勇者パーティを追放された凡夫、前世の記憶を取り戻して世界最強

ミソネタ・ドザえもん

序章

 どうしてこうなった。

 混乱する頭で、僕は考えた……。


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 その日はとてもむしゃくしゃする一日だった。日が沈んでも中々気温の下がらないこの街の気候のことに腹を立てていたのではない。俺が腹を立てていたのは、見る目のないパーティご一行へ向けて。いいや、今や同じパーティの一員ですらないのだから、同僚ご一行、だろうか。

 そう、僅か数分前、俺は所属していた勇者パーティを脱退させられたのだ。

 俺の所属したアーノルドの勇者ご一行と言えば、魔王討伐を願う国民ならば、誰でも一度は耳にしたことがある有名なパーティである。俺がその一行とパーティ関係となったのは、確か六ヶ月ほど前の話。丁度俺の住む村に彼らが滞在した時、先の戦いで失った後方支援の魔道師の代わりを、彼らは探していた。村で一番の魔道師と名高い俺が、その話に飛びついたのは至極当然のことだった。 

 アーノルドパーティへの参入は、特に実技試験等が行われず肩透かしを食らったことを覚えている。ただメンバー一同との面接を実施するだけ。そんなことで正当な評価をしてもらえるのか甚だ疑問だったが、とにかく俺は名声を得るため、アーノルド達との邂逅を果たした。

 

『得意な魔法は?』


 ただ、この面接の時から、俺は彼らのことをいけ好かない連中だと思っていた。


『ヒーラーかな。この辺の連中、怪我することが多かったから、気付けば手馴れたもんだったよ』


『へえ、意外だね』


『意外?』


『いや、その見た目だし、もっと攻撃系な魔法を言うものと思っただけだ。ごめんよ』


 眉間に皺が寄った。確かにそういう系統の服装を俺は好む。ただだからと言って、それを理由に得意魔法を決め付けられるのは、初対面にも関わらず、自分の人間性などそんなもんと言われているようで、あまり気持ちの良いものではなかった。

 結局、パーティに入ることが出来た俺だったが、アーノルドに対して、早くも不信感を抱く結果となった。

 それからも、アーノルドと言う男は俺に対してだけ嫌味な言い方をしてきた。募る不満をたまにぶつければ、嗜めるパーティメンバー共が味方するのはいつもあいつだった。実力主義だと口を揃えて女共は言ったが、どうせ名の知れたアーノルドに良い顔をしたいだけなのだということは、一目瞭然だった。

 そんな連中とのパーティがうまく良くはずがないことは、思えば初めからわかりきっていたことだったのかもしれない。それでも自らの名声をあげるため、俺は我慢してパーティに居座り続けた。

 

 でも、結局はそう長くは続かなかった。

 ある日の魔物討伐の帰り道、雑魚敵に頬を傷つけられ、血を滴らせている無様なアーノルドは俺に冷たく言い放った。


「レブロン、君はこのパーティから出てってくれ」


 アーノルドの鶴の一声に、パーティメンバーは共感の意思を示し、俺に釈明の余地も残さず、彼らは立ちすくむ俺を残して、立ち去っていった。所謂、不当解雇というやつだ。

 だから俺は、あの時むしゃくしゃしていた。

 しかし、いつまでそうしていても仕方が無いとはわかっていた。怒りを覚えながら、時たま今後の余生のことを考えていた。幸い金には困っていない。のんびり地元に帰って暮らせば、余生は問題なく過ごせそうだ。とはいえ、俺を無下にした奴らに何か一泡吹かせたい。


「不本意だろう?」


「は?」


 そんなことを考えていた俺は、見知らぬ男に背後を取られていた。


「不本意、だろう?」


 無精ひげに肥えた肉体。枯れたような声。そして、意味深な発言。

 俺は電波な男に目をつけられたことに恐怖を感じていた。

 

「アーノルド達に一泡吹かせたいと思っているのだろう?」


「なっ」


 何故それを。

 俺は身構えた。こいつは俺が何者かを知っているらしい。


「着いて来い」


 男はそれきり黙って、歩き出した。

 はん、誰が着いて行くか。得体の知れない男に着いて行って、何になる。


「……」


 一度はそう思った俺だったが、気付けば男に着いて行っていた。


「私は、エーション」


「エーション?」


「そう。そして神だ」


 本物の電波だった。着いてきたことを後悔し始めていた。

 それでも土産話に、と俺はエーションに着いて行った。彼は、自らと弟子の住む本部に俺を案内してくれた。

 エーションには五百余名の弟子がいた。日々、崇拝するエーションのような力を得ることを目指して、修行に励んでいるそうだ。


「アーノルドを倒したいかい」


 軽い説明を終えて、エーションは言った。


「あんた、何故アーノルドの名前を知っている」


「幽体離脱さ」


「幽体離脱?」


「そう、私は肉体と霊体を分かつことが出来る。霊体となった私は、スピリチュアルセンスによって、全てを理解していた。今日君がここに来ることも。アーノルドパーティを無理やり脱退させられたことも」


