第五十六髪 生涯に 一度あるかの 大演説

 昼になり、大神殿前の広場には、多くの群衆ぐんしゅうが集まっていた。

 決戦にさいし、大神官による演説が行われることが、急に決定したからだ。

 一部の兵士はすでに、黒き獣の群れから都を守る防衛線へとおもむいている。

 が、この演説は白きカピツル神の特殊な力をかいし、彼らにも声が届くとのことであった。

 演説台の前に立つ慎太郎は深呼吸をすると、閉じていた目を開く。

 そこからき上がる気迫きはくを目の当たりにした人々は、自然と沈黙を取り戻していく。

 一瞬の静寂せいじゃくがあり、彼は口を開く。


勇猛ゆうもうかつ敬虔けいけんなエビネの民よ。ついにこの日が来た」

「黒き神が復活してから、はや一月が流れた。皆においては、この未曽有みぞうの状況にも関わらず、おのれを失うことなく、それぞれが自らの役割を果たし、死力をもって事に当たって頂いたことに、深く感謝する」


 慎太郎は深く、深く頭を下げる。

 そして、ゆっくりと顔を上げる。

 誰もが、彼を真摯しんしで見守っている。


「だが、一方でここに至るまで命をけ、そして人々の未来を守るために志半こころざしなかばで命を落としたものも、少なからず居る。その偉大なる勇者達に、心より黙祷もくとうを捧げたい」


 目を閉じ、静かに祈る。

 ゆるやかにく風のはしで、すすり泣く声が聞こえてきた。


「彼らの挺身ていしんと皆の力により、この日を迎えることが出来た。たおすべき敵は神だ。黒き神、神話に名をのこす伝説そのものだ。だがしかし、我らにも神がついている。見よ! 神の力を!」


 慎太郎は頭上を指差ゆびさすと、ここしばらくは空と太陽を覆い隠していた厚く薄暗うすぐらい雲に、一瞬だけ隙間すきまが生まれる。

 そこから一筋ひとすじの光が差し込み、慎太郎の頭へとさると。

 広場全体がまぶしくかがやき、一瞬、視界が完全にホワイトアウトする。

 そして、次の瞬間。


「お、おおお、何ということだ!」

「大神官様の頭に、黒々とした髪が……!」

「あんなにみじめであわれな姿だったのに、これはなんと豊かでつややかな」

「これが、大神官様の、神の力……! まさに奇跡じゃ……!」


 群衆からどよめきが上がり、次第に喝采かっさいへと変わっていく。


「大神官様! 髪があるとなんて男前なの」

「ねー、大神官のおじちゃん、ハゲてないとかっこいいねー」

わしもあのような髪が欲しいのお」


 次々と毛量もうりょう豊かな大神官をたたえるコールが鳴りひびく中、慎太郎は心の中にやや引きつった表情を押しかくしたまま、演説を続ける。


「と、このように。我らには白き神カピツルがついている! さらには、ルピカよ!」

「はっ!」


 慎太郎の声に応じ、彼の前に白く輝くけものが音もなく現れる。


「あれは、伝説の神獣しんじゅう、白き神のつるぎ……!」

「おとぎ話だと思っていたが、本当に存在したのか」

「勝てる。勝てるぞ……! 我々には神がついている!」


 群衆のボルテージは上がっていく。

 慎太郎もその熱を受けて、声を高らかにして、える。


「皆の者! 我々は必ず勝つ! この戦いに打ち勝って、明日を迎えよう!」


 さあ、開戦だ!


 そういうと、慎太郎はきびすを返し、大神殿へ戻っていく。

 その背中にはいつまでも、彼と神を称える祈りと願いが舞っている。

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