第二十四髪 いざ西へ 風そよぐ旅 潜む陰

 地下迷宮ラビリンスの時と同様のメンバーを乗せた馬車は、昼下がりの空をけていく。

 ハーピィの里は遠く、この速度で数時間はかかるとのことだった。

 途中、安全そうな場所に降り、小休止をはさみながら進んでいく。


 とはいえ、空の旅は思いのほか快適だ。

 荷台もヤナギノクのおかげで、完全に平衡へいこうを保っており、試しに丸い果物を置いても転がらないほど安定していた。

 また、今回の荷台は少し大きめのサイズのものとなっており、半透明のほろを被せている。

 これにより360度大パノラマの景色を堪能たんのうすることが出来る。

 しかも防風対策にもなるので、頭部に余計な心配をせずにすむ。

 時折入ってくる突風とっぷうも軽めで張られた大巫女の結界でやわらぎ、顔に当たるそれは避暑地にある高原のものと同じ気持ちよさだった。

 賢い天馬のおかげで手綱たづな無しでも勝手に目的地へ進んでいくことから、クオーレも時折荷台に移ってはまったりとしている。

 そんなわけで、こうしてカプラのクリームを囲んでコーヒーブレイクならぬミルクブレイクの時間をとることも、特に問題は無さそうであった。

 しぼりたてのカプラ乳を飲みながら、慎太郎は大巫女にたずねる。


「それで、ハーピィ族というのは、実際どのような者達なのかね」

「彼らは、昔は私達とよく貿易をしていた山岳さんがくの民で、美しいつばさが背中から生えている種族です」

「ふむ、人……ではないのか?」

「翼を持った人という感じでしょうか。不思議なことに、その羽の色が人によってまちまちなのです。話によると、親子兄弟でも違うのものらしいですわ」

「なるほど……」


 慎太郎の脳裏に浮かぶのは、例の凶悪そうなイメージだ。


「それでどうするんだ。その、……やはり戦ったりするのか」


 正直、地下迷宮ラビリンスの怪物でも怖さはあった。

 それはただ戦うということだけではなく、生き物を傷つけてしまうということに対する恐ろしさも内包ないほうしていた。

 より人に近い特徴とくちょうを持つ生物を前にして、そのような振る舞いが出来るのか、慎太郎には自信がなかった。

 生来せいらいからして優しい現代人なのだ。

 そんな慎太郎の気持ちを察したのか、大巫女は大丈夫ですよ、と微笑ほほえみかける。


「ちゃんと話し合いでやり取りします。彼らの持つ紡織ぼうしょくの技術を用いて、必要な祭礼の服を仕立てて頂くのです」


 神八重かみはえ羽衣はごろもというものらしい。

 それは、かの先代大神官もまとった衣装いしょうらしく、伝説によるといかなる打撃や斬撃をも弾き飛ばし、熱や冷気をものともしない、万能の防具とも言えるもののようだ。

 そして何より、黒き神と戦うための『切り札』を使役するためにそのよそおいが必要らしい。


「ただ……うまくって頂けるかどうか」


 大巫女の表情はくもる。

 何か事情があるようで、詳しく質問しようとするそのタイミングで、御者台に戻ったクオーレから声が上がった。


「着きましたよ!」


 天馬は所々にある禿山はげやま不毛ふもうな荒地をも越えていった先にある樹海じゅかいの中で、海と見間違うほどの大きな湖のほとりにある小さな集落の、もうすぐそばまで近づいていた。

 夕焼けを前にほんのりと茜色あかねいろを含んだ空は、灰色の雲がうっすらとかかり、少し薄暗く感じる。

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