第四十五髪 旅路終え 想い深まる あかね色

 セファラは意識こそ失っていたものの、大巫女だいみこが見るかぎり、命に別状はないようであった。


「大神官様には、何とお礼を申し上げればいいのか」


 そう言ってひざをつき、深々ふかぶかとこうべをれたのは、昨夜会った灰色の翼を持った青年であった。

 話を聞くと、彼は副族長であり、彼女に従い、良く支えていた存在とのことだった。


「なに、私があの子を死なせたくなかった。それだけだよ」


 そう言うと、慎太郎はほがらかに笑う。

 せっかく作ってもらったラーズの一つは、巨大なアフロと化し使い物にならなくなってしまったが、それで人の命が救えたのならそれに勝るものはない。

 副族長はひたすら頭を下げる。

 そして、両目からなみだが流れ落ち、板張りの床を湿らせていく。

 慎太郎は昨夜のことを再び思い起こしていた。

 彼はずっと、彼女の覚悟を尊重し、その戦いをただ見届けることしか出来なかった。

 ともすれば、慎太郎達に深い怒りと憎しみを抱いてもおかしくなかったはずなのに、彼はその全てに耐えしのび、あの夜を過ごしたのだ。

 青年は震える声のまま、ただ一つの想いを伝える。


「貴方様は、この里と一族にとって、生涯しょうがいの恩人でございます」 


     *


 天馬は黄昏たそがれかがやく空の道をけていく。

 マリーナとクオーレは御者台ぎょしゃだいで何か話をしている中、慎太郎は、大巫女のひざの上で寝息を立てていた。

 四十六歳男アラフィフにしてはいびきがほとんど出ない。

 そして、まるで子供のような無邪気な寝顔だ。

 その満足そうな顔を、大巫女は柔和にゅうわな笑顔で見つめ続ける。

 ハーピィの里での、慎太郎の姿を思い返す。

 普段は実直で家族思いの、ただただ優しい男性。

 でも、あんな風に、誰かのためになら強くれる。

 行動を起こすことが出来る。

 もう随分ずいぶんとくたびれてしまったけれど、それでも彼は、


「慎太郎様。――おしたい申し上げております」


 大巫女は小さく呟くと、少しずつ、そのほおに、くちびるを寄せていく。


「ん……うう」

「ひゃっ」


 その瞬間、慎太郎が口を開きうめいたので、すぐに距離きょりを取る。

 見ると、口をもごもごさせ、瞳は閉じたままだ。

 いわゆる、寝言だった。


「……ふふふ、やっぱり寝込ねこみをおそうのは良くないですわね」


 浮かべた笑みは、一段と深みを増す。

 そしてそのほおは、ゆっくりと色味いろみを深めていく世界に負けずおとらず、赤みが増している。

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