第四十四髪 結末を 変える祈りの 符を詠んで

 慎太郎はすんでのところでセファラの身体を受け止める。

 が、その身体にはまったく力が入っておらず、入る気配もなかった。

 何よりも、受け止めた時に触れた背中の感触は、あのふさふさとした毛量もうりょうのあるイメージとは程遠い。

 とても軽く、空虚くうきょなものであった。


「君……、まさか?!」


 急いで、だが丁寧ていねいにうつぶせにすると、そこにあったのは、まるでむしられたかのようにひどい有様になったつばさであった。

 ほぼ全ての羽根が失われ、細細い骨と皮ばかりの無残な姿をさらしている。

 思わず周りに立つハーピィ族に視線を移す。

 慎太郎の眼光のあまりの強さに、彼らは思わず目をらす。

 が、皆一様に沈痛ちんつうな面持ちであり、だが、族長のその姿を受け入れているようであった。


 ──そういうことか。


 慎太郎は瞬時に理解した。

 彼女は自らの羽根を使ったのだ。


「おじさま。これが、あたし達の『覚悟』なの」


 セファラは力無く笑う。

 それは、何かを成し遂げたものだけが見せる、満足げな笑顔だった。


「なぜ言わなかった。こうなると知っていれば、別の選択を」

「……別の選択なんてないんです。神八重かみはえの羽衣は、あたし達、族長一家の羽根を使わないと仕上がらない。ロフア様あたし達の神様におうかがいを立てる時間もないですし。それに」


 セファラは右手で慎太郎のほおで、そこに伝い落ちるしずくき取る。


「おじさまがだって分かった時から、決めてたんです」


 だから、あたし達に、世界に、未来を下さい。


 その言葉を最後にして、セファラの手は慎太郎から滑り落ち、力を失った。

 刹那せつな、慎太郎の脳裏にいくつもの光景がフラッシュバックする。


 それは記憶にあるはずがない、起こって欲しくない数々の未来。

 病床で力なくれ下がった手、無機質な機械音に、嗚咽おえつ慟哭どうこく

 目の前での絶望をながめることしか出来なかった、自分と妻。


 今、まさに目の前で失われていく命に、その光景が重なる。


「そんなことが、そんなことがあってたまるか! 俺は絶対にそんな結末認めんからな!」


 慎太郎は恐らく人生で一度あるかないかの怒声どせいと共に、手持ちの符を必死に確認する。

 まるでその怒りに呼応するかのように、机の上に置かれてあった長髪のラーズがすべり落ち、慎太郎の頭にかぶさる。

 慎太郎は何かに導かれるように一枚の符を取り出すと、それを渾身こんしんの力で詠み上げる。

 一見どういう意図があるのか見えてこない句であったが、今なら分かる。

 そのヤナギノクは、この瞬間のためにあったのだ。


 いとしきはぶたえみえをやよみがえし


 古い符と薄墨うすずみに込められたあまりに強い力に、符から紫電しでんがあふれ、それが指に、そして腕へとけ上がっていく。

 あまりの痛みに離しそうになるのを、目の前の娘とそれを重ね合わせて、必死に耐える。

 筋肉が無理やりき動かされふくらみ、ほおは引きり、その力は頭部へといたる。

 その瞬間、虹色にじいろの光が場に満ち、周りにいる全員があまりの明るさに目がくらませる。


 そして、光が収まると。


 セファラのあの美しい羽根は、完全に復元していた。


「何てこと……。あれは、創造神原初の神威しんい神活性リアップ』……!」


 流石さすがの大巫女も衝撃を隠せない。

 慌てて慎太郎に駆け寄り、みゃくを取る。

 仁王立におうだちで、全身からオーラのような湯気ゆげが上がっているが、心拍には特に問題はないようだ。

 ただ、一点だけ、致命的ちめいてきな部分があった。


「慎太郎様、ラーズが……」

「あ、ああ……、どうなっている」


 大巫女は、ポーチから取り出した手鏡を慎太郎に向ける。

 そこに映し出されたのは、あの美しい長髪ロン毛ではなく、爆発を間近でモロに食らったかのようにチリチリの巨大アフロと化したラーズであった。

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