第107話 獣達の避難先

 丁度良い大きさの岩に腰掛けると、獣の長達が俺の周りへと集まった。

 白狐率いるキツネ達。蒼毛のウルフ達に黒毛のウルフ達だ。


「まずは先程までの非礼を詫びよう。俺は遥か西の森でこいつ等の長をしている。ここには金の鬣きんのたてがみと人間達から逃れてきた」


「そうなのだ。西の奴等が我等の縄張りに入って来た。力ずくで追い返すことも考えたが、理由を聞いて一時休戦としたのだ」


「ちょ……ちょっと待ってくれ」


「何か?」


「お前、名前は?」


「ないが?」


 首を傾げる漆黒のウルフ。

 どちらもウルフ族で族長。名前がなく、違うのは毛色だけだ。


「まず名前を決めてくれ。何かを伝えるにしても解り辛い……。色で呼ぶというのも気が引ける」


「別に構わぬが……」


「どうする?」


 2匹の族長は顔を見合わせると、自分の名を決める為悩み始める。


 ……長い……長すぎる。5分ほど長考したままだ。

 カガリは大きな欠伸を見せると、その場に伏せってしまった。


「まだ決まらないのか?」


「そうは言っても九条殿。名前を決める習性などない我らにそのようなことを言われても……」


「わかった。じゃぁ俺が勝手に決めるぞ?」


 族長達はまたしても顔を見合わせ、頷いた。


「「うむ」」


「よし。名前は今回限りだ。話が終わり、その問題というのが解決したら忘れてもらって構わない」


「「了解した」」


「じゃぁ、まずお前だ。お前は毛が闇のように黒く、瞳が星のように黄色いからコクセイ」


「コクセイ……コクセイ……。……よし覚えた」


「で次は族長。お前は毛が蒼と白で分かれていて、海の波のように見えるからワダツミだ」


「ワダツミ……。了解だ」


 2匹のウルフはそれぞれ自分の名を覚えると、力強く頷く。


「九条殿。我は? 我は?」


「お前は白狐だろ?」


「そうじゃけども……」


 白狐は悲しそうな顔をすると、気を落とし溜息をつく。

 自分で白狐を名乗っておいてそれが不満なのだろうか?

 今名前を変えたらややこしくなってしまう。どうせ今回だけの臨時の呼び名だ。しばらくは我慢してもらおう。


「名前も決まったところで話を進めたいんだが、途中に出て来た金の……なんとかってやつはなんだ?」


金の鬣きんのたてがみだ」


「それはなんだ?」


「なんだと言われても……。魔獣なのだが……」


 ハッキリとしない態度の俺に業を煮やしたのか、コクセイは事の経緯から語ってくれた。


「少し前の話だ。遥か西の森。そこには誰も住んでいない荒れた洞窟があった。そこから突如出現したのが金の鬣きんのたてがみだ。そこは俺達の縄張り。果敢に挑んだのだが、俺達では手も足も出なかった。しばらくすると人間達も金の鬣きんのたてがみの存在に気付き、討伐隊を差し向けて来たのだ。それに巻き込まれては堪らんと東へと逃げ延びたのだが、逃げた先では人間達に追われる羽目になった。先の争いで手負いだった俺達は、そこからも逃げる他なかったのだ……」


「なるほど。それで現在に至ると」


「この森は安全だと聞いたのだ……」


「確かにそうだ。ウルフ族とキツネ族は互いに手を取り合い、村を襲わなければこちらも手出しはしないという約束になっている。村の人間はウルフに手を出さないし、ギルドでもウルフ狩りの依頼は全て断っているはずだ」


「九条殿の言う通り。しかし、コクセイの群れを追ってきている人間達はそうではないという話じゃ」


「このままでは白狐やワダツミ達に迷惑をかける事になる……。だから、その人間達をどうにかしてほしいのだ。金の鬣きんのたてがみがいなくなるまででいい。暫くすれば人間達が討伐を果たすだろう。奴さえいなくなれば、俺達は元の森へと帰る事が出来る」


