第五章 呼んでいる海辺 4
夜半球の闇の中から昼半球へと、夜前線を追って、サン・マルティン地表基地は力強く動いて行く。隣の操縦席では、エドウィン・ローランドと名乗る《遍在する悪夢》が、生真面目に前方を見つめ、時折微調整する程度に、操縦桿を動かしている。そんな、まだ新米の操縦士をうまく演じている《遍在する悪夢》に、そうとは知らず優しい眼差しを向け、起伏に対する注意喚起をしたり、適度に会話したりしているヴァシリ・イワノヴィッチ・クズネツォフ。その奥底から、本来の人格〈統括者〉は、じっと外を眺めていた。別人格のヴァシリは、《遍在する悪夢》のことも、本来の人格のことも知らない。だからこそ、自然に振る舞える。だからこそ、長期間の潜入捜査にも耐えられる。それこそが、《随意多重人格》という自分の能力。演じている《遍在する悪夢》とは根本的に異なるのだ。
(ニコライと同じように賢く、優しく)
それが、〈統括者〉がこの基地潜入用に創った別人格の設定だった。或いは、本物のニコライは、《遍在する悪夢》の演技など見抜けるほどに、もっと鋭かったかもしれない。だが、〈統括者〉がまだ子供で、別人格など持たず、ただのヴァシリであった頃、幼い従弟は、賢さの片鱗は見せても、どちらかと言えば、争いを好まず優しい、どこにでもいそうな子供だった。その従弟が、サン・マルティン封鎖を生き延びた十三人、正確にはカヅラキ・アサも含めた十四人の内、十三人を率いていたリーダーだったという。
(でも、おまえ自身は死んだ。おまえが生きてたら、おれもこんなところにはいなかっただろうに)
テレパシー能力は幼い頃から持っていたが、人類連盟警察局捜査課捜査官になり、人類宇宙軍地表制圧科陸戦部隊所属という偽の肩書きを得て、この惑星サン・マルティン地表基地に潜入したのは、ニコライが過ごした場所を見、何故幼くして死ななければならなかったのかを知るためだった。
(誰も彼も、この惑星に呼び寄せられて来たみたいだな、ニコライ……?)
そうして集まったソク・イルシンや、カヅラキ・ユウや、ホセ・エステベスの働きで、念願だったUPOの、サン・マルティンの悲劇の真実を知ることができた。けれど、軍も連盟も、今すぐ真実を明らかにしようとはしないだろう。そんなことは分かっている。
(今はただ)
目の前に広がる地平線と左のほうの水平線が明るくなってきた。基地が夜前線に追いついてきたのだ。そうして、昼半球に出る辺りで、漸くこの基地もプエブロ・ヌエボ開拓場に到着する。この基地の巨大さでは、開拓場の中を通り抜けることは不可能なので、その外周に沿って進む予定だ。その途中で、開拓場郊外の丘にある墓にも行ける。昨日の先行偵察で、カヅラキ・ユウとイルシンがわざわざ赴いて、暴いて、確認した墓。イルシンのヘルメットの通信機を通して、カヅラキ・ユウが「ニコライ」と呼ぶ声も聞こえた。間違いなく従弟の墓だろう。
(漸く、おまえに会えることが嬉しい。漸く、おれの人生にも一区切りが付けられる……)
どれほど心が震えても、別人格には全く影響がないのが、この《随意多重人格》という能力のいいところだ。
念願の墓参りの後はどうしようか。
(イルシンの後を追って、異動願いでも出してみるかな)
基準時間で今日の
先行偵察の日、まだ医務室で寝ているカヅラキ・ユウのところへ、イルシンをどうするつもりなのか問い質しに行ったのは、別人格のヴァシリではなく、〈統括者〉たる自分だった。あの時は、ホセ・エステベスが異動してくるという情報を掴んで、シュヴァリエ派のチャン・レイに加えて、イルシンまでまずいことになりはしないかと焦っていたのだ。それで、敢えて、〈統括者〉たる自分を薄々感じさせ、テレパスであっても精神感応科兵ではない、つまりは、連盟警察局捜査課捜査官という本来の身分を匂わせて、牽制しようとしたのである。