 エーションはその後も、直近で俺に起きた出来事を次々に的中させていった。正直、背筋が凍った。この男の話を全て信用したわけではないが、特異な力を持っていることは事実のようだ。


「力を得るため、修行しないか」


 とても魅力的な響きだった。

 アーノルドパーティに入れるほど、自分に力があることを僕は自負していた。でも、アーノルドと比較すればそれが到底及んでいないことも自覚していた。他メンバーからみても、それは明白。だからこそ、アーノルドは唯一あのパーティで治外法権でいれた。俺を独断で首にすることが出来た。


 試しに一度だけなら。


「聞くまでもないようだな」


 見透かしたようにエーションは言った。


「予知夢、だ」


 そして、付け加えるように言った。

 即日、エーションによる修行は実行された。その日された修行は、エネルギーパットという眉間を指圧する修行だった。

 何でも、エーションのようなステージが高い者が行うことで、弟子達の力を授けることが出来るそうだ。

 それからも霊力的修行は続いた。

 スピリチュアルセンスを磨くというのは、魔法と似たようでまったく異なるものだということは、今更ながら知った。

 時には、お布施といって金銭を要求されることもあった。しかし、正直金には困っていないので問題ない。全ては、打倒アーノルドのためだった。

 

 俺が焦りを感じ始めたのは、エーションの元で修行を始めて二ヶ月が経った頃だった。エーション達、ステージ上位者達の努力空しく、俺のスピリチュアルセンスが変貌を遂げる兆しはまるでなかった。


「レブロン、君の進化のため、最も危険な修行を行う」


 そういうエーションは真剣な眼差しで、僕は少し怖気づいた。


「進化するためなんだ。アーノルドを倒すためなんだ」


「……アーノルドを」


「そうだ」


 まるで催眠術を刷り込まれている演者のように、俺は呟いた。


「わかった」


 俺の返事を聞くや否や、エーションは錠剤を手渡した。


「これは?」


「神と同調しやすくなる薬だ」


 そんな物があったなら早く出せと思ったが、黙って受け取って、飲み込んだ。


「あれを貼りなさい」


 目を閉じると、脳裏にうっすらと何かイメージが浮かんだ。頭に吸盤のような物が貼られるが、気にはならなかった。それくらい心地よかった。まるで天国にでもいるような気持ちだった。


「あげなさい」


 エーションの声が遠くなっていく。脳が震える。イメージが形を変えていく。


「もっと。もっとだ」


 エーションの声はかすれがすれになっていた。僕の意識は混濁していた。神の領域とやらは何も見えてこない。


「――!」


 エーションの声が途絶えた。

 すると、


「ここは」


 おぼろげな景色に、僕は立っていた。歪んだ夕日。歪んだ向日葵。歪んだ少女。


「これは……」


 ハッとした。気付けば俺は、元いた世界に戻っていた。


「……ここは」


「何か見えましたか?」


 ベッドに横たわる俺に、エーション含む弟子数人が微笑んでいた。


「ああ。何か、見ていた」


「おめでとう」


 口々に、彼らは言った。手を叩く乾いた音が、狭い室内にいつくも木霊する。


「そうか。あれが」


 あれが、神の領域か。確かな実感を、俺は感じていた。

 法外なお布施を要求されたが、俺は黙って支払った。それよりも、一つ上の領域に足を踏み入れた実感に、感無量になっていた。すぐにでももう一度、同じ修行を行いたい。

 それからはまるで悪霊にでも取り付かれたように、俺はこの修行に没頭した。ただ、一度見たあの景色にもう一度出会うことは出来なかった。神に近づく錠剤の数を増やしても、まるで効果はなかった。


「もう一度、あそこに」


 夢遊病患者のように、俺は朦朧としながら呟いた。

 何度も何度もお布施をする内に財産は底を尽きたが、もうそんなことはどうでも良かった。借金をして、俺はあの修行に没頭した。


「今日も頼む」


「好きにしなさい」


 いつの間にか、エーションにも呆れ果てられていた。ここまでやって、スピリチュアルセンスの磨かれない俺に嫌気が差したのかもしれない。でも、もうそんなことは関係ない。

 錠剤を飲み、目を閉じると、心地よさだけが体を包んだ。


「ぐがっ」


 誰かの声が漏れた。自分の声に似ている。でも、もうそれはわからない。


「もっとあげなさい。もっと。もっと」


 エーションの冷淡な声が聞こえた。いつものように、弟子に何かを指示している。ただ今日は、一段冷たく、怒りのこもった声だった。


「あがっ」


 意識が混濁していく。ただ、あの景色は現れない。


「止めるな! こんな無一文、さっさとくたばらせろっ!」


 エーションの怒号が響いた。


 俺は――。


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「また、会おうね」


 ――綺麗な夕日。向日葵畑。そして、ララが泣いていた。

 

