣達に見送られ、帰りはカガリの狐火で炭鉱を抜けた。
「主、何ニヤニヤしているのですか? 気持ち悪いですよ?」
その原因はカガリにあった。
得意げに狐火で辺りを照らすカガリは、何と言うか背伸びをしている子供のようで、どこか微笑ましく見えたのだ。
村に戻ると、ギルドへと顔を出した。
「ソフィアさん、今大丈夫ですか?」
「あっ、はい。どうかしましたか?」
時間は午後4時過ぎ。ギルド職員達は規定の仕事を終え、帰って来る冒険者達を待っている時間帯だ。
日が落ち始めれば、その報告作業の処理で忙しくなるだろう。
「最近のウルフ狩りの動向とかってわかったりします?」
「え? ウルフ狩りは九条さんに言われた通り、ウチでは扱ってませんけど?」
「あ、いえ、そうではなくて。別の街のギルドとかだとどうなのかなって……」
「うーん……。聞いてみないとなんとも……。ウルフ関係の取引を止めてしまった所為で相場などの情報も入って来てないんですよね。何かあったんですか?」
「そのウルフ達から相談を受けてですね、どこかの狩人達が結構な規模でウルフ狩りをしているみたいなので、何か原因があるんじゃないかなと……。腕に緑色の布を巻いているみたいなんですが、何かわかりませんか?」
「え? そうなんですか? でしたら多分キャラバンの方々だと思いますが……」
「キャラバン?」
「簡単に申しますと商人と行動を共にする冒険者達のことです。メリットとしては、普通の依頼とは違い成功失敗にかかわらず報酬が固定されているので安定して稼げますが、途中で得た素材やアイテム等は全て依頼主である商人の取り分となります」
ギルドの規約に載っていたような気がする。
確かギルドで所有していないダンジョンなどの攻略で良く使われているとか……。
あまり詳しく読み込んでいないが、何種類かある雇用形態の1つだったはずだ。
俺とソフィアが話し込んでいると、ギルドには徐々に冒険者が増えてくる。
流石にこれ以上はソフィアを独り占めすることは出来ない。
「キャラバンでしたら本部に問い合わせればわかると思いますが、ちょっとすぐには……。明日の昼頃までで良ければ調べておきましょうか?」
「お忙しいところすいません。よろしくお願いします」
軽く頭を下げ、後ろに並んでいた冒険者にカウンターを譲る。
明日また来よう。早めに情報を知れた方がいいに決まってはいるが、急いでいるかと言われればそれほどでもない。
ダンジョンは俺の許可がなければ入ることが出来ない。ギルドで所有者を調べればすぐにわかることだ。
仮に侵入を許したとしても、護衛としてボルグ君2号を配置しているのだ。
強さに個体差はあれど、シルバープレート冒険者が複数人は必要と言われているくらいなので大丈夫だろうと高を括っていたのだが、俺の見込みは甘かった。
――逆の意味で……。
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