第四十七髪 意外にも フレンドリーだね 白き獣

「おお……、『姫巫女ひめみこ』よ、久しいな」


 大地を震わせるような威厳のある低い声が、白き獣から響き渡る。

 大巫女だいみこは深々とお辞儀を一つすると、笑みを浮かべて応える。


「ええ、ルピカ様もお変わりなく。――おはようございます」

「おはよう! ううむ、あれからどれくらい経ったのか……。ざっと、千年ほどか。黒き神きゃつの復活はそれくらいかかると踏んでいたが」

「いいえ、ルピカ様。たった、百二十年余りでございます」

「なんと。ふむ、……何かの不測の事態があったのか」


 白い獣ルピカは軽く飛び、石像の台からしなやかな動きで降りると、慎太郎のすぐ近くまで来る。

 そして、その姿をじっと見つめる。

 美しくも獰猛どうもうで、それでいて人智を超えた雰囲気と色を持つ金のひとみ見据みすえられた慎太郎だが、おくすることなく見つめ返すことが出来た。

 これも、羽衣スーツの力であろうか。


「エビネの現大神官、慎太郎だ。偉大なる白き神のつるぎ聖獣せいじゅうルピカよ、お初にお目にかかる」

「創造神に選ばれし大神官よ。我はルピカ。このような短い期間でその存在に再びあいまみえることになろうとは、運命とは分からぬものよな。……して、このたび主様あるじさまとお呼びするが、良いかね」

「ああ、別に構わないが」

「うむ。ちなみに我はルピカと呼び捨てで良い。今生こんじょうの主殿はわびしい見た目をしているが、心魂しんこんは変わらず燃えに燃えているようで何より。共にあの黒いのをぶちのめしてやりましょう」

「お、おう」


 急激にフレンドリーになったルピカに戸惑とまどいを隠せない慎太郎であるが、大巫女が少し笑いをこらえているところを見ると、どうやらそちらの方が「」なのだろう。

 慎太郎は緊張きんちょうりつめていた肩の力を抜くと、いくつか確認をしていく。


「ルピカ。すでに以前の記録は確認させて頂いたのだが、……その、サイズがイメージより小さいのは大丈夫なのかね」


 文献ぶんけんによれば、この神殿をもひと飲み出来るほどの威容いようほこっていたという。

 若干、誇張こちょうはあるにしても、今は二メートルくらいの見た目であり、少々不安であった。


「ああ、この姿は、ここで眠る時に冬眠モードにしておいたからでね。そうさな、例えば……!」


 何の前触れもなくふわり、と宙へ浮かぶと、ルピカは目を閉じる。

 すると、小振りなサイズだったその姿が、あっという間に中庭のはしからはしくらいまで巨大化していく。


「おおお、凄いな!」

「はっはっは、これでも白き神カピツルの一部なのでね。ちなみにこんなことも出来ますぞ」


 そういうやいなや、今度は数メートル程度のサイズになったかと思うと、まったく同じ姿で、五体へと分裂する。

 そして、それぞれが思いのまま自由に動いていく。


「と、このように戦力を分散し、攻防思いのままに出来る。通信連絡用のミニミニな我をのぞくと、最大五体までではあるがね」

「なるほど、どうやらその力は健在、ということだな」


 確かに本の中にもそう書かれていた。

 複製体コピーを生み出し、巨大なつるぎにもなると。


「とはいえ、においからして今回の黒いのはが入っているせいで、少々情報を集める必要があるでしょうな。我もエルザビやロフア、ウグツイ辺りに話を聞かねばならぬ」


 全て創世記に出てくる神の名前だ。

 まるで友達のように、いや実際そうなのかもしれないが、ポンポンとビッグネームが出てくるのは、さすが神の分身といったところか。

 ルピカは元の姿に戻ると、慎太郎の前にす。

 それはまるで、かの日の姿の石像のように。


「ああ、なんとも懐かしいなあ。姫巫女もそうは思わんかね」

「ええ。……本当に」

「と、いうわけで、今日のところはおいとまするとしよう。主殿、ご用のさいは呼ぶだけですぐにおそばに参りますゆえ。眠れない時、寂しくなった時などでも、どうぞ、ご随意ずいいに」

「ああ。ちゃんと用がある時に呼ぶことにするよ。おやすみ、ルピカ」


 ルピカは前足を軽く上げると、大きく跳躍ちょうやくし、闇へと消えていく。

 ただ、全身がきらきらと輝いているので、あれは目立つだろうな、と慎太郎は苦笑いを浮かべながらその姿を見送った。

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