(あれは、全く必要ないことだったが)
カヅラキ・ユウは、その言葉通り、命に替えてもイルシンを守ろうとしたのだ。
(何であれ、〈催眠暗示〉を破ってしまえる彼女やイルシンを、連盟が危険視することは目に見えてる)
うまく理由付けすれば、異動願いは比較的簡単に受理されるだろう。別人格のヴァシリも喜ぶはずだ。
(その方向で、意見具申してみるか)
前方の地平線と水平線の接する辺りが眩しく輝き始めた。この惑星の夕季の、基地にとっては朝日と言うべき、陽光。〈統括者〉は、自ら動くことによって得られる美しい「夜明け」を、じっと見つめた。
○
人類宇宙の首都惑星メインランド。そこに置かれている人類宇宙軍総本部、通称ヘキサゴンの一角にある軍病院の地下の一室に、その生命維持装置は安置されていた。この病院に到着してすぐ、少女の体は、救命函からこの生命維持装置へ移されたということだった。衛生服に着替えたイルシンとホセが部屋に入ると、生命維持装置の周りにいた研究者らしき数人の白衣の男女が一斉に振り向いた。集まる視線をものともせず、イルシンは先に立って進み、大きな棺のような生命維持装置の傍に立つ。透明な蓋を透かして見えたのは、悲しみと怒りを覚える姿だった。
少女は全裸で、頭部、胸部、両腕、下腹部に様々な管や装置を取り付けられ、半透明の液体の中に沈んでいた。痩せて肋骨の浮いた小柄な体が、巨大な機械に繋がれているさまは、ただ痛々しい。
(これじゃ、まるで――)
生体標本。ここへ来る道中ホセから聞かされた言葉が、禍々しく脳裏に蘇って、イルシンは歯を食い縛り、両拳を握り締めた。
「すぐに始められるか?」
横に立ったホセが、イルシンの怒りを鎮めるように静かな声音で問うた。
「はい」
イルシンは答え、生命維持装置に両手を当てて、目を閉じた。
【ユウ】
自らの能力たる《強制的精神感応》を用いた〈通信〉で、目の前の少女に呼びかける。
【ユウ、答えてくれ】
暫くは何の反応もなく、何も見えなかった。だが、必死に求め続けると、唐突に、
何も見えない。何も感じられない。ただ真っ暗で、何もない。歩こうとしても、方向も、上下すら分からず、広いのか狭いのかも分からない。本当に、何もない。
(これは……)
見えないながらも辺りを見回す内、微かに気配のようなものを感じて、イルシンはそちらを向いた。光がある。近付いて行くと、焚き火が見えた。
【あれ?】
子供の「声」がしたのと、頭上に満天の星空が現れたのとが同時だった。振り返ると、背後に洞窟のような、ぽっかりと暗い空間が口を開けている。自分はそこから出てきたのだ。
【あなた、誰? もしかして、幽霊かな?】
尋ねられて、イルシンはまた前方を見た。満天の星空の下に、焚き火があって、傍に子供が立っている。焚き火を背にしているので表情はよく見えないが、微笑んでいるようだ。
【おれは、生きてる。おまえこそ、誰だ】
イルシンが応じると、子供は興味津々といった様子で歩み寄ってきた。
【なら、ここにはいない人ですね。ここの大人は、
さらりと言われて、イルシンは愕然として目の前の子供を見た。相変わらず焚き火が逆光になっているので顔はよく見えないが、イルシンの腰くらいの背の高さで、金髪の、まだ幼い子供だ。ただ、話し方はひどく大人びている。
【ぼくは、ちょっと見えたり聞こえたりするんです。あなたみたいに鮮明なのは、初めてだけれど。あ、自己紹介が遅れました。ぼくはニコライ・クズネツォフ。あなたは?】
朗らかに告げられて、イルシンは答える代わりに、うめくように問うた。
【ここは……惑星サン・マルティンの、プエブロ・ヌエボ開拓場の外れか……?】
【そうです。ここに知り合いがいるんですか?】
【いる……はずだ……】