「うん」


「約束だよ?」


「――そうだ」


 ララ。

 僕の初恋の人。

 僕の、前世の僕の、初恋の人。

 イメージが形を変える。

 冷たくなっていく体。鮮血飛び散る道路。そして、馬車。

 そうだ。

 僕の前世は、移動民族の末裔。定住を持たず、その地域住民に忌み嫌われていた。そんな僕と、他の人と分け隔てなく接してくれたのがララ。

 僕達はいつも一緒で、いつしか僕の感情が恋に変わった時。


 僕達は離れ離れになった。

 そして僕は、移動した先の地で馬車に轢かれて命を失った。


『また、会おうね』


 僕はあの夕日の向日葵畑に戻ってきていた。ララの声が繰り返される。二度と果たされることがなくなったあの約束が。


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「まったく、エーション様もひでえよな。死体処理しとけだなんて」


 どうやら戻ってきたらしい。

 聞き覚えのあるエーションの弟子の声が聞こえた。


「まあまあ、実際鬱陶しかったじゃねえか、このヤク中」


 恐らく僕に向けて、もう一人の弟子が毒づく。

 ヤク中?

 僕が?


「おいやめろよ。こいつあの覚せい剤を、ずっと神に近づける薬と思って服用してたんだぞ」


 覚せい剤?

 あの薬が、覚せい剤?

 ならば、僕が見ていたあの景色は、全て幻覚だったのか。


「馬鹿だよな。そんな薬あるわけねえっての。いや、実は気付いてたんじゃねえの。最近薬の飲む量増えてたじゃねえか」


『また、会おうね』


 いや、違う。

 あれは夢じゃない。

 だって、こんなにも記憶ははっきりとしているのだから。


「にしても、エーション様嘆いてたぜ。アーノルドパーティにいたくせに、こいつの稼ぎが少なすぎるって」


「言ってたな。ま、所詮首になった程度の実力だしな」


「まったく、首宣告された現場は笑えたぜ? こいつ、呆然と立ちすくんでやがってさ」


「何だよそれ。笑わせるなよ」


 弟子達の低俗な笑い声が室内に響いた。

 そうか。片割れがあの現場を見ていたから、エーションは俺の素性を理解していたわけか。


「にしても、次は誰を騙すつもりかな、エーション様」


「この詐欺グループも随分人が増えたし、こんなボンクラ程度の稼ぎじゃどうにもならねえよな」


 詐欺グループ。

 そうか、こいつら元々俺から有り金全部を巻き上げるつもりで近寄ってきたのか。俺はそれに、まんまと着いていっちまったわけだ。

 ハハハ。

 乾いた笑みが出た。なんて情けない。アーノルド達には絶縁され、こいつらには有り金全てを奪われ。今や生きていても、何の希望もありはしない。


『また、会おうね』


 そういや俺は、前世でもそんな人生を送っていたなあ。

 好き好んでなったわけでもないのに、移動民族の末裔になんかに生まれちまって、迫害され、良くしてくれたのはララのみ。

 そのララとの約束も果たせぬまま、逝っちまった。


『また、会おうね』


 また、会いたいな。

 ララに。

 どうすればいいかはわからない。この姿に気付いてもらえるかもわからない。彼女の世界に、行けるかもわからない。

 でもなんとか、もう一度会いたい。


「あれ?」


 今までに感じたことのない、強大な力を感じた。

 まさか。

 上体を起こすと、弟子一人が失禁していることに気がついた。


「おい、どうし……た」


 四肢が動くことを確認すると、俺は二人に向き直った。


「おい、エセ神様に言っておいてくれ。おかげで俺のスピリチュアルセンスが上の領域に踏み込んだらしい」


 死を垣間見たことで、俺の体質は変わったようだ。途方のない魔力と、力がみなぎってきた。


「う、うわあああああああ」


 一人の弟子が、腰に携えた拳銃を俺に向けた。


「やめろ、殺すつもりはない」


 俺の制止を無視して、男は引き金を引いた。

 仕方なく俺は、拳銃を魔法で真っ二つにした。

 暴発した弾丸は、もう一人の弟子の胸を貫く。

 赤い鮮血を飛び散らせながら、弟子は膝から崩れ落ち、絶命した。


「やめろって言っただろ」


 拳銃なんて物騒なものを手放させようと手を伸ばすと、もう一人の弟子もぺしゃんこにミンチされた。


「ありゃ、力の加減が難しいな、これ」


 舌を出し、反省する。無駄な殺生をしたいわけではないのに。


「どうした!」


 騒ぎを聞きつけたのか、エーション含む弟子達、いいや、詐欺グループか。が叫んだ。


「お、お前。何故生きている!」


「あんたのおかげだよ。エセ神」


 エーションの顔が見る見る青くなる。殺されるとでも思ったのか。


「す、すまなかった。奪った金は全て返す」


「いいよ、そんなの」


 事実、曲りなりにもこいつのおかげで俺は力を得た。ララのことを思い出せた。お布施を受け取るだけの実績は十分だった。


「こ、殺さないでくれー!」


 しかし、聞く耳持たないエーションに腹が立った。


「殺さないって言ってんだろ!」


 そう叫ぶと、辺り一面に熱線が飛び交った。どうやら感情に左右され暴発したらしい。

 そして、詐欺グループの本部は壊滅した。

 俺は瓦礫に埋もれながら、考えた。


「どうしてこうなった」


 答えは出そうも無い。

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