第53話 絶望

 ネストは後方から状況を判断していた。

 大斧の方は、フィリップとシャーリーのコンビが上手いこと連携して対処している。

 確かに相手は格上だが、敵同士の連携はお粗末。厄介なのはウェポンイーター持ちと、その後ろに控えている魔術タイプのシャドウだ。

 ウェポンイーターは、常にバイスに粘着していて魔法を撃ち込む隙がなく、魔術タイプは、後方から魔法でちょっかいを出してくる。

 グラウンドベイトの範囲内ならバイスに魔法攻撃も集中するはずだが、敵の攻撃を引き付けられていないということは、スキル効果の範囲外なのだ。


(もう少し戦線を前に出せれば……。私への攻撃は避ければいい。けど、シャロンとニーナは守らないと……)


 ネストは防御に徹していて、思うように攻撃魔法が撃てずにいた。


「【火炎柱フレイムピラー】」


 突如ネストの足元に魔法陣が浮かび上がると、その場所に大きな火柱が出現する。

 火炎柱フレイムピラーは、ピラー系の中で最も殺傷能力が高い魔法。

 その中に囚われようものなら体は焼かれ、例え炎に耐性を持っていても酸欠で窒息してしまうだろう。

 だが、ネストはそれを待っていた。


(今なら炎の柱で、相手からはシャロン達の位置が見えないはず! 半端な攻撃であれば、炎の柱が盾代わりにもなる)


 一瞬ではあるが、シャロンとニーナを気にせず攻撃が出来るまたとない機会。

 サイドステップで炎の柱から逃れたネストは、すぐに体制を立て直す。


「【電光撃ライトニングボルト】!」


 ネストの杖からバチバチと大きな音を立て発生した電撃は、辺りを明るく照らしたかと思うと、杖の向けた方向へと稲妻を走らせ、シャドウの身体を貫いた。

 相手に防御の隙を与えない為、ネストは射出速度が速く殺傷能力の高い魔法を選択したのだ。

 膝を折りボロボロと崩れ去るシャドウ。木製の杖が地面へと落ち、甲高い音を響かせる。

 目の前の敵に集中しながらも、皆が心の中でネストに賞賛を送る中、ニーナは1人唇を噛み締めていた。

 まるで役に立っていない。むしろ足を引っ張っている自分に焦りを感じていたのだ。

 ニーナは震える体を抑えようと必死だった。頭の中は真っ白で、連携さえも思い出せない。


(何か……。何かしないと……)


 そしてニーナの目に付いたのは、目の前のシャドウ達ではなく玉座にふんぞり返るグレゴールだ。


(シャーリーを信じるなら弱いはず……。私でも隙を付けば、1撃を入れることが出来るかもしれない……)


 一応はニーナも神聖術の使い手。それが魔族に有効なのは周知の事実。


「【氷結輪舞アイシクルロンド】」


「【魔力障壁マナシールド】!」


 遥か上空に出来たいくつもの氷の矢がパーティ全体に降り注ぐも、ネストが形成したシールドで全てを弾き飛ばし、辺りに舞い散る氷の欠片。

 視界が僅かに遮られその障壁が消えかかった瞬間、ニーナはその隙を付き小さな杖を振りかざした。


「【神聖矢ホーリーアロー】!!」


 神聖術の基本ともいえる攻撃魔法。ニーナの前に現れた2本の白い矢は、杖の先へと一直線。光跡を残すほどの速度で飛翔し、それは見事グレゴールに突き刺さった。


「や……やった!」


 グレゴールがそのままズルリと王座から崩れ落ちると力なく地面に横たわり、それと同時にシャドウ達は塵と消えてしまったのだ。


「嘘だろ……。やったのか?」


 少し前まで金属音がうるさいと思うほど響き渡っていた空間は、今や息の上がった冒険者達の呼吸音しか聞こえない。

 誰もがそれに疑いの目を向けていたが、シャドウは全て消滅し、本命のグレゴールも虫の息のようにも見える。

 シャーリーの索敵からはグレゴールの反応は消えてはおらず、瀕死なのか倒したのか死んだフリなのかは、判断がつかなかった。


「私がグレゴールの遺体を調べる。皆はそのまま警戒を維持して」


 ゆっくりとグレゴールの遺体に近づいていくネストを、固唾を飲んで見守る。

 その時だ。グレゴールのものと思わしき声が、部屋中に響き渡った。


「私に手を出すなと忠告しておいたはずだ……。もう容赦はせん。余興は終わりだ! 冥土の土産に我が直々に叩き潰してやるッ!!」


 グレゴールの遺体を中心に紫色に輝く巨大な魔法陣が浮かび上がると、大地が唸りを上げ、魔法の光を灯していたランタンはチカチカと不規則に点滅を始めた。

 グレゴールがその中に飲み込まれると、魔法陣はバチバチと放電を始め、ダム穴のような歪の中から瘴気と共にゆっくりと出現したのは、巨大な骸骨の右手。次に錫杖を持つ左手だ。

 その両手が魔法陣の縁を掴むと、自身の巨大な体を持ち上げる。

 そこから姿を現したのは、赤褐色の巨大なスケルトン。大きさ故に魔法陣から出てこれたのは上半身だけである。

 骨の身体から溢れ出す瘴気は近寄るだけで致死量を超え、頭蓋骨だけで3メートルはあろうかという巨大さだ。

 頭には傷や凹みだらけでくすんだ金色の王冠を被っていて、薄汚れた白い法衣に紅い天鵞絨で出来たボロボロの外套を羽織っていた。


 ――スケルトンロード。――不死の王。――ノーライフキング。


 その呼び名は数あれど、そのどれもがアンデッドの頂点たる存在を示したものである。


「—————ッ!!」


 それは天を仰ぎ咆哮する。

 声帯のないスケルトンの声など聞こえるはずがない。しかしその咆哮は、誰もが聞こえるほどの魔力を帯びていた。

 巨大なスケルトンは、文字通りバイス達を見下ろした。

 見る者全てを混沌へと陥れる不死の支配者。恐怖の象徴。絶対なる死。

 グレゴールを倒したからシャドウが消滅したのではない。そんなものは最初から必要なかったのだ。

 余興という言葉の意味をようやく理解し、圧倒的な力の差を前に成す術なく立ち尽くす。


「あ……あっ……」


 ガチガチと歯が噛み合う音が聞こえるほど震えるニーナは、恐怖のあまり腰が抜けその場に座り込むと、カーペットはみるみるうちに湿り気を帯びた。

 何故、無謀にも戦いを挑んでしまったのかという後悔の念と、ここで死ぬのだと言う畏怖を誰もが感じ取っていたのだ。

 絶望と恐怖が場を支配し、誰もが生を諦めた。しかし、シャーリーだけがそれにしがみついたのである。

 武器を捨てシャロンの下へ走ると、持っていた荷物を奪い取り、中身を全てひっくり返す。


「……嫌だ!……死にたくない!……死にたくないよぉ!! ……水晶……ぎかんずいじょぉ……どこ……ドコダヨォォォ!!」


 無くしたおもちゃを必死に探す子供のように無様な姿を晒すシャーリー。

 その声は恐怖で震え、戦うなどという愚かな選択肢はもはやどこにも存在しない。

 索敵スキル持ちのシャーリーがこの状態だ。聞かずとも皆が理解していた。相手は人知を超えた存在なのだろうと……。

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