第二十七髪 君は識る 毟り取られた いのち達

「ほどなくして、軍隊が里にやって来ました。彼らは初めこそ友好的な態度で里に入ったのですが、あたしの父である先代族長に面会するやいなや、こう要求したのです」


 ──この里はあるじの領地となり、全ての生産品は我が主への献上品とする。


 事実上の統治宣言であった。

 無論、めるものでは無かった。


「当然のことながら、交渉は決裂しました。いったんは引き下がるかに見えた彼らですが、あたし達が寝静まる時間を待って、行動を起こしました。里の織物おりもの略奪りゃくだつし、人々をとらおりの中に入れたのです。そして、あの日」


 手足と首にかせめられた両親が里の広場に連行され、他の民が見る中でそれは行われた。

 父親の前で、母親の両翼を根元からのこで切り落とされたのだ。

 絶叫ぜっきょう木霊こだまし、その間、延々えんえんと下品な笑い声が場を満たした。


「あたし達にとって、羽は命です。比喩ひゆではなく、本当に命をつかさどっているのです。それを完全に失うことは、すなわち死を意味するのです」


 しかも、翼を切られるのは例えば手足を切り落とされるより、はるかに強い痛みをともなうものだという。

 その苦しみは、悲しみは、絶望は如何いかほどのものか。

 慎太郎は想像するのもはばかられるほどだ。

 隣にいる娘は里に起きたことを、家族に降りかかった悲劇を表情一つ変えずに、まるで他人事のように淡々たんたんと語る。

 だがよく見るとその小さな手は震え続けており、それをもう一方の手で必死に押さえ込んでいた。


「母の絶命を見せ付けられた父に、もはや抵抗する力は残っておりませんでした。ですが、彼らはそんな父をも同じようにし、里の人々への見せしめとしたのです」


 逆らったものは同じ末路を辿たどる、と。

 檻に入れられた住民の一部は人里へ連行されていき、残った者は睡眠も食事もろくに与えられないまま、機織はたおりを命じられた。


「しばらく経ち、さらに多くの軍隊が大量の檻と共にやって来ました。彼らはあたし達を連行し、奴隷どれいや見世物としてあつかう予定だったのです」


 だが、ちょうどその時、ふらりと一人の人間が里を訪れた。


「フードを目深まぶかかぶった、まずしそうな身なりの長身の男でした。彼はあたし達子供が閉じ込められていた小屋にふらりとやってくると、こう言ったのです」


 ──良いかい。里の人が助けに来るまで、この中でいい子にしているんだ。


 男が去ってから数刻後、副族長の男がやってきて彼女達は解放された。

 外に出た彼女はむせ返るほどの血のにおいと死臭ししゅうに耐えられず何度も嘔吐おうとし、今更ながらに自分と家族に起こったこれまでの出来事が脳裏を駆け巡り、ひたすら泣きじゃくり続けた。


「……これを使ってくれ」

「ごめんなさい、ありがとうございます」


 慎太郎がそっと差し出した手巾ハンカチをセファラは受け取ると目元をぬぐう。

 そして、ひとつ大きく息をすると、続ける。


「里は破壊され、おびただしい量の血痕けっこんが残されていましたが、兵士は忽然こつぜんと消え、その遺体の一つも残ってはいませんでした。里の者は三分の一程度になりましたが、何とか暮らしを続けることが出来、今に至っております」

「今は、大丈夫なのかね」

「ええ。あれから一度も軍隊は来ておりません。また、行商人も信頼のおける一人のみに預け、細々とではありますが、生きるには困らない暮らしを送っております」


 話を終えると、指の震えは不思議と止まっていた。


「お聞き頂きありがとうございました。暗い話でしたね」

「あたしのほうこそ。無知のせいで君につらい話をさせてしまった。本当にすまないことをした」


 慎太郎の言葉を聞いて、セファラはそっと空をあおぎ見る。

 藍色あいいろの深い世界だが、星の輝きが絶えずまたたき、所々群青にすら見えるほどの明るさがあり、夜闇にあってもなお若い族長の横顔が見て取れる。

 その表情は不思議なほどれとしていた。


「遅くなりましたね。それではあたしはこれで失礼します」

「送っていこうか?」

「お気持ちだけで。それではおやすみなさい。……また明日」


 そういうと彼女は立ち上がり、ほんのひと羽ばたきで夜空へ舞い上がり、去っていく。

 その美しい後ろ姿を見送ると、慎太郎は再び湖面へと向き直る。

 そして、背後に向かって声をかける。


「話は終わったよ」

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