【そう。なら、その子に会いに来たんですね。でも、その子と会えなかったから、ぼくのところに来てしまった訳だ。ごめんなさい、今は寝る時間で、焚き火の当番をしてるぼく以外は、皆(みんな)寝てるんです。それにしても、こんなところまで意識だけで来てしまうなんて、余ほどその子のことが心配なんですね。それに、とても強い力を持ってる。羨ましいです。ぼくにそれだけの力があったら、この空の上にいる人類宇宙軍に、ぼく達の抗体のことを報せるのに。当番制で焚き火を続けて、生き残ってることを知らせるくらいでは、誰も降りて来てくれない……】
【悪い。おまえ達のこと、本当に凄く助けてやりてえんだが、おれも、何でおれがここにいるのかよく分からねえし、どうやったら、この上空に行けるのかも、分からねえんだ】
イルシンが項垂れて詫びると、ニコライは、小さく首を横に振った。
【あなたが、ここに来てくれただけで、嬉しいです。新しい人に会うのは、本当に久し振りだから。それで、一体、誰に会いに来たんですか?】
【――葛木夕(カヅラキ・ユウ)に】
【彼女の親戚か何かですか?】
【いや――。ただ、大切なんだ。助けたいんだ】
言葉足らずになったイルシンの答えに、ふとニコライは笑みを大きくした。
【ああ……、何となく、あなたがどこから来たのか、分かった気がします】
澄んだ大気のような「声」で言って、ニコライはイルシンの手を取り、Uターンさせて、ぽっかりと口を開けた暗い空間――彼らの「基地」である洞窟の中へ導く。
【こっちです。ユウはこっちにいます。こっち――ほら、ここです】
手を引かれ、暫く進んだ
【ユウ、起きて。
【「迎え」って……】
イルシンは驚いて、ニコライを凝視した。何故、そこまで分かるのか。ニコライは、横顔で微笑んだ。
【だって、そうでしょう?】
【――済まねえ……】
イルシンは詫びた。自分は、この少年の運命を知っていながら、助けられないのだ――。
その時、ゆっくりと幼いユウが目を開いた。アサと同じ、薄茶色の双眸。まだ失明していない頃のユウ。
【ユウ】
呼び掛けたニコライに、幼いユウは、起き上がって小さく首を横に振った。
【わたしは、このままここにいる。
【駄目だよ】
ニコライもまた首を横に振って言い、両手でユウを抱き締める。
【そんなこと、ぼくが許さない。きみは、
ニコライの肩越しに、ユウはイルシンを見た。大きなその両眼に、じわりと涙が溢れて零れた。
【でも、わたしは――、わたしに、そんな価値は、ない】
【ユウ】
イルシンは、ユウの言葉を遮ると、奔流のような思いを伝えた。
【もう二度とこんなことがねえように、おまえにしかできねえことがあるはずだ。おまえは、心底テレパス嫌いだったおれを変えた。おまえは、誰とでも一生懸命分かり合おうとしてきた。おまえは、人類宇宙を変えられる。だから、
ユウの表情が、堪えきれなくなったように崩れた。とめどなく涙を流すその薄茶色の双眸が、洗われるように、灰色がかった水色へ変化する。同時に、そっとニコライがユウを離した。幼い少年の腕の中から立ち上がったユウは、見る見る十五歳の姿に戻っていく。纏った白いワンピースも、ほっそりした体を包んだまま、ふわりと大きくなる。その少女の背を、後ろで立ち上がったニコライが、とんと押した。イルシンの腕の中へとよろけて、振り向いた少女に、七歳の少年は穏やかに言った。
【きみ達の、
「声」は途中から、どんどんと遠ざかり、ニコライの姿も、眠り続ける他の子供達と共に、
【ニコライ……!】
悲痛なユウの「声」を最後に、全ては
【もう二度と、離さねえ……!】
そして、唱える。
【〈対象〉、
〈最大出力〉で使った独自精神干渉技は、青白い閃光を伴って、イルシンの意識を一瞬吹き飛ばした。
「おい、大丈夫か?」
耳元で、ホセの声がする。
「心拍、戻りました! 血圧、上昇!」
周りが騒がしい。
「成功したようだぞ……!」
ホセの声が珍しく上擦っている。
「血圧、一〇八~一一〇/五四~五六で安定。意識、覚醒値です!」
