第五十一髪 彼は訊く 本当にそう したいのかを

 正午を少し過ぎた頃。

 慎太郎しんたろうは部下の下北沢しもきたざわと共に、前に利用した近くの洒落しゃれたカフェでランチを囲んでいた。


「それにしても、先程の会議はなかなかハードでしたね」

「ああ、もう一週間分は働いた気分だよ」


 月に一度開催かいさいする部長会議のことだ。

 の強い役職者達やくしょくしゃたちによる不毛ふもうなやり取りが交わされ、議論はみ合わない。

 今回書記役スクライバーではなく、司会進行ファシリテーターを務めていた慎太郎はげっそりとほおがこけ、数年は歳を取ったような無残むざんな姿に成り果てていた。

 たのんだ日替わりパスタのAセットが来るまでの間、慎太郎は彼にどうしても聞いて欲しかったことを切り出す。


「そうだ、下北沢君。実は相談があるんだ」

「どうかされましたか。もしかして育毛計画例の計画の進捗ですか」

「いや、それはそれで重要なんだが……、もう一つのほうだ。再びその、異世界転移……、というやつが起きてしまったんだ」


 さすがに内容が内容だけに、顔をぐっと寄せて声をひそめる。

 下北沢もそれに合わせてさらに顔を近づけるため、二人の距離はあと残り数センチというところだ。

 またもや「キャー!」という女性が盛り上がる声と、複数の強い視線を感じるが、この話題が人の耳に入り、狂人きょうじんと思われてしまうよりはマシだろう。


「一度だけではなく二度ともなると、何らかの事象が起こっているのかもしれません」


 下北沢は慎太郎から詳細を聞き出す。

 一通り聞き終わった下北沢は顔を一旦離すと、腕を組み、右の人差し指で左の上腕部をトントンとリズムよく叩きながら、ふぅむ、と視線を上に向ける。

 これは、彼が熟考を始める際、必ず行う仕草しぐさであった。

 慎太郎は、下北沢が真剣に考えてくれること自体に感謝したくなった。

 このようなことを彼以外に話そうものなら、一笑いっしょうに付されるだけでなく、SNSにこっそりネタとして上げられてしまうかもしれない。

 ひと度、間違いが起こりバズりでもすれば、一生笑いのネタにされるだろう。

 慎太郎はふと先日、この世界はループしていると騒いだ有名人がSNS上で激しく炎上し、笑いものにされている一連の出来事を思い出し、頭皮にかいた汗がつるりと垂れ落ちるのを感じた。


「室長、確認させて下さい」

「な、なんだね、下北沢君」


 再び顔をずずい、と近づけた下北沢の、やけに真剣な物言いに気圧けおされるように、慎太郎はどもりながら次の言葉を待つ。

 彼は至って冷静に、慎太郎へこう質問した。


「室長は、本当に、その世界に戻りたいのですか?」

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