第52話 経験不足
「【
2体のシャドウを囲むように広がる鈍化フィールド。
しかし、効果は感じられず、舌打ちを漏らすシャロン。
「
「……え?」
「さっき言ったでしょ! ボーっとしない!」
「ご……ごめん」
馬車内の作戦会議で決められた連携。
弱体化魔法の効果が現れなければ、重ねて同じものを合わせろと言われていたのを思い出したニーナ。
「【
同じ魔法を2重にしたことにより、ようやくその効果が見え始める。
ネストが突撃のタイミングをずらした大斧を持つシャドウが体勢を立て直し、戦線へと復帰する。
流石にあれは受けきれないと考えたバイスは避けようとしたが――何故か足が動かない。
「【
それは氷系の束縛魔法。バイスの足元が一瞬にして氷に覆われ、動きを封じられたのだ。
「くそッ、"堅牢"!」
「【
両足が悲鳴を上げるほどの衝撃をその盾で受け止める。
瞬間的に防御力を上げる”堅牢”スキルの上から、防御魔法をかけたにもかかわらず、それはあっさりと砕かれた。
「ニーナ! 補助はあなたの担当でしょ!?」
防御魔法をかけたのはシャロン。それがなければバイスが真っ二つになっていてもおかしくはなかった。
「あっ……」
ニーナは体が思うように動かなかった。狙われたことのない自分が標的になった。
死ぬかもしれないという現実を突きつけられ、ニーナは恐怖していた。
格上の相手との戦闘経験が皆無なのだ。
ギルドでは逃げることは悪いことではないと教えられる。
とは言え、担当する冒険者を守らなければならないのもギルド職員としての務め。
今まで担当してきた冒険者達は、相手が格上だった場合手を出すことなく逃げてきた。
実際それが正解なのだ。冒険者は戦争をしているわけではない。自分の手に負えなければ別の者に任せればよいのである。
「【
ネストがバイスにかかっていた
「フィリップ! 盾をよこせ!」
フィリップは装備していたカイトシールドを投げ、バイスはそれを受け取った。
両手に盾を持つバイスの得意スタイル。それは同時に、フィリップがサブタンクからアタッカーへと切り替える合図だ。
「ニーナ! 予備の剣を出せッ!」
ニーナはリュックの横にぶら下げてあった予備のショートソードを手に取り、フィリップに投げるだけでよかった。
しかし、恐怖からか思うように手が動かない。
ようやく掴めたショートソードは鞘の部分で、上下逆さまに持ってしまった為、中身はガチャリと情けなく地面に落ちた。
ウェポンイーター持ちと大斧持ちは、なんとかバイスを崩そうとするも、防御に徹しているバイスのガードを突破することは出来ない。
それは幾度となく死線を潜り抜けてきたバイスだからこそ出来る事で、格上相手でも決して揺らぐことはなかった。
一方のフィリップは、魔剣イフリートの攻撃を避け続けていた。
予備の武器を取りに行きたいが、シャドウを連れては下がれない。
どうしても避けきれない攻撃は受ける他ないが、イフリートの熱で発生する陽炎が太刀筋を大きく歪ませていたのだ。
フィリップはどちらかと言うと、アタッカー向きの戦い方を好む。
盾で攻撃を受けるより、躱しながら戦うスタイルを得意とするのだ。
しかし、いつまでたっても予備の武器が飛んでくる合図がない。
「くそッ!」
フィリップがチラリとシャーリーに視線を送る。それは2人が長年パーティを組んでいるからこそわかる合図だ。
シャーリーがフィリップの後ろに回り込むと、フィリップに向かって弓を射る。
「"リジェクトショット"!」
そのままいけば、フィリップの後頭部を直撃する軌道だ。
シャドウの攻撃を、ギリギリの位置で上体を逸らし躱すフィリップ。
首があった場所をイフリートが凪ぐも手ごたえはなく、その軌跡に出来た陽炎の中から出現したのは1本の矢。
それを至近距離で避けれる者なぞいやしない。
フィリップを狙ったシャーリーの1撃は、シャドウの眉間に突き刺さると、大きく弾けシャドウを後方へと吹き飛ばした。
しかし、倒すまでには至らない。リジェクトショットは衝撃で相手を吹き飛ばす効果があるものの、致命傷を与えるほどの威力はないのだ。
その隙に、フィリップは予備のショートソードを取りに行く。
ネストはその一瞬を見逃さなかった。
「【
弾き飛ばされたシャドウの足元から無数の氷の柱が出現すると、それは次々とシャドウの腹部へと突き刺さり、藻掻き苦しむシャドウ。
氷の柱は尚も大きく成長を続け、ついにはそれを完全に飲み込んだのだ。
魔剣と共に飲み込まれたシャドウはそのまま闇へと消失し、凍える牢獄に取り残されたイフリートはその炎を失った。
ニーナが拾おうとしていたショートソードを奪い取るフィリップ。その手は酷く焼け爛れ、痛々しい。
それが魔剣と呼ばれる所以でもある。その熱量は、例え当たらなくともダメージを受けてしまうのだ。
フィリップの上半身はすでに火傷だらけだった。
「【
シャロンがフィリップを回復すると、フィリップはすぐに前線へと舞い戻る。
狙うのは大斧。ウェポンイーターとは相性が悪すぎる。
逆に大斧の方は相性がいい。1撃は重いが、当たらなければどうということは無いのだ。
その身のこなしと華麗な剣技で、少しずつ相手にダメージを与えていく。
バイスはフィリップのおかげで、ウェポンイーターに集中出来た。
短剣程度の攻撃でバイスのガードを突破することは難しい。
左手のタワーシールドで短剣を弾くと、右のカイトシールドで打撃を与える。大きなダメージを与えることは出来ないが、優勢なことには違いない。
イフリート持ちを倒した事で、少しずつだが押し返し始めていた。
それを見て焦りを感じたのか、後方で待機していた2体のシャドウが戦線へと加わる。
「【
2体同時に魔法を唱える。出現した光球の数は30。
「多すぎる!」
ネストの調子のいい時でさえ13個が限界だ。
マジックアローは基礎的な攻撃魔法だが、その熟練度で出現する光球の数が左右する。それ故に
15個の光球が2体分。それはネストよりも熟練度が高いことを意味している。
「【
パーティメンバーの周囲を魔力で囲み、物理にも魔法にも効果のある防御壁を展開する。
しかし展開中、術者は行動することが出来ず、魔力効率もすこぶる悪い。攻撃を食らえば食らうほど魔力を消費してしまうのだ。
全ての
「シャロン! ニーナの分のマナポーションを私に!」
シャロンはハッっとするとそれに応え、とっておいたマナポーションをネストへと投げた。
皆が理解していた。ニーナはもう役に立たないと。
しかし、それを責めることはなかった。
最優先は生き残る事。余計なことを考える余裕なぞ、誰にもなかったのだ。
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