その研究者の声に、イルシンの意識も、はっと覚醒した。
「ユウ!」
叫んで生命維持装置の蓋に縋り付くようにして中を覗き込むと、ユウの左手が、ゆっくりと動くのが見えた。
「ユウ!」
手を握れないのがもどかしい。
「この蓋、開けられねえのか?」
傍にいた女性研究者に問うと、周りの研究者と目配せし、生命維持装置の下部にある覆いを開けて、何らかの操作をしてくれた。途端、透明な蓋が向こう側へスライドして開き、同時に半透明の液体の水位が零れない程度に下がって、イルシンとユウを隔てるものはなくなった。
「触っても、いいんだな?」
衝動を抑えながら確認したイルシンに、研究者達は微笑んだり呆れたりした顔で頷いた。ホセも、嬉しそうにしている。大丈夫なのだ。イルシンは半透明の液体へ右手を入れ、ユウの左手をそっと握った。ユウの左手は弱々しく動いて、それでも確かに握り返してくれる。もう、抑えが効かなかった。イルシンは、衛生服が濡れるのも構わず、半透明の液体の中へ左腕を入れてユウの上半身を掬い上げ、その頭を、付けられた装置ごと胸に抱き寄せた。
「あ……」
微かな声が届く。呼吸器に覆われた口が、動いている。
「あ……りが……とう」
空気振動を介したユウの声が、イルシンの耳に、優しく響いた。
○
【カヅラキ・ユウのこともイルシンのことも、うまく運べたのに、あんまり嬉しそうじゃないんだな】
《遍在する悪夢》からの〈通信〉に、人類宇宙軍総本部(ヘキサゴン)にある自宅に帰ったホセは、顔をしかめた。
【じぶんには、あなたに一々全てを教える義務はないんですが。それにしても、一体、いつサン・マルティンからこちらへ?】
【仕事柄、情報収集の努力は惜しまないんだ。ここにいるのも、その一環さ】
明るく告げられてしまうと、何となく、隠すのも面倒になって、ホセは素直に吐露した。
【ディープ・ブルーの力を借りた〈通信〉で、時間を超えて、ニコライ・クズネツォフに会いました。彼は、イルシンにただ意識を繋いで〈傍受〉していただけのじぶんにまで、気付きました。じぶんにも向けて、「未来(さき)を、頼んだよ」と言ったんです】
【さらっと凄いことを言うな、おまえは。本当に、ディープ・ブルーってのは、何でもありの、最強の存在って訳だ】
驚きを隠さず応じた連盟警察局捜査課の捜査官は、一拍置いてから付け加える。
【それにしても、重い言葉だな。知り合いだったのか】
【はい。同じ学校に通っていました。そう親しい訳ではなかったですが】
ホセは、閉じた瞼の裏に、在りし日の少年の姿を思い浮かべた。ニコライ・ペトローヴィチ・クズネツォフとは、ホセがまだこの惑星に暮らしていた頃、同じ学校に通っていた。ユウとアサが通っていた海辺の学校とはまた別の、街中の学校。学年が違ったので、そう親しくもなかったが、それぞれいろいろな場面で目立っていたので、互いに一目置いていて、機会があれば話もする間柄だった。
【彼が、サン・マルティンの悲劇の最後の犠牲者だと知った時、じぶんは一生を、贖罪に使う覚悟をしました。そして今回思い知りました。彼こそが、ディープ・ブルーと人類とを繋ぐ最初の架け橋で、救世主だったんだ、と】
【確かにな。成るほど、舞い上がってはいられない訳だ。悪かった、邪魔したね】
珍しく親身に相槌を打って、《遍在する悪夢》は向こうから〈通信〉を切った。
○
【きみの妹は、イルシンと同じ作戦班と決まったよ。めでたしめでたしだね】
