第二十六髪 君は聞く 湖面に映る 物語

 里から出た慎太郎達は、手前にある湖のほとりで野宿のじゅくを行うことになった。

 テントを設営せつえいし、大巫女やマリーナ、クリームはその中で眠りに就いている。

 クオーレはというと、手前の一本道で警護けいごに当たっていた。

 せめて大神官様だいしんかんさま大巫女様だいみこさまだけでも里の中で休めるようにしたい、と鼻息荒はないきあらく主張する彼女であったが――。


「我々はまだ客人にすらなっていないんだ、ここは大人しく外に出よう」


 という、慎太郎の説得により、今の状況に至ったのだった。

 辺りはすっかり暗くなり、周りの木々からは様々さまざまな音色の鳥のさえずりが、森の静謐せいひつな空気をふるわせている。

 雲間くもまから差し込む月明つきあかりは、ゆるやかにれる湖面にも映り込み、辺りをあわく照らす。

 慎太郎は湖の前に座りながら、その幻想的げんそうてきな風景に見入っていると、不意にほおのすぐ近くで風が舞う。

 その方向に顔を向けると、族長であるあの美しい娘がひっそりとたたずんでいた。


「こんばんは、おじさま」


 先程の警戒心けいかいしんがまるでうそであるかのように、さっととなりに座る娘に、慎太郎は湖面へと顔を戻し、小さな声でつぶやく。


「こんな夜遅くに。女の子が危ないじゃないか」


 平静へいせいよそおっているようで隠し切れないほどの心配の色を浮かべる慎太郎に、娘はキョトンとした表情になり、すぐにクスクスと笑い始めた。

 それが、慎太郎の見た彼女の初めての笑顔だった。


「ああ、ごめんなさい。ここら辺はあたし達の庭ですし、森の皆は仲間ですから、大丈夫なんです。……おじさまは優しい方なのですね」


 実のところ、慎太郎は先程の対応に違和感を覚えていた。

 里で対面した彼女は、無表情で拒絶きょぜつといってもいい態度であった。

 が、その冷たい声音とは裏腹に、ほんのわずかに指先が震えているのを慎太郎は見逃さなかったのだ。

 それは、人間という種族に対する恐怖ゆえなのか、あるいは──。

 族長は柔らかい口調で話を始める。


「先の非礼をお詫びします。あたしはハーピィの族長、セファラ」

「エビネの大神官、慎太郎だ。……と言っても、ここには最近来た新参者だが」

「ふふふ、ようこそ、年老いたルーキーさん」

「……それで、だ。どうしてそこまで嫌うのかね」

「ここに来て間もないのであれば、ご存じないのも無理はありませんね。この地で起きた無残むざんな仕打ちの数々を」


 セファラは昔話を始める。


 紡織ぼうしょくを生業としたハーピィ族は、山奥の辺鄙へんぴな里にあることもあり、一部の行商人以外は立ち入ることのなく、平和でおだやかな暮らしを続けていた。

 また、色鮮やかな羽を持っていたため、人里に下りればいやおうでも目に付く。

 その結果はあまり良くないものばかりであった。

 そのため、里か、里にほどなく近い森の中で生活する者しかおらず、その存在は美しい衣服を仕立てる民、という程度の認識しかされてはいなかった。

 だが、十年ほど前のことである。


「私には兄がいました。自由奔放じゆうほんぽうな性格で、さして娯楽ごらくもない閉鎖的へいさてきな里に嫌気が差し、行商人の一人にそそのされ、里を出ていったのです」


 若者によくある話だ。

 行商人も人里での暮らしを面白おかしく語ったのだろう。

 それは彼の好奇心を大いに刺激し、旅立っていった。

 だが、それが悲劇の始まりとなった。

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