第二十五髪 羽衣に 恋焦がれるも 塩対応

「お引き取り下さい」


 それなりの時間を待たされた挙句、ようやく族長の家に通された一行であった。

 が、そこで待ち受けていたのは、塩対応どころの騒ぎではない、あまりに無下むげな扱いであった。


「族長様、私達の話を少しでもお聞き頂けないでしょうか。世界の終わりがすぐそこまで迫っているのです」

「それは貴方達の言い伝えに過ぎません。私達には関係の無いことです」


 取り付くしまもないとはまさにこのことだ。

 自分ではらちがあかないと思ったのか、大巫女はちらりと慎太郎を見る。

 慎太郎はこれでも、営業として活躍していた時期がある。

 また、現在所属する企画開発室は、社内の折衝せっしょう、つまり、各人かくじん思惑おもわくをうまくみ取り落とし所を見つけることを主な役割としている。

 だから、わりとこういう状況の場数をんできており、冷静に状況を見極めることが出来ていた。

 そんな彼だからこそ、族長の対応に疑問をいだかざるを得なかった。


「ひとつ、たずねても宜しいだろうか」

「……ひとつだけなら」


 今までだまって成り行きを見守っていた壮年男アラフィフがぽつりと口を開いたので、族長はことさらに警戒けいかいの色を深くする。

 慎太郎は充分な間をとり、じっと族長を見る。

 若い。

 おそらくまだ二十歳にもなっていない娘だろう。

 ウェーブのかかった長い灰色の髪とサファイアのように青い瞳は、やはり人と違う雰囲気をただよわせる。

 この里の一般的な服なのだろうか、背面が大きく開いた貫頭衣かんとういのような服を着て、背中からは群青色ぐんじょういろの翼がすっと伸びている。


 美しい。


 慎太郎は素直にそう感じた。


「君は、いや、君達はどうやら私達にかなり敵意を持っているようだが、何か無礼なことでもしてしまっただろうか。もし、知らずに行っていたのなら、申し訳ない」


 そういうと、椅子いすからサッと立ち上がり深々と頭を下げる。

 その行動に、族長はおろか、周りで護衛をしているハーピィ族の青年達、大巫女やクオーレ、そして普段表情を変えることがないマリーナですら驚きの色を隠せない。

 顔を上げた慎太郎は真剣そのものだ。

 年季の入った大人だからこそ見せることの出来る誠実さがそこにはあった。


「貴方に頭を下げられても、我々の痛みが消えるものではありません。悲しみがえることもありません。ごめんなさい、──お引取りを」


 慎太郎は改めて族長の表情を見る。

 そのうれいと少しの苦しさをぜたそれを見て、小さくうなずくと、


「みんな。今日は引き上げよう」


 他の誰にも有無を言わさず、その場を去る。

 後に残されたハーピィの若者達にとって、そんな彼の後ろ姿は妙に印象的で、戸惑とまどう気持ちを隠せずにいた。

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