第五十二髪 胸秘める 決意を口に 出す勇気

 下北沢の問いかけに対して、慎太郎は真剣に考える。

 正直、怖い思いもそれなりにしたし、これから先は黒き神との最終決戦となるだろう。

 無事、こちらに戻ってきても、かみはごらん有様ありさまで、元通りになることはない。

 ヤナギノクを使うと確実に、慎太郎の残り僅かな戦友の命かみのけをもうばい去っていくのだ。

 それに、当たり前のことだが、こちらの世界の方が生きるには便利だ。

 食事の美味うまさやんだ空気はあちらの方に分があるかもしれないが、情報端末も無ければ、コンビニも無い。

 現代と比べてしまうと、どうしても見劣みおとりしてしまう。

 得られるものは、はるかに少ない。

 だが。


「ああ、勿論もちろん戻りたいに決まっている。私には、あの地でやるべきことが残っている。それをやり遂げなければならんのだ。それに」


 慎太郎は一呼吸おいて、下北沢の茶褐色ちゃかっしょくんだをしっかりと見て、伝える。


「私をたよってくれた彼らを見捨てることは出来ない。彼らのために出来ることがあるならば、それだけは、やり切りたいんだ」


 その言葉は、いつわらざる慎太郎の想いそのものだった。

 下北沢はそんな慎太郎のっすぐなくろい眼を、そこに灯るものを真摯しんしに受け止めると、おもむろに胸ポケットから何かを取り出す。

 それは、何の変哲もない御守りだった。

 巾着きんちゃくのような形をしており、紫色のフェルト生地の中心には「御守おまもり」というシンプルな文字がきん刺繍ししゅうで入っている。

 何か入っているのだろう、どうの部分は丸くふくらんでいた。


「これは……?」

「私の家に代々伝わる御守です、持って行って下さい」

「気持ちはありがたいが……、急にどうしてこれを」


 戸惑とまどう慎太郎に、下北沢は真剣な顔で手渡し、握りこませる。


「室長、お聞きしますが、こちらに帰ってきた後、あちらの世界へ戻れては

 いますか?」

「いや……、少し眠ったはずだが、そのままだったな」

「もしかすると、室長はこのままだと、もうあちらの世界には戻れないかもしれません」

「何、そうなのか?!」


 にわかに信じがたい話だが、下北沢の表情は真面目そのもので、しかも明らかに何かを知っている様子であった。


「ルミーノとの間で二度も無理やり引き戻され、しかも時間がさほど残り少ないとなれば、今の大巫女だいみこ様の力だけでは、再び道を開けることはおそらく不可能でしょう」

「下北沢君、君は一体……何者なんだ?!」

「私のことはこの際どうでもいいでしょう。室長、貴方の成すべきことは何ですか」

「あの世界を救うことだ」

「そう。そのために、この御守がある。この御守はただの御守ではありません。私の母方の一族である八毛はけ家に代々伝わる、赤き竜の力が込められた御守なのです」

「赤き竜の、力……」

「信じてもらえなくても構いません。とにかく次に眠る機会には、必ずその御守を握りしめて眠って下さい。ただし」


 一呼吸おいて、下北沢は続ける。


「御守の封を開けて、中を見てはいけませんよ」


 まるで昔話の決まり文句のような口調でそう言うと、ちょうど運ばれてきたアイスコーヒーを静かにすする彼の表情は、二十半ばの人間が持っていてはいけないような、有無を言わせない迫力があった。

 慎太郎はただただ、うなずくしかなかった。

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