エドウィン・ローランドを名乗る少年からの〈通信〉に、アサはふんと鼻を鳴らした。ここは、惑星メインランドの軍総本部にある軍病院――つまりは、アサの体がずっといる場所だ。当のユウは、彼女の目の前の寝台で眠っている。暫く救命函や生命維持装置の世話になっていた体は、まだ本調子にはほど遠い。だが、それは、アサ自身にも言えることだった。アサが自分の体で目覚めたのは、つい一週間前のこと。あの、ユウとイルシンが先行偵察に出された日だ。一週間経って、漸く、自走式車椅子に乗って動けるようになった。だから、ユウがこの軍病院に運ばれてきた時も、イルシンによって再び生き始めた時も、その場に居合わせることはできなかった。遠く微かにユウを感じながら、懸命に呼びかけ続けていただけだ。今も、ただ、イルシンが軍務をこなしている間、代わりにユウを見守っているに過ぎない。できることが少な過ぎて、慣れない長い髪と動きの悪い痩せた体が鬱陶しい。その苛立ちまでぶつけるように、アサは応じた。
【何であいつが一緒なのよ。それに、この子がまだ軍にこき使われるなんて、あたしは嬉しくないわ】
【イルシンみたいに大人になってから能力が発現するのは珍しいけど、ユウの〈記憶喪失〉から記憶を守ったり、ユウにかかってた〈催眠暗示〉を破るなんて、諜報部隊向きの立派なテレパスになるよ。妹が助かった上に幸せになれそうで、もの凄く嬉しい癖に】
【当たり前じゃない!】
あの日、連盟警察局捜査課捜査官の、この少年に〈催眠暗示〉を利用されて気力を奪われ、何もできなかったアサは、ただただ、状況を見守るしかなかった。そして、ディープ・ブルーに願った。ユウを助けて、と。ディープ・ブルーは、その願いを聞き届け、ホセ・エステベスと協力して、ソク・イルシンの能力を底上げし、ユウの命を救ってくれたのだ。
――【人間の精神(こころ)って本当に不思議ですね。確かに死ぬ覚悟をしてるのに、同時に生きたいと思ってるなんて】
そんなことを呟きながら。
【それで、あんたは今どこにいるのよ?】
アサは問うた。ディープ・ブルーの力を借りない限りは、たった一人の能力でサン・マルティン宙域からこのメインランド宙域まで〈通信〉をすることなどできない。
【病院の入り口。これから、花束持って、きみ達二人のお見舞いに行くので、宜しく】
どこにでも入り込める肩書きを持つ少年は、底抜けに明るい調子で答えた。
○
時間も空間も超えた、けれど、確実に今、
「死ぬのは、嫌だな……」
他の皆(みんな)が寝静まった夜、第二の「基地」とした洞窟の
【死は、終わりじゃない。ただの区切り。全ては繋がってる】
(頭では、分かってるんだけれどね……。でも、やっぱり怖いし、悔しい。ぼくは、もっと生きたかった)
【なら、感覚で分かればいい。
言葉と同時に、感覚が、金髪の少年に押し寄せた。自分という意識が、重い肉体を離れ、どこかへ浮くような、或いは沈むような、引き寄せられる感覚。ひどく温かい中へ、幸せな中へ、懐かしい中へ還る感覚。そして、その先にある、よく知っている相手の、慕わしい感覚。
(ああ、やっぱり、あの時の、あのお兄さんは、
自分を包んだ
【三次元の肉体に合わせて、
○
目覚めると、しんとした夜の空気の中、傍らで落ち着いた深い息遣いが聞こえた。イルシンだ。寝台脇に置かれた椅子に座っているのだろう。サン・マルティン地表基地でも、何度かあった状況で、懐かしいような、申し訳ないような気持ちになる。だが、今は、もっと別に伝えたいことがあった。
「夢を、見ました」
ユウが口を開くと、イルシンは優しい声で応じた。
「どんな夢だ?」
「ニコライが、いました」
ユウは、鮮明な夢を思い出しながら、話す。
「とても嬉しそうに、わたしに言ったんです。『三次元の肉体に合わせて、
「その通りだな」
イルシンは、そっとユウの額に触れてきて、前髪を撫ぜながら言う。
「あいつは、ずっと
「そうですね……」
ユウの目尻に浮かんだ涙を、イルシンの指が拭ってくれる。その大きな手に、自分の手を重ねて、ユウは、待ち構える軍務の前の、束の間の微睡みの中へ、再び落ちていった。
宇宙を渡る声 大地に満ちる歌 @hiromi-tomo
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