「追ってきている人間達というのはどれくらいだ?」


「確認できただけでも20人ほどだ……」


「ウルフ狩りで20人!? 多すぎるだろ……。何故そこまでウルフに拘る……。……お前達、人を殺めたのか?」


「いや、人を襲えば報復されることは知っている。金の鬣きんのたてがみが現れてからというもの、人間どころか作物や家畜を襲う暇などなかった」


 怨みではないとすれば、説得の余地はありそうだ。


「相手に特徴はあるか? 服装とか、武器とか」


「殆どが弓を武器に使っていた。後は腕に緑色の布のような物を巻いている集団だ」


 狩りをするのなら弓が順当だろう。気になるのは腕に巻いた緑色の布だが……。


 ウルフ達をのではなく……。

 何故、執拗にウルフ達を狙うのか……。

 話し合いに応じて村のルールを順守してくれる奴等だといいのだが……。

 やらないという選択肢はない。ワダツミ達には少なからず助けてもらっている。その恩を返せるまたとない機会。


「ひとまず話はわかった。出来る限りの手は打とう」


「恩に着る……」


「で、その人間達は後どれくらいでここまで辿り着く?」


「早ければ明日……。遅くても2日後にはこの辺りまで来るだろう」


「時間がないな……」


 村に匿うことも考えたが、この数は流石に厳しい……。

 村人はカガリには慣れているし白狐達ならば受け入れることは可能だろうが、ウルフとなればそうはいかないだろう。

 お互い手出ししないことになっているとは言え、ウルフは人にとって危険な生き物なのには変わりない。

 例え村の中で匿ったとしても、村の外の人間であれば狩ってしまうかもしれない。

 村では買い取らなくとも、別のギルドなら換金にも応じているはずである。

 考え込む俺を心配そうに見つめる獣達であったが、匿える場所は意外とあっさり決まった。


「……そうだ! 丁度いい場所があるぞ! 付いて来てくれ」


 俺の言葉に表情が明るくなる3匹の族長達。

 そして案内した先は、崩れかかった洞窟の入口だ。


「九条殿……。ここは……」


「訳あってここは今、俺の物なんだ。ここなら身を隠すのに最適だろう? 何せ俺の許可がなければ入れないからな」


 盗賊達がアジトとして使っていた炭鉱だ。

 その奥に繋がっているダンジョンも、今や俺の所有物となっている。

 そしてワダツミ達は、そこまでのルートを知っているのだ。


「ワダツミ達には苦い思い出かもしれないが……。どうだ?」


「いや、助かる。ありがとう九条殿」


「そういえばカガリも中に入るのは初めてだったな。ついでに案内しよう」


 総勢80匹にも及ぶ獣達は薄暗い炭鉱へと入って行く。……が、俺の足はすぐに止まった。


「予想より暗い……。何も見えん……」


 当然だ。時間は正午より少し日が傾いた程度だが、炭鉱に入るとは思っていなかった為、松明やランタンの類は持ち合わせてはいなかった。

 夜目の利くワダツミに案内してもらえばいいかと考えていると、急に辺りが優しい光に包まれる。


「"狐火"」


 空中を漂う蒼白の炎。ハンドボールほどの大きさのそれはゆらゆらと揺らめき、暗い炭鉱内を明るく照らす。


「魔法……か?」


「我の力じゃ。恐らくは人間の魔法と言われているものとは違うと思う……」


「助かるよ。白狐」


 隣へと身を寄せてきた白狐を、優しく撫でる。

 そこでハッとした。いつもの癖で白狐をカガリのように扱ってしまったのだ。

 すぐにそれに気付き、手を引っ込めた。


「あっ……すまん」


「……いや、構わぬ」


 白狐はカガリと違い、その凛とした佇まいから近寄りがたい威厳を感じるのだ。

 気安くは触らせぬといった雰囲気が常に漂っている。

 なので、許しもなく触ったことに気分を害してしまったかと憂慮したのだが、そんなことはないようで、むしろもっと撫でろと言わんばかりに擦り寄って来る。

 嫌がらないのならと内心ホッとしながらも、存分に撫でていた。


「それくらい、私にも出来ますけどね!」


 カガリの不満そうな声と同時に出現したのは、白狐の狐火と同じ物。

 ただでさえ明るいそれが、至る所に浮かび上がる。

 その明るさは、カメラを向ければ白飛びしてしまうこと請け合いだ。


「うおっ……。まぶし……」


 恐らく、機嫌が悪いのは白狐を構い過ぎたのが原因だが、こんなカガリを見るのは初めてだった。

 不貞腐れてしまったかと思えば、今度はグイグイと身を寄せる。

 その力強さたるや尋常ではない。


「わかった、わかったから! 俺はカガリにもちゃんと感謝してる」


「……ならばよいのです」


 溜飲を下げたカガリは一転満足そうだ。

 右手で白狐を撫で、左手でカガリを撫でる。

 これがモテ気だろうか? 魔獣ではあるが、一応は女性。

 ……間違ってはいない。間違ってはいないが、あまりの虚しさに俺は考えるのを止めた。

 とは言え、幸せそうな表情を浮かべるカガリと白狐が見れたのであれば本望だ。

 少々歩きにくいのを我慢しつつも、俺達は炭鉱を抜けダンジョンへと足を踏み入れた。

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